遠い鐘の音
目が覚めるとみんなもう教室にはいなかった。また起こされなかったな、と思うも今日はこれ以上ゆっくりしてられない。鍵を職員室に戻して早く帰らなくては。窓から刺さる激しい西日が目に痛い。グラウンドで戦う運動部の群れが現実に引き止める。帰り支度をし、鍵を戻して門を出るとチャイムが鳴った。チャイムを追うように校歌が始まり、近隣住民の迷惑を考えていないのだろう、歩いて20分のところにあるコンビニにいてもまだかすかに校歌が聞こえた。ここに来なくなっても、自分の青春はどんなだったかを思い出す時にこの風景が脳裏をよぎるのだろう。夕焼けとチャイムと、遠くから聞こえる校歌。最寄りの駅、帰りによく寄るスーパー、コンビニ。自販機のサイダー。みんな過去になる時がくる。それはどこか遠い現実で、実感しがたいと思えた。
スノー
陶器の肌とりんごの唇。肌にはできもの一つ無く、大きな瞳はブラックダイアモンドのよう。長いまつ毛に華奢な身体。白雪姫はこういう人だったのだろうか。私が彼女にあだ名をつけるなら白雪姫と呼びたい。嘘みたいな美貌は確かに女王を嫉妬で狂わせることなど容易いだろう。狩人は彼女を助けるだろうし小人も喜んで同居を許す。たとえ死体だとしても王子は彼女の唇に口付けをする、彼女はそんな人だ。白雪姫は心優しいか弱い乙女だ。彼女もそんな美貌を鼻にかけす優しくふんわりとした人だ。美しい人が優しいと下に見られる。それでもまわりの人が白雪にトラブルが降りかかる前に遠ざけるから、彼女はいつも竜巻の目だった。飛び抜けて容姿がいいと女から嫌われるが、白雪は男からも女からも好かれた。彼女と話した人は色んな人から睨まれるが一週間は自慢できる。みんな白雪と話したかった。それでも彼女は同じマンションであるというだけで私を選び、義務教育と高校時代を異物を入れることなく過ごした。私は彼女のことが好きだったが、同時に酷く疎ましかった。好きな人はみんな白雪に思いを寄せ、私を近付くきっかけにする。隣に並ぶなんてごめんで、比べたくもない。加工を通しても、明らかにはっきりと優劣がつく。それなのにそんな気持ちを墓まで隠し通したくなるのは私も彼女の虜だから。その笑顔が私以外に向けられることがないのが、私に劣等感と優越感を刻みつけるのだ。
夜空を越えて
0:00をこえるとああ、やはり今日と明日は繋がっているんだなといつも思う。いやなことを乗り越える方法として、この人とはもう二度と会わないから。自分のやった事なんてそこまで気に止められていないから明日になったら忘れてくれる。過去の自分と今の自分は繋がってなんていなくて毎日毎日違う自分なんだと責任を無視しようとする。過去と今を同一視していない癖に今と未来を同一視する。矛盾した思想。それが楽で心地よいのと反面に気持ち悪いとも思う。今が過去になって未来が今になった時、過去の自分は今の自分を同一視してたんだと思うとお前ごときが。と思う。共感性羞恥だろうか。それがずっと続くから居心地が悪い。分離症の一種かもしれない。なんだか全てにおいて過去の自分が今の自分とは違う考えを持っていて、それぞれ確かに未来とされる今自分の生きる未来を見据えて行動していたと思うと、やはり同じ自分とは思えないのだ。ひとつの問題に対し答えは過去と今と未来の自分でそれぞれ同じになることはないだろう。経験の差だ。積み重なったものが違うのだからそれはそうと思うが答えが同じにならないのならやはり今の自分とは違う人間だったんだなと思う。この考えがいつまで長持ちするかも分からないが、分断して今だけを生きるのが楽でそれ以上を考えたくないのだ。
温もりの記憶
公園のブランコで置き去りになって揺られている手のひらサイズのぬいぐるみキーホルダーがあった。まるでわざわざ捨てていったかのように板の真ん中に倒れないように座らせられていて、風でキコキコ揺れている。それを僕は哀れに思って家に持って帰って洗って干した。
「ふーん、やさしいね。でも持ち主が探してるかもよ?そしたら元の場所にないと困っちゃうと思うけど」
「ひとつになってもらったからきっと寂しくないよ」
「は?なにが、なんの話?」
乾いたぬいぐるみを小学生のとき使ってた裁縫セットの布切りバサミで開き、綿を取り出し継ぎ接ぎされたぬいぐるみに綿を移した。空になったぬいぐるみの皮は小さく切り刻んで縫い直し、ぬいぐるみの靴下になった。継ぎ接ぎのぬいぐるみは今では人の頭ほどの大きさである。今まで生きてきた集大成だ。落し物箱にある、いつからいるのかも分からないぬいぐるみを持ち帰って切って自分の作品にするのが好きだった。継いで剥いでくっつけて。小さな落し物が自分の手でひとつになっていくのはなんだかとても達成感のあることだったのだ。
「…お前ってやっぱ頭おかしいよな。そりゃ友達いないわな」
「は?いるし」
「頭のネジどっか外れてるやつって案外近くにいるのな。ぬいぐるみの持ち主のこと考えないの?」
「リサイクルだよ。落としたもの大事にしてもらって喜んでるよきっと」
「きもー笑」
雪原の先へ
絵の具で塗りたくったかと思うほどに地面に真っ白に敷かれた雪は、振り返ればスタンプを押したかのようにくっきりと黒い足跡が着いている。もっと雪の積もる地域ならばこの足跡には白い地面との高低差がでて、雪に身を投げ出せばどこに行ったのか一瞬分からなくなるのかもしれない。鬼ごっこをする時に有利だ。黒い足跡を辿って歩く。今年の雪は早い。いつも12月には間に合わず、クリスマスが終わってから降り始めるのに。今年はまだギリギリ11月だというのにもう雪が降り始めていた。すでに秋を感じることができるのは校庭にそびえ立つ赤い紅葉の木からだけだ。ほかの木はもう葉っぱが枯れ落ちているのにこの木はまだ真っ赤な紅葉を落とそうとしない。本当は偽物で、次の秋が来てもまだ赤を主張し続けるんじゃあないかと思わせるほどに。教室は嫌いだ。寒いからって密閉してピッタリ肉団子になってくっついて。暖房も付いていないのに妙な熱気がある。換気がきちんとされてなくて息苦しい。だから雪が降ってもわざわざ外で昼飯をたべる。感染症対策にもなるし。いつもの場所は雪がじゃまをして座れなそうだったから、紅葉の木のそばでたべる。雪と紅葉のヒュージョンなんてなかなか見られっこない。膝が震えるほど、歯が楽器になるほど寒いが、雪の冷気で息がしやすい。喉まですっと通るような涼しさはどこか自分を冷静にさせた。このまま雪が降るのが止まなければいいのに。