『カラフル』
世界はカラフルだ。
人は皆それぞれ色を纏っている。
それは皆違う色で、全く同じ色を持つ人は見たことがない。
だから人混みは苦手。
色の洪水。目がチカチカする。
(失敗したなぁ……)
駅前広場のいくつかあるベンチに座って、目を休める。
まさかこんなに人がいるとは思わなかった。
残念だが、少し休んだら帰ろう。
「あの、なんだか、具合悪そうですが……大丈夫ですか?」
目を開けると見知らぬ女性。優しいオレンジ。
これはきっとただの良い人。
「あー人酔いしただけだから、ちょっと休んでればヘーキヘーキ」
笑顔を作って、ひらひら手を振りながら答える。
こうやって色が見えるから、警戒が必要かわかるのは便利っちゃ便利なんだよね。
まぁたまに良い色でも宗教勧誘とかもまぁ、あったりはするから完全ではないけど。
「ふぃー」
オレンジの彼女が立ち去るのを見て、息を吐く。
良い人だろうとなんだろうと、他人といるのは苦手だ。
他人の色が視界にあると、なんだか落ち着かない。
(まぁ目に優しい色ならまだ良いけど)
さっきの優しいオレンジはかなり良い方。
赤とかドピンクとか真っ青とかは特に落ち着かない。
徐にじっと自分の手を見つめる。
そこには何色も見えない。
それは占い師が自身を占えないのと同じで自分の色は見えないのか、それとも自分の色が透明なのか。
まぁそのおかげで、自分の色を気にせず生活が出来るのだから見えなくて良かったと思っている。
「よかったらコレどうぞ、お水です」
目の前に透明なペットボトルが差し出された。
見ると、先程のオレンジの彼女。
自分はそこまで具合が悪く見えたのか、少しだけうんざりしながら口を開く。
「あーども、お金払いますよ」
「いえいえ、お気になさらず」
半ば無理やりお金を彼女に押し付けた。
受け取ったペットボトルを開けて、水を一口飲む。
思いの外乾いていたのか、するすると飲めてしまう。
「良かった、少し顔色戻りましたね」
「あー……ありがとございます」
自分はそんな悪い顔色をしてたのか、と少し照れながら彼女にお礼を伝えた。
不意に彼女が笑う。
どうしたのかと問うと、彼女は少しはにかみながら答えた。
「だってお兄さん、さっきから顔色がカラフルだなって」
『楽園』
そこは確かに楽園だった。
私も最初は楽園なんてものを信じてなかった。
けれど何度か足を運ぶと次第にわかってきたのだ。
そこは笑顔で溢れている。
そこは愛で溢れている。
そこは私を苦しませるモノはない。
そこは心を柔らかくし、ほぐしてくれる。
そこを楽園と呼ばずに何と呼ぶのか。
「いらっしゃいませー」
カランとドアベルが鳴るのとほぼ同時に入店の挨拶がかかる。
店員も、もちろん笑顔だ。
「担当はいつもの彼でお願いします」
私も何度も通っている身。
すでに勝手も分かっているため、最初に決めておくべきことを次々と指定していく。
席に着いてほどなくすると、彼が来た。
私のお気に入りの彼。
キリッとした外見なのに、少し甘えん坊でギャップがたまらないの。
あぁ、好き。
彼はやはりこの店の人気者だから、指名料もかかるけど彼を独占するためには仕方ない。
もはや最近はここでお金を落とすために働いているとも言える。
「今日も会えてうれしいわ」
私は彼に微笑みかける。
彼は寝起きなのか、少しだけ不機嫌そう。
こんな所も可愛くて好き。
私は頼んだドリンクを一口飲んで心を落ち着かせた。
そして心を決めて、そっと彼の頭を撫でる。
(くっ……!)
極上の触り心地で指先から溶けていきそう。
あぁ、ダメ、好き。
私は夢中になって彼を撫で回した。
「今日も君の好きなおやつ、ちゃんと買ってあるからね」
その言葉に彼も反応して、さっきまでの不機嫌は何処へやら。
早くよこせとばかりに私にすり寄ってくる。
あぁ、可愛い、好き。
「はい、あーん」
口元までおやつを持っていくと、待っていましたとばかりにシャクシャク良い音をして食べはじめる。
夢中で食べてる姿もなんて可愛いの、好き。
「焦らなくてもまだいっぱいあるからねー」
モヒモヒと動く鼻、長い耳。
本当にウサギという生物はどこをどう見ても可愛い。
本当にここは楽園だ。
『風に乗って』
風に乗って、雨の匂いがした。
今は晴れているが、もうすぐ雨が降るのだろう。
雨が降る前に全部終わらせよう。
「さて、この事件の犯人がわかりましたよ」
探偵がコツコツと部屋を歩きながら、話をはじめた。
部屋に集められた皆は驚愕の表情を浮かべる。
「お前、何言ってんだよ!?」
「これは立派な殺人事件です」
怒りやすい長男が探偵に食って掛かる。
しかし探偵は冷静に話し続けた。
「ではまず事件を時系列ごとに整理しましょう」
昨晩22時頃、屋敷の主人が体調が良くないとはやめに就寝。いつも通り、寝室は内側から鍵がかけられた事を寝室まで薬を運んだメイドが確認。
翌6時、メイドがいつも通り主人の起床時間に合わせて寝室に向かうも応答なし。執事がマスターキーを使って寝室解錠、室内で主人が死亡しているのを発見。
