うぐいす。

Open App
6/7/2025, 2:13:40 PM

 夢見る少女のように。
 白馬の王子様が、蹄の音と共に迎えに来てくれるその日を、ずっと、ずっと願っている。
 ―――なんて。
 もう大学生になるのに、そんなことばかり考えていたら、単位を取り逃してしまうかもしれない。
 危ない、危ない。気を引き締めなければ。
 と、制服を脱ぎ捨て、自分一人で選び抜いた私服を身に纏い、ひらりと姿見の前で前髪を整えていると―――目の前が光った。
 鏡が太陽光を反射した―――というわけではなく、本当に、目の前が光に包まれたのだ。
 思わず目を瞑ってみるが、変化はない。いつもは暗く閉ざされるはずなのに、まるで瞼の裏が光っているみたいに、視界が真っ白だ。
 途端に不安になる。なにかの病気なのではないか、と。
 どうすることもできずに、暫く経った私は、観念したみたいに目を開いた―――そして。
 そして、開いた視界の先は、まるで異世界だった。
 童話に出てくるような、西洋風のレンガ造りの家々が立ち並び、時折、レンガ道を馬車が通過する。
 周りを歩く人たちは皆、私のことを不審な目で見ていた。
 日本の、アポートの一室に、ついさっきまでいたはずなのに。
 なのに、私がたった今立っている場所と言えば、ドイツのロマンチック街道を思わせるような場所だ―――行ったことないけど。
 これは、もしかして。
 いわゆる、異世界召喚ってやつ―――!?



 という諸々まで妄想するのがオタクという生き物です⋯⋯よね?

5/26/2025, 3:33:44 PM

 突然電話がかかってきたかと思えば、妻が入院している病院からだった。慌てて通話ボタンを押す。焦りで、「もしもし、こちらA株式商事です」と言ってしまう。通話相手の看護師さんが「三谷玖様のお電話で宜しかったでしょうか?」と聞いてくれたので、「はい!」と答えて、その場で赤ベコのように首を振った。
 通話を終えた後、上司に説明をして早退させてもらう。頑張れよ! と同僚たちの声援をバックに、俺は会社を出た。頑張るのは妻なんだけどな。
 途中でタクシーを拾って、病院へ急ぐ。看護師さんが言うには、余裕はあるそうだが、なるべく早めに来て差し上げてほしいとのことだ。男である俺には到底分かり得ないが、やはり側に誰かがいた方が、安心するのだろうか。
 やっと治療室についた。ここまでが遠く感じられた。扉を開く。勢い余って反動で返ってきた扉に肩を打つ。「ふふっ」と高い笑い声が聞こえた。
「えっ」
 驚いて前を見ると、妻が顔を綻ばせていた。とても出産中には思えない。
 よくよく見れば、胸元にちっちゃくて真っ赤な人形を抱いていた。
 それは人形ではなく、赤子だった。
「う、産んだのか」「産んだのよ」妻はまた微笑む。「俺がいなくて大丈夫だったのか?」「貴方がいなくてもなんとかなるわよ」心臓のあたりがキュッと痛む。
「それよりあなた、この子を抱いてあげて」
「いいのか?」
 妻は肯く。ほんとうに小さくて、触れるだけでポロポロと壊れてしまいそうで、抱っこするのが憚られた。それでも、これは俺たちの愛の結晶で、宝物なのだと思うと、途端に愛おしさが止まらなくなって、そうっと、やさしくやさしく触れる。
「うあっ、あっ、あー!」
「ええっ!?」
 あらあら、と妻が大きく笑った。父親が抱くと泣き出すというのは、ほんとうだったのかと、ショックよりも驚きの方が勝った。よしよしと、ゆっくりと揺らしてやるが、泣き止む気配はない。ただ、赤ちゃんとは、そういうものなのだろう。泣くのが仕事なのだ。
「無事に産まれてきてくれて、ありがとう」
 そうして俺たちは、彼女に向かって、そこで初めて名前を呼ぶのだった。
「みく」

5/25/2025, 10:38:02 AM

 やさしくても、鬱陶しいことには変わりない。風が強いと、すーぐに傘が裏返るし。私の傘反抗期過ぎないか?
 それに、やさしくてもやさしくなくても、私は雨自体が嫌いだ。
 もちろん濡れるから、偏頭痛を起こすから、とかも理由にはあるが、そうではなく―――あ。
「あけみ、もっと寄らないと濡れるぜ」
「やだーもうまっくんたら」
 ―――リア充が雨にかこつけて相合傘をするから、が、一番嫌いな理由かな。
 ほんと爆発してくんないかな。
 しかも奴らときたら、自分たちの世界に入っているからか、現実が、つまり私の存在が全く見えていない。
 歩道を圧迫するなよ。
 そうして私が気を使ってひょいっと車道側に寄れば、それを見計らったかのように車が通る。
 泥が⋯⋯跳ねた。
 ⋯⋯⋯⋯ああ、今、ちょっとだけ雨を好きになったかもしれない。
 雨のお陰で、泣きそうになったのを隠せたから。
 ちくしょう! リア充も車も爆発してしまえー!!

5/14/2025, 11:00:08 AM

 宇宙から酸素がなくなったら―――って考えてみた。
 宇宙から酸素がなくなったら、もちろん私たち動物は死ぬ。猫も犬も、眼前の檻の中で休日の父親のような体勢をするパンダも、遍く全て。
 そもそも、酸素がなくなる状況ってなんだろう。
 人間は酸素を生み出せないが、植物はそうではない。小学校の理科で習うやつだ。二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す―――光合成。酸素がなくなるということは、それを吐き出してくれる植物がなくなっているということに他ならない。
 人類は、都市開発が好きだからなぁ。
 と、自分も人類の一員のようなものなのに、それを棚にあげて呟く。
 だけどね、一員ではあるけど、被害者でもあるんだよ。と、パンダに向かって、言い訳のような何かを零す。故郷は、私が村を飛び出してから数年後に、ダム建設によって水の中に沈んでしまった。
 まるでアトランティスみたいに。
 神様でもなんでもない、ただわらわらいる人類の中の数人の仕業だと思うけれど。
 パンダがごろりと寝返りを打った。
 私の話には、どうやら興味がないらしい。
 私は一つ伸びをして、欠伸をした。
 時間があんまりにも余ると、こうやった生産性のないことを考えてしまうものだ。
 暫く経つと、子どもたちがたくさん園内に入ってきた。側にはエプロンを着た引率らしき先生がいる。
 子どもたちはパンダの檻に走って行く。先生がそれを窘める。
 一人の子どもが、檻の前に立つと、私を指差して言った。
「あっ、チンパンジーだ!」

4/23/2025, 12:44:11 PM

 どこ「に」と、どこ「へ」で、微妙に意味が違ってくるらしい。「に」は場所を、「へ」は方向を指しているんだとか。
 ぼくは、どこに行こう。
 どこへ行こう。
 どこを行けば――彼女にもう一度会えるのだろうか。
 それとも、場所ではなく、行為かな。
 なにをすれば、会えるだろうか。
 降霊術――コックリさん。イタコ。シャーマン。
 悪霊になってでもいいから、また君に会いたい。



 どこへ行こう?

Next