春爛漫
春になると暖かくなり、虫も動物も活動的になる。それは人間も同じことだ。不審者、露出狂、痴漢にいたずら電話。そういう話を聞くと「ああ今年も春が来たんだな」と季節の変化を感じる。この町はそんな話が多い。僕が住んでる町には大きな桜の大樹があって、満開になると多くの奇妙な体験が蔓延る。桜が散ると、同じくして奇妙な出来事の目撃情報が無くなるのだ。
君の目を見つめると
ここのところずっと同じ事ばかり繰り返している。それは比喩でもなんでもなく、2ヶ月ほど前だったか、ある時から同じ1週間がループするようになったのだ。初めの1ヶ月は気が付かなかった。なんて鈍いんだとは自分でも思うが、1日間隔ならまだしも1週間の区切りでループしてるんだから7日前の会話なんて覚えているわけないだろう。記憶力には自信が無い方なのだ。普通にボケである。気づいてからはループを楽しんだ。同じ授業ばっかりを垂れ流している先生には飽き飽きしたが、同じ会話の流れで友達の次の発言を当てて驚かせてみたり。小テストでいつもは取らない満点とったり。どうせループするからとサボってみたり。そんなことして楽しめたのも1ヶ月だけだった。ループに気づいてから4回目の日曜日を終える。つまりループが始まってから2ヶ月たったわけだ。ループのことを共有出来るやつはいないし(信じてもらえるわけないだろ)、続きをみたいアニメやドラマも放送されないし。だからこのループの地続きがもう実は自分は死んでいて、今自分は夢を見ているんじゃないかと思ってしまう。世界中が俺のことを騙していてすごく壮大なドッキリかなにかなんじゃないか?思い切って母にループのことを告げてみた。もちろん信じてくれない。
何気ないふたり
「明日になったら忘れてね」
そう言って眠った彼女は、必死にいつも通りに振る舞おうとして震えた声をなるべく隠してベッドの向こうを向いた。鼻をすする音と濡れたまつ毛がいつも通りではないことを主張しながらも。愛子(あいこ)はどう声をかけていいか分からなかったし、申し訳ないけれど明日からいつも通りに振る舞えるとも確信がなかった。
大学生になって初めて話したのは愛歩(あゆみ)だったし、一番仲良くなったのも愛歩だった。愛子は大学生になって人間関係を上手く作れるか自信がなくて、オープンキャンパスの時点で色んな人に声をかけて連絡先を貰っていた。その時はまだ入学してなかったしちょっと勇気を出すだけで入学後の大学生活が豊かになると思うと充実感すらあった。しかし所詮その場限りのネットワーク。入学した後は実際コマが被った時だけ会話する、みたいないわゆる よっ友ばかりしか残らなかった。その中で唯一その後大学で交流が続いたのが愛歩だった。
my heart
心の中を覗いてみたい。誰のって、自分の。私は私のことが一番分からない。私は自認が流動体で、自分が人間の型にきちんとハマっていられている自信が無い。どこか私というのは目に見えないもので、触れられないもので、未確認生命体的なものなのではないかという気持ちが拭えないのだ。鏡にうつる人間の形をした私のことを自分と別に考えている訳ではない。鏡にうつるのも私自身で、それがきちんと五体満足の人間で液体とかなんかじゃないことは理解している。それでも鏡を見ている時以外は私の容姿の想像は顔のないスライムのようなドロッとした液体で、目なんかないのにじっとこっちを見ている。私はスライムだから、何をしても許して欲しい。人間じゃないからどうか許容して知らないフリをして忘れてほしい。そんな甘ったれた考えを捨てられない。
ないものねだり
知らないうちに思っていたよりも遠くに来てしまっていたようだ。知らない駅で降りて、駅のところの街のガイドマップを頼りにただ歩いて海まで来た。夕焼けに揺れるどこか浮世じみた水面が私に現実を忘れさせる。ありきたりだが、疲れてしまった。社会というのは人間を使い捨てだと思っているのだろう。どんなSNSや小説や映画を見ても人間達は社会に使い潰されているし、どこか疲れている。こんなしみったれた書き出しだと、次に行うことは自殺なんじゃないかと誰もが予想するだろう。しかしそんな勇気は誰だってなく、疲れたと思っている人間が次々に死んでいたら社会が成り立たない。ただ、儀式をしようと思ってきた。明日からちゃんと頑張るための生まれ変わりの儀式。大きく手を振って走り出す。