秋風が吹き始めるこの季節は、あまり好きじゃない。
春風よりは少し寒く、かといって冬の風ほど寒くないこの季節を、過ごしやすいと思う人もいるだろう。私だって、それに異論は無い。
でも、この季節の風は、何故か物悲しさを増長させる。過去に思いを馳せたくなってしまう。
少し強い秋風が、頬を撫でる。
思わず風が吹いてきた方向を振り返るが、そこには誰もいない。
去年は、そうじゃなかった。この道を友達と2人、並んで歩いた。偶に吹いてくる冷たい風に、2人して体を震え上がらせたりした。
あの頃は今より、進路とか、もっと先の未来とかに、不安や悩みを多く抱えていた気がする。でも、きっと今の私より、あの頃は充実していた。
今の移動手段は、ほとんどが車になってしまった。それは便利だけど、それは遠くまで行けるけれど、ときたまこうやって歩いてみたくなる。
立ち止まり、遠くを見る。
田んぼやアパート、一軒家。それ以外は何もない。何もないけれど、それが良かったのだと今なら言える。
ピロン♪
スマホの通知がポケットから聞こえる。
取り出すと、そこにはちょうど思い浮かべていた友人の名前があった。
『最近、急に冷え込んできたね〜。
そっちは、風邪とかひいてない?』
その文面を見て、知らず知らずのうちに私の頬は緩んでいた。
簡単な返事を打ち込んで、私はまた歩き出す。
家に帰ったら、どんな返事が来ているだろう。それに、どんなふうに返事を返そう。そんなことを考えながら。
「それじゃあ、また近いうちに会いましょう。」
その言葉が彼女から発せられたとき、僕は何故か自然と涙が溢れてしまうのをとめることが出来なかった。
彼女とは、お見合いで出会った。よくある、知り合い同士からの紹介というやつだ。
そして、それから何度か連絡を取り、今日が初めてのデートなるものだった。世間一般的にも多分普通の、近くの大きな動物園に行き、カフェでお茶をして…そうして解散するところで、彼女の言葉を聞き、僕が泣いてしまったのだ。
彼女は驚いた表情を数瞬見せたものの、すぐに僕を近くのベンチまでうながし、自販機でお茶まで買ってきてくれたのだった。
「……落ち着かれましたか?」
「はい。すみません……。」
時間にして数十分だろうか。彼女にハンカチまで貸してもらった僕は、あまりの不甲斐なさに顔も上げられなくなっていた。
情けないと思われただろう。男らしくないと思われただろう。もう、会ってはくれないだろう。マイナスな気持ちが、僕の心を埋め尽くそうとしていた時だった。
「何か…悲しい事でもあったんですか?」
「えっ…?」
「それとも…私が何か粗相をしてしまったでしょうか?」
「い…いいえいいえ!決してそんなことは無いです!!」
彼女に悲しい顔をさせてしまった。こうなったら、もうひとつふたつ恥の上塗りをした所で、失うものなどないだろう。僕は覚悟を決めた。
「実は…昔から、よく見る夢があって。」
「夢、ですか?」
「誰かと僕が一緒に居て…一緒にいる人が僕に言うんです。『また会いましょう』って。でも、夢の中の僕はそれが嘘であるとなんとなく分かっていて、でも去っていく誰かも止められない…そんな夢です。」
「……。」
「分かっているんです。所詮夢だって。でも…さっきのあなたの言葉を聞いたら、何故かその夢の光景を思い出して、悲しくなってしまって…。すみません。あなたには何も関係が無いのに。」
「いえ…夢は案外馬鹿に出来ませんよ。」
「えっ…?」
「私も昔…大好きなペットが死んでしまう夢を見たんです。その時は所詮夢だと思ったんですけど、それから丁度1週間後に亡くなってしまったんです。」
「それは…さぞ悲しかったでしょう。」
「そうです。だから…」
そこで彼女は言葉を切った。隣をこっそり伺うと、彼女は何かを考えているふうに見える。やがて彼女は思いついたように顔をあげた。
「ハンカチ…。」
「あっ、すみません。貸してもらって。洗って返しますから。」
「では、来週にでもまたここで会いませんか?」
「えっ…良いんですか?」
「えぇ。これなら、今日は笑ってお別れ出来そうでしょう?」
そう言って、彼女は微笑んだ。僕は彼女の笑顔に見とれたのと、泣いたことをまた思い出して、きっと顔が赤くなっていた事だろう。
