突然の君の訪問
突然の訪問。誰かと思ってドアを開けてみたら。珍しい事もあるもんだ。こうしてわざわざ放課後、俺の家に来るなんて。
「…何かあった?」
「…ん、ちょっと。…家入っていい?」
「どうぞ」
そう言い、俺の部屋へと連れて行く。部屋に入って暫くの間、お互いに無言だった。
普段はお互い黙っていても何も思わないというか、それが寧ろ心地いいというくらいなのだけれど。…どうにも、今はコイツの事が気になって仕方がない。
「…なぁ、俺の事、好き?」
不意に口を開いた。…と思ったら、随分と突拍子もない事を聞いてきた。
「…急だね。…不安になった?」
「質問に答えろっての。…どうなの」
いつもの自信過剰なコイツからは想像も出来ないくらい、弱々しく、か細い声でそう言う。
「好きに決まってるだろ。…言わせるなよ」
「そう…。…そっか。ありがとう」
そう言い、はにかむ。突然やってきて聞く事がそれか、とも思ったが、…まぁ、コイツが満足ならそれでいいか。と思い直す。
「…キスでもする?」
「…ん。何気使ってくれたの?あんがと」
「それもあるけど。…俺がしたかったの。」
「えぇ?何それ可愛いな…落ち込んだ甲斐あったかも…んじゃ今日は甘々デーって事で」
いつものような笑顔を俺に向けながら、言葉を並べる。こんな顔に俺は弱い。
「…はいはい。…するならしろよ。」
「押し倒していいという事?最高か?」
「…お前もうちょっと落ち込んでた方がよかったんじゃないの?」
「はぁっ!?愛しの彼氏様に言う言葉がそれかよ!」
「嘘だって。ごめん。…大好きだよ」
「…そういうことすんの?お前がその気なら俺も容赦しねぇからな。」
「…好きにしろ」
突然の君からの訪問。驚きはしたが…こういう甘い時を過ごせるなら、まぁ悪くはないのかな、なんて思ってしまった。
…何があったか、俺は聞かないからな。
言いたくなるまで待ってやる。
梅雨
「ただでさえ雨はジメジメして過ごしにくいのに…梅雨っておま…ほんと…あーあ…」
「語彙力なくなってんね」
「全ては梅雨のせい…」
「梅雨関係ないだろ。とばっちりすぎて梅雨が不憫になってくるわ。」
雨の為外には出られない。のでこうして部屋の中でゴロついている。相変わらず窓の外の雨は止みそうにない。
「部活もしばらくは無さそうだね。こんな雨だし。」
「だよなぁ…。あでも…雨でも少しはいい事あるかも…」
「いい事?こんな雨で?」
さっきまで嫌嫌言ってたくせに今度は何を言うんだ、と思った矢先、唇に柔らかいものが当たった。
「…こうして部屋でお前と2人でいられるからさ。いやぁ、梅雨でも役に立つ時があるんだなぁ」
「…あっそう」
「あれ、照れてる?」
「…少しね。…ねぇ、もっかい」
「ん。ほら、もっとこっち寄ってよ。」
こんな風に、2人でいれる時間が長く続く。
これならジメジメとしたような雨も梅雨も、悪くは無いものだな、なんて思った。
天国と地獄
「本当にするの?」
「…何、今更怖気付いた?」
「いやそういう訳ではなく」
急にこんな事頼んでしまって心底申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ、俺は。それでも断らず頼まれてくれたお前に感謝の気持ちもいっぱいで。
…いくら親友でも流石に断るだろうと思ってた。…というか親友とか関係なしにこの頼みを受け入れる人の方が少ないだろ。
…一緒に心中しよう、なんて頼み。
「…じゃあ何…」
「俺達って天国行くのかな、地獄に行くのかな。」
「…は?」
何言ってんだコイツは。というかこんな事言うキャラだったか、コイツは。
「…分かんないけど。こんな事するような俺達だし…天国には行けないんじゃないの」
「そうかぁ」
「…本当にどうしたの」
最期だから、と何か言いたい事でもあるのだろうか、などと思ったがそんな事ないらしい。案外肝が据わってるよな、と今更ながらに考える。
「…お前と行くんなら天国の方がいいなぁとか思ったけど。…うん。でもお前となら地獄でもいいかもなぁ、なんて。」
「…は?…馬鹿なの?何言って…」
「いいじゃん。どうせもう最期だし。…いつからかは覚えてないけど、お前の事好きになってたんだよ、俺。」
「…おかしい、なんで」
「今更じゃん。おかしいなんて。…好きだから、お前のこの誘い受けたんだよ。」
なんで最期の最期にこんな事…、…いや、最期の最期だからこんな事を言ったのか。
…なら、俺もいいよね。
「…俺も好きだよ。お前のこと」
「はは。知ってた。…お前となら、天国でも地獄でも、何処へだって着いてってやるよ。」
月に願いを
「星よりも月に願い事した方が叶いそうだよなぁ」
「…どうしたよ急に」
いつもながら突拍子もない事聞くなぁなどと思うが、そこまで突っ込む気もない為そのまま会話を続ける。
「いや別に星を卑下してる訳じゃないけどね?ほら月の方がデカいじゃん。月の方が叶いそうだしデカい分オトクだよきっと。」
「お前は何を言ってるの?」
流石に突っ込むぞこれは、とツッコミどころしかない発言にその名の通り突っ込む。そもそも星を卑下ってなんだよ
「いやほら、本にありそうじゃね?月に願いを、みたいな」
「星に願いを、とかは一定数ありそうだけど月は聞いた事ないぞ…」
「先入観を消せばいいんだよ!ほら、「月が綺麗ですね」とか言うだろ!?その点星より月の方が偉大!!」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「なんだと!?お前夏目漱石を馬鹿にするつもりか!?」
「ほんとに何言ってるか分かんない」
いや確かに夏目漱石が“ILoveYou”を“月が綺麗ですね”に訳したのは有名な話だけども。マジでコイツは何を言ってるんだ。お前の発言には夏目漱石も月もびっくりだろ。
「…いやまぁ脱線したけど。だから、月に願い事しても叶いそうだよなぁ」
「…何かお願いしたい事でもあるのか」
「ん?…んー…」
はっきりしない返答に疑問を持つが、コイツの事だ、大した願い事じゃないのだろうと思った矢先、その言葉は飛んできた。
「…月が綺麗ですね」
「…は?夏目漱石にでも影響されたかよ」
急な言葉への驚きと、所詮照れ隠しでツンとしたような言葉を返す。
「…今言ったら叶うかなって。ほら、丁度今日は満月だ。」
「…あっそう。」
返答を待っているのかなんなのか、俺の方を見てくる。月明かりに照らされたお前はどうにも綺麗で──
「…今なら手が届くかもね」
「え」
なんて言いそっぽを向く。星じゃなく月に願っても叶うのか、なんて馬鹿らしい事を考えながら、背後で何か言っているアイツを無視し歩き出す。
「…ずっと前から、月は綺麗だったよ」
降り止まない雨
(…いつ、振り止むと言うんだ。)
止まない雨はないと言うじゃないか。
雨が降った後には必ず晴れると言うじゃないか。
なぁ、この雨はいつ止んでくれるんだよ。
俺の感情と比例するように、窓の外にも雨が降り始めた。
当分、降り止まないんだろうな。こんな様子だと。
(…そういえば…)
アイツが死んだ日も、こんな雨が降ってたな。
(…降り止まない雨、か。)