宇宙から酸素がなくなったら―――って考えてみた。
宇宙から酸素がなくなったら、もちろん私たち動物は死ぬ。猫も犬も、眼前の檻の中で休日の父親のような体勢をするパンダも、遍く全て。
そもそも、酸素がなくなる状況ってなんだろう。
人間は酸素を生み出せないが、植物はそうではない。小学校の理科で習うやつだ。二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す―――光合成。酸素がなくなるということは、それを吐き出してくれる植物がなくなっているということに他ならない。
人類は、都市開発が好きだからなぁ。
と、自分も人類の一員のようなものなのに、それを棚にあげて呟く。
だけどね、一員ではあるけど、被害者でもあるんだよ。と、パンダに向かって、言い訳のような何かを零す。故郷は、私が村を飛び出してから数年後に、ダム建設によって水の中に沈んでしまった。
まるでアトランティスみたいに。
神様でもなんでもない、ただわらわらいる人類の中の数人の仕業だと思うけれど。
パンダがごろりと寝返りを打った。
私の話には、どうやら興味がないらしい。
私は一つ伸びをして、欠伸をした。
時間があんまりにも余ると、こうやった生産性のないことを考えてしまうものだ。
暫く経つと、子どもたちがたくさん園内に入ってきた。側にはエプロンを着た引率らしき先生がいる。
子どもたちはパンダの檻に走って行く。先生がそれを窘める。
一人の子どもが、檻の前に立つと、私を指差して言った。
「あっ、チンパンジーだ!」
どこ「に」と、どこ「へ」で、微妙に意味が違ってくるらしい。「に」は場所を、「へ」は方向を指しているんだとか。
ぼくは、どこに行こう。
どこへ行こう。
どこを行けば――彼女にもう一度会えるのだろうか。
それとも、場所ではなく、行為かな。
なにをすれば、会えるだろうか。
降霊術――コックリさん。イタコ。シャーマン。
悪霊になってでもいいから、また君に会いたい。
どこへ行こう?
―――夢へ、ジャンプジャンプジャンプ!
いよっし、入れた! ・・・っとと、でもまだ不安定だな。改良の余地有りだ。
しかしあれだな。やはりぼくは天才だ。「他人の夢に入り込むことができる装置」・・・、ここまで上手くいくとは。
早速明日特許をとりに行こう。関税で夢のウハウハ生活を実現するのだ・・・!
しかし、適当なやつの夢に入ったのはいいものの・・・、なんなんだろうな、この夢は。
ミサイル、爆弾、毒物、ナイフに拳銃。
四方八方に飛び散るそれが、小さい女の子のような形のした人形に突き刺さる。
うーん。
人の見る夢は、その人物の深層心理表しているという説もあるが・・・、まさかな。
たまたま入った夢の持ち主が、今世間を沸かせている、少女だけをターゲットに据えた猟奇的殺人鬼だなんて、そんなことあるわけないよな。
あったわ。
特許とる前に感謝状を貰うことになるとは。
はじめまして。
と、彼女から向けられた言葉にぼくは密かに絶望した。
はじめましてなんかじゃないよ。
どうして忘れちゃったの?
↕
はじめまして。
と、彼に向けた言葉にわたしは心臓を高鳴らせた。
はじめましてと言った自分の言葉は震えてなかっただろうか。
最初は後をつけてくるだけだったきみの行動が段々エスカレートしていったから、堪らなくなって、たまたま遭った事故にこれ幸いとばかりに記憶喪失を装った。
ほんとになにもかも忘れちゃえていればよかったのにな。
「あの、貴方は誰なんですか?」
「ぼく? ぼくはきみの恋人だよ」
「(絶望)」
あんしぇーまたやー。
うちなーぐちで言う、それじゃあまたね。
って意味だ。
一説によれば、小さな沖縄の島では何処に行ってもすぐに会えるから、「またね」はあっても「さようなら」という意味の方言はないのだとか。
それを聞いたとき私は、なんだか素敵な話だなと、素直に感動した。
それから私は、「さようなら」ではなく「またね」と言って別れることを心掛けた。
とは言っても・・・私にそれを言う相手はいないのだけど。
あーあ。
今週から新学期が始まるだなんて、憂鬱だ。
「またね」を交わせる相手がほしい、とは思っても、踏み出す一歩は二の足になってしまう。
こんなウジウジとした自分にこそ、「またね」ではなく「さようなら」と言って決別したいのに。
―――でも。
「別に決別する必要はないのではないかな。人見知りするきみだって、どこかのだれかにとっては必要な存在かもしれないだろう」
と、だれかが言った。ほんとにだれだこいつ。
だれもいない自分一人だけの秘密の場所で、ボソボソと、自分自身と苦悩を語り合っていたのに、なのに、ほんとうにだれなんだよ、こいつ。
少なくとも、同級生ではないはずだ。となると、後輩か先輩かそれとも―――。
「御名答。もうすぐ四月だからね。四月と言えば、お花見の季節であり入学式の季節であり新学期の季節でありそして引越しの季節だ! ほんとう言うと、季節外れの中途半端な月に転校してきて、謎多き転入生・・・ってのを演じるのが、ぼくの幼い頃からの夢だったんだけど。こればっかりは、両親の都合だからね。まだまだ乳歯が生え変わりきっていない小学生のぼくには、抵抗する術はないのであった」
お前のような小学生がいてたまるかとツッコミを入れたかったが、初対面の人間とまともに会話のできない私には、到底無理な話なのであった。
未だにべらべらと口上を続ける男の子に、せめてもう二度と会いませんように、と掌を組み合わせた。
「それじゃあ、また」
そんなことがあった週初めから三日後の木曜日。
始業式が終わった後の教室で転校生の紹介をする先生を尻目に、そういえばこの町には学校が一つしかないのだったと今更ながらに思い出した。
今日は厄日なのかもしれない。
「やあ、二日ぶりだね。もっと正確に言えば六十四時間と三十分だ」
結果的に私は、「またね」を言い合える友達という存在を見事にも作ることができたのだが、その友達が引っ越し初日にたまたま見かけた私に一目惚れをし、後をつけて接触を図り、そしてその後も度々好意によるストーカーじみた行為を繰り返すようになることを、このときの私はまだ知らない。