「それじゃあ…また、来週に。」
「えぇ。また来週会いましょう。」
そう言って笑った彼女は、今日見た中で一番楽しそうに見えた。
「実はもう、あの時は会わないつもりだったのよ。」
彼女が唐突にそう言ったので、僕は驚いてしまった。
「それは…初めてのデートの時?」
「そう。」
「じゃあ…なんで、あの後も会ってくれたんだい?」
「それはね…あなたの涙が、とても綺麗に見えたからよ。」
「そっか…それなら僕も、あの時泣いたかいがあったのかもね。」
そうして僕達は、朝の玄関で顔を見合わせて笑った。あの時のことも、今となっては笑い話だ。
「今日は仕事長引きそう?」
「いいえ。今はそんなに切羽詰まっていないから。」
「じゃあ今日は久しぶりに、昔行ったカフェにでも行かないかい?」
「いいわね、楽しそう!」
「じゃあ決まりだ。そしたら、今日も気をつけて。」
「えぇ。また夜に会いましょう。」
そう言って笑顔で玄関の扉を開ける彼女は、やはりあの時と同じように綺麗だった。
7時まで書き上がらなさそうなので、場所だけ
キープさせていただきます。
申し訳ありません…。
季節は8月の中旬。最高気温が連日更新されて、テレビのニュースでは"暑さ対策"に関する様々な情報が提案されている今日この頃。
いつも高校に向かうときに乗る駅から高校とは反対方向の電車に揺られながら、僕は家から持ってきた小説を読みふけっていた。
しかし、その集中も今日は5分程しか続かず、僕は10ページ程しか読み進められなかった小説を閉じて、隣に座っている友人に話しかけた。
「…それで、そろそろ今日の行き先を教えてくれないか?」
「うん、お前ならそろそろ聞いてくると思ったわ。」
この友人。こいつは僕が中学生の時に家の近くに引っ越してきて、同じクラスで近所になったこともあり、なし崩し的に仲良くなった。
今は別々の高校に通っていて関わりは減ったものの、連絡は頻繁に取っているし、唐突に互いの家に訪問したりもしていた。
そして、今朝。朝の6時に"今日の10時に駅で合流"というメールが来て、慌てて準備して向かったら、なんの説明も無しに切符を買わされ電車に乗らされ…今に至ると言うわけだ。
「俺が言うのも何だけどさ…お前、変な人に騙されないように気をつけろよ?」
「僕はお前ほど無鉄砲じゃ無いし、信用していない相手の誘いには乗らないから大丈夫だ。」
僕の返事に、彼は何故かニヤニヤとする。なんだろう、訳もなくぶん殴りたい。でも、電車内だから我慢する。
「俺の姉ちゃんさ、今彼氏がいるんだけど。」
「知ってる。というか、僕はお前のお姉さんに彼氏が途切れたところを見たことがない。」
「それでさ、今日デートに行く予定だったんだけど、昨日別れようって電話が来たんだって。」
「それはご愁傷さまだな。」
「それで今とんでもなく荒れてて。デート用にチケットも買ったみたいなんだけど、見てるとイライラするから使うか捨てるか好きにしろって渡されて、家から追い出された。」
「それはお前もご愁傷さまだな。」
友人のお姉さんは僕も知っている。結構な美人で、男女問わず友人が多いらしい。ただ、偶に彼氏と別れたときにとんでもなく機嫌が悪くなったりするらしく、その度に友人が何かしらとばっちりを受けたりするのも知っていた。
「ん…それで、これがそのチケット。」
「水族館のペアチケット…しかも今日の日付指定…あぁ、なるほど。」
「流石に捨てるのはもったいないかなと思ってさ。」
「他の奴にも声かけたのか?」
「嫌、かけてない。でもお前なら、説明しなくても付き合ってくれそうな気がして。」
全く、僕をなんだと思っているのか。でも、文句を言うほど、悪い気はしなかった。
「それでお前は何か好きな海洋生物はいるのか?」
「特には…あ、でも、この水族館はアーチの水槽?みたいなのを推してるらしい。」
「あれか…うん、なんとなくわかる。」
「お前はなんか気になるのいるか?」
「うーん…ペンギン?」
「思ったより普通だな…でも、ペンギンって、可哀想だよな。」
「なんで。」
「ペンギンって、翼があるのに、飛べないじゃんか。一部では『飛べない鳥』って馬鹿にするやつもいるみたいだし。」
