雨音

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ここに来るのも久しぶりだ、と目的の場所に着いた私は思った。
そこは私が今住んでいる場所の近くにある小高い丘の上にあった。目の前にはあの頃の中で一番思い出深いススキの群生地が変わらず存在していた。
小さな頃、この場所は私の秘密基地だった。季節によって色の変わるこの場所が、私は大好きだった。

私の住んでいる村は、明るくて元気な人が多く、私はそんな村の村長の一人娘として生まれた。周りのみんなはとても優しくて、村の誰もが差違はあれど赤みがかった髪をしているのが特徴だった。
しかし、どんなに優しい村の人でも唯一怖くなることがあった。それが、隣の村に住んでいる人達に関することだった。
隣の村に住んでいる人達に幼い私は会ったことが無かった。でも、彼等は愛想がなく、とても冷たい人達なのだと物心つく頃から教えられていた。大人は皆口を揃えて、青い髪の奴らには絶対に負けるな、と言った。

ある日、幼い私は小高い丘の秘密基地に泣きながら来ていた。村の他の子供たちに「あおいやつらはうんどうがとくいなのに、おまえはちっともうんどうができない。おまえといるとあおいやつらにばかにされるから、あっちいけ!」と言われたのだ。
だから私は、沢山のススキの中に埋もれるように座り込んで、声を殺して泣いていた。すると、ススキをかき分けて一人の少年が現れた。
少年は青みがかった髪をしていた。そして、私と同じくらい目を真っ赤にして泣き腫らしていた。
私達はお互いに見つめ合い、しばらく動けなかった。実のところ、私は初めて見る髪の色に見とれていたのだ。しかし、誰かが泣いているときにハンカチを渡すお母さんを思い出して、慌ててポケットからハンカチを出して、それから目を丸くした。
なんと、目の前の少年も同時に持っていたカバンからハンカチを取り出して渡してきたのだ。私達はお互いのハンカチをまたしばらく見つめ合い、そして同時に吹き出した。

それから、彼と私は仲良くなった。
会うのはいつもこの丘の上。ここで私達は色々な話をした。
それぞれの村のこと。好きなことや苦手なこと。二人だけの内緒の話をしたりもした。
それだけじゃない。おいかけっこやかくれんぼ、ピクニックや木のぼりなんかをして遊んだりもした。
彼とすることは、何だって楽しい。きっとあれが、私の初恋だったのだろう。

「あれ、おかーさん?」
物思いにふけっていると、目の前のススキからひょっこりと顔を出す影があった。
「あら、こんなところに隠れていたの?」
「うん!なにかおもしろいものがかくれてないかなって、さがしてたの。」
「そう、何か見つかった?」
「ううん、ススキしかなかったー。」
「それは残念ね…でも、きっとあなたもいつか、良いものが見つけられるわよ。」
「おかーさんは?なにかみつけたの?」
「ふふっ。お母さんはね、ここでお父さんを見つけたのよ。」
「えっ、ほんとに?」
「ホントよ。家に帰ったら、その時のことも話してあげるわ。」
そうして私は、息子の頭や体についたススキの穂をはらい、その手を優しく握った。
秋の少し涼しくなってきた風に息子の薄紫色の髪がサラサラと揺れるのを見て、私は幸福を感じながら二人で帰り道を歩き始めるのだった。

11/11/2024, 6:54:04 AM