うぐいす。

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真実の愛。
といって一番に思いつくのはやはり、美女と野獣なのではないでしょうか。見た目が獰猛な獣であろうとも、美しい心根を携えている村娘には関係ないのです。獣の心優しき隠された姿を、見事に見通してしまうのです。
私は、小さな頃からこのお話が好きでした。とてもロマンチックで、女の子の憧れなのです。私も、真実の愛というものを手に入れたいと思っていました。ええ、過去形です。今はそんなふうには思えません。夢見る少女じゃいられない年頃になってしまったのです。

「おかあさん、いってきます」
 今日も私は、お仕事に出掛けていきます。家業です。とはいっても、完璧に成功させた試しがありません。え? 完璧じゃなくていい? 貴方はお優しいひとですね。童話の中に登場する野獣のようです。私も、貴方のような優しいひとになりたかったです。こんなふうに、かわいい女の子を襲うようなオオカミにはなりたくなかった。
 ただいま女の子を発見しました。赤い頭巾を被り、フルーツやらなんやらの詰まった籠を提げています。そんな彼女の後ろに、息を殺して近寄ります。このようなことを、もう数週間前からずっと繰り返しています。先ほども言いましたが、成功した試しがないからです。成功するまで、ターゲットは変えてはならないと言いつけられているので、私はこうして、毎日彼女を―――赤ずきんちゃんを狙っているのです。
 赤ずきんちゃん。あ、はい。そうです。不肖この私が付けさせていただいたお名前です。あまりにもそのまま過ぎるので、お母さんからはちょっぴり不評です。
 と、そんなことを考えていましたら、ふと気が緩んでしまったのか、カサッと草むらを揺らしてしまいました。
「そこにいるのはだれ?」
 ば、ばれてしまいました。どうしましょう。まだ私は、ばれてしまったときの対処法を教わっていません。とりあえず、落ち着きましょう。落ち着くのです。ひっひっふー。よし。
「私は野蛮で危険なオオカミなのです。あなたを襲いに来ました! お覚悟です!」
「あら、とってもかわいいオオカミさんね」
「なんと。そうきましたか」
 突然の出会いによって、私たちはその後、お友達になりました。そうです。私はどうやら、赤ずきんちゃんに隠していた姿を見破られてしまったようなのです。
 え? それからですか? それは、貴方ももう知っていることですよ。それより、早くお休みになってください。どうして、お話する前よりも元気になっているのですか。ううむ、赤ずきんちゃんであれば、すぐに貴方を寝かせてしまえるのですが⋯⋯。
 あ、赤ずきんちゃん、おかえりなさい。ええ、はい。まだ眠ってくれないのです。一緒に寝ますか? え? はい。ふふ、私も愛していますよ。

 そういえば、かわいい女の子を襲うオオカミにはなりたくなかった、と言いましたが、正確性を期すのであれば、襲ったのはオオカミではなく、赤ずきんちゃんの方なのかもしれません。
 真実の愛、ですから。

7/23/2025, 11:00:43 AM