雨音

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「それじゃあ、また近いうちに会いましょう。」
その言葉が彼女から発せられたとき、僕は何故か自然と涙が溢れてしまうのをとめることが出来なかった。
彼女とは、お見合いで出会った。よくある、知り合い同士からの紹介というやつだ。
そして、それから何度か連絡を取り、今日が初めてのデートなるものだった。世間一般的にも多分普通の、近くの大きな動物園に行き、カフェでお茶をして…そうして解散するところで、彼女の言葉を聞き、僕が泣いてしまったのだ。
彼女は驚いた表情を数瞬見せたものの、すぐに僕を近くのベンチまでうながし、自販機でお茶まで買ってきてくれたのだった。

「……落ち着かれましたか?」
「はい。すみません……。」
時間にして数十分だろうか。彼女にハンカチまで貸してもらった僕は、あまりの不甲斐なさに顔も上げられなくなっていた。
情けないと思われただろう。男らしくないと思われただろう。もう、会ってはくれないだろう。マイナスな気持ちが、僕の心を埋め尽くそうとしていた時だった。
「何か…悲しい事でもあったんですか?」
「えっ…?」
「それとも…私が何か粗相をしてしまったでしょうか?」
「い…いいえいいえ!決してそんなことは無いです!!」
彼女に悲しい顔をさせてしまった。こうなったら、もうひとつふたつ恥の上塗りをした所で、失うものなどないだろう。僕は覚悟を決めた。
「実は…昔から、よく見る夢があって。」
「夢、ですか?」
「誰かと僕が一緒に居て…一緒にいる人が僕に言うんです。『また会いましょう』って。でも、夢の中の僕はそれが嘘であるとなんとなく分かっていて、でも去っていく誰かも止められない…そんな夢です。」
「……。」
「分かっているんです。所詮夢だって。でも…さっきのあなたの言葉を聞いたら、何故かその夢の光景を思い出して、悲しくなってしまって…。すみません。あなたには何も関係が無いのに。」
「いえ…夢は案外馬鹿に出来ませんよ。」
「えっ…?」
「私も昔…大好きなペットが死んでしまう夢を見たんです。その時は所詮夢だと思ったんですけど、それから丁度1週間後に亡くなってしまったんです。」
「それは…さぞ悲しかったでしょう。」
「そうです。だから…」
そこで彼女は言葉を切った。隣をこっそり伺うと、彼女は何かを考えているふうに見える。やがて彼女は思いついたように顔をあげた。
「ハンカチ…。」
「あっ、すみません。貸してもらって。洗って返しますから。」
「では、来週にでもまたここで会いませんか?」
「えっ…良いんですか?」
「えぇ。これなら、今日は笑ってお別れ出来そうでしょう?」
そう言って、彼女は微笑んだ。僕は彼女の笑顔に見とれたのと、泣いたことをまた思い出して、きっと顔が赤くなっていた事だろう。
「それじゃあ…また、来週に。」
「えぇ。また来週会いましょう。」
そう言って笑った彼女は、今日見た中で一番楽しそうに見えた。


「実はもう、あの時は会わないつもりだったのよ。」
彼女が唐突にそう言ったので、僕は驚いてしまった。
「それは…初めてのデートの時?」
「そう。」
「じゃあ…なんで、あの後も会ってくれたんだい?」
「それはね…あなたの涙が、とても綺麗に見えたからよ。」
「そっか…それなら僕も、あの時泣いたかいがあったのかもね。」
そうして僕達は、朝の玄関で顔を見合わせて笑った。あの時のことも、今となっては笑い話だ。
「今日は仕事長引きそう?」
「いいえ。今はそんなに切羽詰まっていないから。」
「じゃあ今日は久しぶりに、昔行ったカフェにでも行かないかい?」
「いいわね、楽しそう!」
「じゃあ決まりだ。そしたら、今日も気をつけて。」
「えぇ。また夜に会いましょう。」
そう言って笑顔で玄関の扉を開ける彼女は、やはりあの時と同じように綺麗だった。

11/14/2024, 4:36:56 AM