ごめん、と謝る私に君は、謝ったんだから別にいいよ、と笑顔で言ってくれた。
昔からドジばかりしていた私を、いつも笑顔で赦してくれた君。
どうして赦してくれるの、と聞くと、君は、
「悪いことや人に迷惑をかけたら、謝るのは当たり前だ。けど、残念ながら万人が出来ることじゃない。そんな行動をね、君はやってのけるんだよ。これって凄いことじゃないか」
だから、僕の怒りは、君の前では風前の灯火のようなものなんだよ。
まるでなんでもないことのように赦してくれた彼に、私はいつから恋をしていた―――。
「ごめん、ごめんなさい」
君が女の子と二人きりで歩いていたから、思わず身体の奥がカッと熱くなって―――自分の感情を制御出来なかったの。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私は何度も何度も、うわごとのように繰り返す。
謝ったら、いつも赦してくれる君。
なのに今日は、今日だけは。
どうして、笑って赦してくれないんだろう?
運動会と言えばの音楽。
なんでだろうな。足が速くなる作用でもあんのか?
そんなことをぼんやりと考えながら、頭に赤いハチマキを巻く。
俺の担当は次―――借り物競走だったっけ。
クラスの陽キャ共が率先してやると思いきや、誰も手が上がらないから、発言力の低い俺にお鉢が回ったんだよな。
まあ、勝てと言われているわけではないし、テキトーにやるとしよう。
・・・・・・・・・・・・・・・。
無言で、「好きな人」と書かれた紙を握り締める。
いっそビリビリに破りたい気分だった。
誰だよ、これ書いたやつ。殺す。
「はあああ〜〜〜〜」
思わず天を仰いでいると―――クラス席の方から声が上がった。
声の主は、俺がちょっと良いなと思っている女子だった。
「お題、なんだったんですか? もし私が貸してあげられる物だったら、遠慮なく仰って下さい!」
無邪気な笑顔を見せる彼女は、お題の内容がどんなものなのか、想像していないのだろう。
どうしたらいいんだよ、これ。
おそらく彼女を連れて行ったら、全校生徒の前でお題を読まれた俺達はお笑い草になるはずだ。
俺は慣れているから構わないが、彼女まで巻き込むのはいただけない。
「・・・・・・・・・まあ、いいか」
公開処刑は止めてくれと釘を刺せばいいし、後は彼女に軽蔑されなければラッキーってことで。
ああ、でも。
どちらにせよ。
このお題書いたやつは絶対赦さん。
星に願いを。
ではなく。
月に願いを。
月に・・・、お願い事を三回繰り返せばいいのだろうか?
でも、流れ星ならばともかく、月ならいつだって―――昼にだって見えるのだ。
あまり特別感はないし、だから己の願いを託すには、少しだけ期待性に欠ける。
―――そもそも自分の中には、月はあろうことか、星にさえ授ける願い事がない。
だって、現状に大いに満足しているのだから。
君が隣にいてくれれば、願うことなんてそんなの、どこにもありはしないのだ。
そう一人独白しながら、とっくのとうに冷たくなって動かない、大好きな彼女に頬擦りをした。
「あーあ・・・」
ぽつりと、自分の呟きは土砂降りの雨に掻き消される。
雨だ。
しかも、小雨ではなく大振りの。
天気予報では、この雨は明日の朝まで止まないという。
残念。明日の体育はテニスだったのに、この雨じゃあ中止になりそうだ。
目前の問題よりも、未来の問題。
そんな能天気な自分に、いつの間にやら隣にいた人物が呆れたように語りかける。
「体育はともかく、お前、傘持って来てないんだろう? 帰りはどうするんだよ」
声の主は部活の先輩だった。
そうだ。
昨日散々母親に、明日は雨だから傘を忘れないようにと忠言されていたのに、今朝はバタバタしていたせいで、傘の存在を失念していたのだ。
しかし、雨宿りしていたら学校に泊まり込むことになるし、この大雨じゃあ走って帰るのも困難だ。ここは可愛らしく、先輩に甘えることにしよう。
「相合傘を提案します」
「ま、いいけどよ」
快く了承してくれた先輩は、手に持っていた傘を開き、その中に私を入れてくれた。
「・・・傘、凄い傾いてませんか?」
「し、仕方ねぇだろ。お前をずぶ濡れにさせるわけにはいかねぇじゃねぇか」
そうは言っても、私からすれば、先輩がずぶ濡れになる方が気に病む問題だ。
現に今も、私の方に傘が傾いているせいで、先輩の肩が雨に曝されている。
「先輩の傘なんですから、どーぞ先輩が遠慮なく使って下さい」
「ばっ、馬鹿お前!」
ぐいぐいと傘の持ち手を押すと、先輩は慌てふためき困った表情を作る。
馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。
「あ、雨に濡れたら・・・し、下着が透けんだろうが!」
投げやりにぶつけられた言葉に、私は思わず呆然とする。
下着が透ける。そりゃあ確かに、濡れたら透ける。当然だ。
そうは言っても・・・。
「それは先輩だって同じじゃないですか。今日は可愛いブラ着けてきたんでしょ?」
「うっ・・・・・・」
忘れてた、という顔だ。
全く呆れたものである。
それは秘密の趣味のはずなんだから、透けちゃあ大問題なはずなのにね。
―――明日、世界は終わります。
との速報。
今から約二十一時間後に、宇宙からはるばるやって来た巨大隕石が突撃し、世界は等しく終焉を迎えるのだと言う。
朝ご飯の匂いと、父が新聞紙を繰る音が聞こえる平和な朝には到底不釣り合いな、現実味のないニュースだった。
わん、とお隣さんちの犬が鳴く。そんな登下校の日常も、隕石が降ってきたら粉々に消えてなくなっちゃうんだろう。
わん。
とまた、犬が鳴く。
そういえば、この子の名前、聞いたことなかったな。
また明日にでも、お隣さんに聞いてみようかな。
―――ああ、そうだ。
「また明日」は、もうないんだっけ。