その際、メイドの悲鳴で私含め家人5名が集合するも奥方が不在。
7時頃、皆で奥方の部屋へ向かうも応答なし。鍵は同じくマスターキーにて解錠し、室内で奥方が死亡しているのが発見される。
続く衝撃でメイドが気絶。執事が部屋へ送っていくこととなり、一時解散。
9時頃、空腹により長男が食堂へ移動。そこでコックも兼ねていた執事の死体を発見。皆の無事を確認するため長男がそれぞれの部屋へ向かうもメイド、長女、長女の旦那、次男、が死亡していた。
「と、概ねこんな所ですかね」
コツコツと部屋を歩き回りながら話していた探偵の足が止まる。
長男は両拳で勢いよく机を叩く。
「もう残ってるのは俺たちしかいないだろうが」
「えぇ、だから簡単な推理でしたよ」
犯人は貴方だ、と探偵は私を指差す。
それまで努めて平静を装っていたけれど、もう我慢が出来なかった。
「そうですよ、私が全て殺したんです」
可笑しくて可笑しくて笑ってしまう。
鳩が豆鉄砲くらったような驚き顔の長男なんて本当に見ものだわ。
そのまま私はエプロンの下に隠し持っていたナイフで
長男の胸を一突き。
ついでに探偵にもナイフを投げた。
「なぜ、こんな事を……」
探偵ならこれくらい躱せるかとおもったけれど、見事命中。
最後まで話す前に絶命。
実に呆気ない。
興醒めね。
時計が12時を告げる。
しとしとと雨が降ってきた。
「はぁ」
つまらない想像はおしまい。
春は嫌ね。
私は駆除した害虫の後片付けをしながら、掃除のため開けていた窓を閉めた。
『刹那』
その刹那、僕は。
今日はいやに暑い日だった。
まだ4月だというのに、真夏のような暑さで僕はめっきり参っていた。
丁度今日が半日授業だった為、日差しのきつい時間に帰らなくてはならないのも気が滅入る要因であった。
学校からの帰り道、一歩一歩歩く度に汗が滴り落ちる。
「あっちー……」
額に垂れてくる汗を手の甲で拭う。
じりじりと焼けたアスファルトを踏みしめる度、靴底から火傷をしそうだ。
目前の横断歩道がひどく遠く感じる。
真新しいランドセル背負った子ども達は暑さにも負けず、元気に僕を走り抜かしていった。
あれが若さか、と幾つも離れていないはずなのに少しうらめしくなってしまう。
カロン
何かが落ちる音がして、顔をあげた。
横断歩道の真ん中に水筒が落ちていた。
落とした事に気付いた小学生が、慌てて拾いに戻る。
スピードを落とさない自動車が横断歩道へ突っ込んでくる。
すべてがスローモーションのように見えた。
「あ……」
僕は何も考えずに走り、手を伸ばしていた。
小学生の腕を掴んでひっぱる。
横断歩道から歩道へぶん投げた。
すぐ横をスピードを緩めない自動車が走り抜ける。
勢い余って、転んだ。
「あのー、大丈夫?」
荒い呼吸音と少し遠くで泣き声が聞こえた。
目の前に広がる青空が綺麗。
ドキドキと鼓動がうるさい。
青空をバックに美少女登場。
なんか見覚えがある気もする。
美少女に身体を起こされて、気付く。
自分が寝転んだままだったということに。
「あ、ハイ、どうも」
彼女に導かれ、歩道へと戻った。
その後、泣いている小学生の方へ向かう彼女を目で追う。
そっちも泣いてはいるものの、怪我もなさそうで良かった。
安堵しながら、垂れてきたモノを再度手の甲で拭う。
ぬるり
汗とは違う触感に驚いて、拭った手を見るとそこは真っ赤に塗れていて。
その刹那、僕は。
見事に気を失ったのだった。
『生きる意味』
「生きる意味って何なんだろうな」
あたたかな陽光の中、少し微睡んでいたせいかもしれない。
こんな言葉がこぼれたのは。
「生きているだけで素晴らしいのですよ」
すかさず、側で控えていた執事型アンドロイドが答えた。
そりゃそうだ。
アンドロイドは人間に使役されるためだけに作られた存在で、人間を何より尊重する。
そういう風にプログラムされている。
「お前たちからしたら、そうかもしんないけどさ……」
アンドロイドたちの生きる意味は、人間のため。
そんな奴らに聞くのが間違いだ。
(オレの生きる意味は……)
医者に余命宣告をされた時は絶望した。
まだ20歳にもなってないんだぞ。
やりたいことなんか山ほどある。
親や医者に当たり散らした。
それでも現実は変わらずに、ただ日々体調の変化に怯えている。
(何かあったのかな)
死ぬことが怖かった。
だから親や医者に無理を言って、コールドスリープを望んだ。
今は治せなくても、治せるようになる未来に賭けた。
でもオレは賭けに負けた。
「そろそろお部屋に戻りましょう、お身体にさわります」
アンドロイドがそう言って、オレの車椅子を動かす。
もはや抵抗もできない身体では、当たり散らす事もできない。
世界は滅んだ。
最期の人間が死んだ後、機械たちはコールドスリープで寝ている人間たちを起こした。
全て余命幾ばくもない人たちしか生きていない世界だ。
こんな世界に未来はない。
(こんな事なら、親や医者、友人たちに看取ってもらった方が幸せだったんじゃないか)
もはや遅すぎる後悔とともに、親と子孫たちの墓をあとにした。