Open App

『愛を叫ぶ。』


唯の観察対象だった。
大手企業の一人娘の監視。
いつもの様に上役から課せられた任務を完璧に遂行する為に娘の事を調べて、好みの性格にし、話し方を変えて、趣味を似せて、近付いた。

娘はいとも簡単に騙されてくれた。
いつも通りなんてことの無い仕事の延長線。
学校での話や趣味の話をして行く内に自分の「家」の事も話す様になった。

まるで親友に愚痴を零すように。



家に帰り録音したレコーダーを流しながら情報を纏め、上役にソレを送り今日の任務が完了する。
あと数日もすれば娘ともおさらば。だけど、何故か引っ掛かりを覚えてベッドの上で寝転びながら今日の娘の様子を思い返した。

何かを見落としている。
このモヤモヤした違和感。
何を?何がおかしかった?

あ、そうだ……


「……笑顔だ。ターゲットは今日、笑っていたか?」

急いで起き上がりボイスレコーダーを流しながらハッキングした町中の監視カメラを覗き違和感をまとめていく。

紙に書きあげた情報を舌打ちしながら破り、着の身着のまま部屋を飛び出し地下駐車場に停めていた車に乗り込み公道を全力で走り抜けた。


今まで完璧に仕事をこなしてきた自分がおかした初めてのミス。ここまで出し抜かれたのは初めてだ。

大きなビルの前で車を停めて警備員の静止を振り切りエレベーターへと乗り込む。少しずつ登る階数に苛立つ。
最上階へとたどり着き長い廊下の先の重くて分厚い扉を開け放ち名前を叫んだ。

が、目の前の光景を見て徐々に目を開けふつふつと湧き始めた「怒り」のまま叫ぶ。

「彼女に何をした!」

応接室のど真ん中で倒れたままピクリとも動かないのは夕方別れた娘。
薄暗い部屋のカーテンは開けられ風に揺られ黒革の椅子に座った白髪混じりの男がチラリとこちらを見た後に興味無さそうにため息を吐くと「約立たずの人形を壊した迄だ」と言い切る。実の娘に対して言う言葉では無い。

「……駄犬がキャンキャンと煩わしい。躾がなっていないのか?それに、私の情報をこの約立たずから引き抜こうとしていたみたいだが、上手くは行かなかったようだな?駄犬。」
「……。」
「逆に利用され、守られてるとも知らずにのうのうとこの人形と過ごす時間は楽しかったか?」
「どういう事だ。」

「吠えるだけしか脳がない駄犬は考える事もしないのか。」




初めて出会った時よりも少し前、娘は父親からある1人の男と「仲良くなれ」と命令を受けていた。
幼少期より父親に逆らわず命令を聞くだけの心を壊してしまった人形は、父親の会社の利益の為だけに動いてきたが、いつしか彼と過ごしていくうちに、「楽しい」と思う様になった。その感情は母親が亡くなってから久しく忘れてしまっていたもので、折檻で水を浴びせられても、罵倒を受けても、彼といる時間だけが安らかな物になっていたのだが、言われてしまった。「あの男を始末しろ」と。

だが、娘はその命令を受ける事が出来ずにいた。
好きになってしまったのだ。彼の事が。
例え向こうが自分では無く父親を始末する為の情報を手に入れる為に近付いて来ようとも。

だから、逆らった。
後悔なんてしてない。


「……たのし、かったなぁ……あの人と、最期に……会えたのだもの。それで、もう…………じゅうぶん……しあわせ、よ。」

自分の命が消えかかる瞬間扉を開けてここまで来た彼の姿がぼんやりと見えた。湧き上がる幸福感。
最期に遺したメッセージに気がついたらしい。


「私は貴方を愛してました。」



翌日、テレビに出てきた大手企業の社長が何者かによって殺害されたというニュース。
警察やらが動き事態を収束させる為に動いてる中何故か社長以外の遺体は見つかっておらず、監視カメラに映っていた社長の娘と不審な男の二人の姿だけが見つからず、やがてその事件はお蔵入りとなった。







5/11/2024, 5:56:43 PM