「でも、僕たちはペンギンじゃないから、本当の所は分からないだろ。」
「それはそうだけど…。」
「それに、僕たち人間は飛べないけど、飛行機って飛べる手段がある。でも、乗った人皆が幸せになるわけじゃない。だから、飛べることが幸せとは限らない。」
「……うん、俺、お前のそういう考え方好きだわ。」
電車が何度目かの駅から出発する。路線をちらりとかくにんすると、どうやら次が目的の駅みたいだ。
「…ちなみに、なんでペンギンなんだ?」
「ちょうど昨日、夢にペンギンが出てきた…というより、自分がペンギンになる夢を見たから。」
「それは…ある意味ナイスタイミングだな。」
そんな話をしていると、目的の駅のアナウンスが聞こえた。僕たちはどちらが合図するでもなく同時に立ち上がり、出口の扉に向かう。
電車の外はきっととんでもなく暑いだろう。でも、家の中にこもっているよりも有意義な時間が待っているだろうと、僕は心を密かに弾ませながら電車が停まるのを待つのだった。
ここに来るのも久しぶりだ、と目的の場所に着いた私は思った。
そこは私が今住んでいる場所の近くにある小高い丘の上にあった。目の前にはあの頃の中で一番思い出深いススキの群生地が変わらず存在していた。
小さな頃、この場所は私の秘密基地だった。季節によって色の変わるこの場所が、私は大好きだった。
私の住んでいる村は、明るくて元気な人が多く、私はそんな村の村長の一人娘として生まれた。周りのみんなはとても優しくて、村の誰もが差違はあれど赤みがかった髪をしているのが特徴だった。
しかし、どんなに優しい村の人でも唯一怖くなることがあった。それが、隣の村に住んでいる人達に関することだった。
隣の村に住んでいる人達に幼い私は会ったことが無かった。でも、彼等は愛想がなく、とても冷たい人達なのだと物心つく頃から教えられていた。大人は皆口を揃えて、青い髪の奴らには絶対に負けるな、と言った。
ある日、幼い私は小高い丘の秘密基地に泣きながら来ていた。村の他の子供たちに「あおいやつらはうんどうがとくいなのに、おまえはちっともうんどうができない。おまえといるとあおいやつらにばかにされるから、あっちいけ!」と言われたのだ。
だから私は、沢山のススキの中に埋もれるように座り込んで、声を殺して泣いていた。すると、ススキをかき分けて一人の少年が現れた。
少年は青みがかった髪をしていた。そして、私と同じくらい目を真っ赤にして泣き腫らしていた。
私達はお互いに見つめ合い、しばらく動けなかった。実のところ、私は初めて見る髪の色に見とれていたのだ。しかし、誰かが泣いているときにハンカチを渡すお母さんを思い出して、慌ててポケットからハンカチを出して、それから目を丸くした。
なんと、目の前の少年も同時に持っていたカバンからハンカチを取り出して渡してきたのだ。私達はお互いのハンカチをまたしばらく見つめ合い、そして同時に吹き出した。
それから、彼と私は仲良くなった。
会うのはいつもこの丘の上。ここで私達は色々な話をした。
それぞれの村のこと。好きなことや苦手なこと。二人だけの内緒の話をしたりもした。
それだけじゃない。おいかけっこやかくれんぼ、ピクニックや木のぼりなんかをして遊んだりもした。
彼とすることは、何だって楽しい。きっとあれが、私の初恋だったのだろう。
「あれ、おかーさん?」
物思いにふけっていると、目の前のススキからひょっこりと顔を出す影があった。
「あら、こんなところに隠れていたの?」
「うん!なにかおもしろいものがかくれてないかなって、さがしてたの。」
「そう、何か見つかった?」
「ううん、ススキしかなかったー。」
「それは残念ね…でも、きっとあなたもいつか、良いものが見つけられるわよ。」
「おかーさんは?なにかみつけたの?」
「ふふっ。お母さんはね、ここでお父さんを見つけたのよ。」
「えっ、ほんとに?」
「ホントよ。家に帰ったら、その時のことも話してあげるわ。」
そうして私は、息子の頭や体についたススキの穂をはらい、その手を優しく握った。
秋の少し涼しくなってきた風に息子の薄紫色の髪がサラサラと揺れるのを見て、私は幸福を感じながら二人で帰り道を歩き始めるのだった。