透明な羽
綺麗だと思った。見せてくれた秘密が。他の誰にも見せたことの無い真実が。彼女は本当は天使だったのだ。それで良いような気がしたし、実際に彼女の言うことは全てに説得力があってなんでも信じてしまいたくなる。理論建てて自分が天使であることを自分に教えてくれた時、
「だから、今から飛ぶから見ててね。きっといつか帰ってくるからその時はまた友達になってね」
そう言って屋上から飛んだが、それを信じて今でも彼女の帰りを待っている。本気で。天使である彼女にとって、この世は澱んでいてあまりに息苦しかった。だから天界に戻っただけ。いつかは自分に会いに人間の身体をあつらえて帰ってくるだろう。だからさよなら。いっときのさよなら。
「あ、あのさ…」
「あに(何)」
「私たち、友達だよね?」
「は、なにを今更。そう言ってくれたのは教祖サマだけど?」
なにか?とでも言いたげに訝しげな顔でこちらを見るサヨにわたしは苦笑いでこう返す。
「じゃあさ、こんなに近くなくてもいいと思うんだけどなあ〜…なんて」
「やだ」
「ですよねー…」
そうなのである。わたしは今サヨの膝の上に向かい合うように座らせられていて。もうすぐ唇が当たってしまうのではないかというくらい近かった。普通の友達の距離感というにはおかしすぎるだろう。
わたし、前川モカは頑としてこの距離を譲らないサヨカに気づかれないほど小さく息をつき、どうしてこうなったんだっけなぁー…と髪の毛を弄られながら深く思考を遡っていくのだった。
わたしはごく普通の大学生だった。別に特質するものは無く、ちょっと自分の意思が薄く流されやすいだけの一般的な人。それが流されるままに設立したばかりの宗教団体の運営側に誘われ、流れるままにいつの間にか自分が教祖にすげ代っていただけのただの大学生だ。教祖とは言っても宗教の顔と言うだけで私がなにか動かしている訳ではない。元々私を誘ってきた友人が細かく団体を運営して、副教祖(私を隠れ蓑にしているがほぼこの人が教祖みたいなものだ)が私を動かして信者を扇動している。初めはお遊びみたいなものだった。友達が、カルト宗教作ってみたくね?とかバカみたいなことを言って。私はそれにふざけて、いいね具体的にどんな?と詳しく突き詰めていっただけ。それが今では信者数300人の小規模カルトだ。友人が集客して、副教祖(友達の友達)が台本を作って、私がそれを使って演説をする。そんなバカなお遊びに扇動される人は案外いるもので、いつの間にかその場所では教祖と呼ばれるようになった。わたしは信者達の熱量が行き過ぎているようで少し怖かった。友人達のマインドコントロールが余程上手いのか信者は私を妄信的に教祖と慕い、意見を求め、相談事をしに来て最後はたくさんのプレゼントを置いていく。信者が増えれば増えるほど、副教祖とバカ友人以外の友達は離れていくし、二人もだんだんわたしを教祖として、金の成る木としてしか見なくなった。みんなから慕われて悪い気はしないけど、教祖とはいえ所詮二人の操り人形。私の事を見てくれる人は居なかった。だから、ずっと憂鬱だった。それ以外なかった。そこで一人の女子高生に出会う。それが山田サヨカちゃん。チラシを見てやってきた考えなし。なんでも悩み事を解決してくれる、という謳い文句が書かれた胡散臭いチラシの可哀想な、バカな被害者。それが第一印象だった。
彼女の悩みは些細なものだった。テストの点が悪いこと、弟がウザイ、最近食べ過ぎて太っただとか。バイト先の先輩の愚痴とか、ちょっとお話して満足して帰っていく。なんだか、だんだん妹みたいだなって感じるようになって。ちょっとサヨカちゃんが来るのが楽しみになった。サヨカちゃんは距離の詰め方が上手かった。私を教祖さま、教祖さまって慕ってくれてなんでも悩み事を話してくれるのが可愛かった。正直嬉しかったし、最近はなんだか悪くないなって思うようにもなってた。テスト前になれば勉強を教えたし、家に招いてご飯を食べたり、お休みの日に一緒にお出かけに行ったりもした。きっと自分が思っているよりもずっと可愛がってたし、一緒にいるのが楽しかった。本当の妹みたいだなって。だけどある日信者の恋人を名乗る男が乗り込んできて、私を糾弾して私に鉄パイプで殴りかかってきた。それで、病院で目が覚めてわたしは外に出るのが怖くなった。私を外に連れ出して教祖を続けさせようとする友達二人のことも怖くて、退院してから外に出られなくなった。少したって、サヨカちゃんが家を突き止めて会いに来るようになった。わたしは外に出たらまた殴られたりするんじゃないかと怖くて当分は玄関前で話すだけだったけど、いつの間にか家にいれるようになった。サヨカちゃんが家に来てる時だったかな。二人の友達が私を教祖に戻そうと押しかけてきた。わたしはチャイムがなり続ける部屋の中でただ怯えることしか出来なかったけど、サヨカちゃんが追い払ってくれた。わたしはすごく安心して、ずっと一緒にいてねって言ったんだっけ。サヨカちゃんはそれに今まで見たことないくらいの笑顔でもちろんって頷いてくれた。そのあとすぐだったかな。脅迫文が家に届くようになったの。手紙には写真も入っていて、そこにはわたしと、サヨカちゃんも写ってた。怖いし、サヨカちゃんにも迷惑がかかるだろうしもう嫌になって、何も言わずに引っ越した。そのあとは全部何もなかったみたいに普通の人に戻れた。大学はちゃんと卒業して、普通の、…ちょっとブラックな会社に入社して。普通だった。帰り道、私が教祖だったことを知ってる子。副教祖の子がボロボロに見違えた姿で私を待ち伏せしてたの。わたしが何も言わずに教祖をやめたこと、怒ってるみたい。一から宗教を作り直そう、今度は絶対逃がさないから。そう言って私を連れてこうとした。そしたら警察の人を連れたサヨカちゃんが現れた。警察は副教祖を現行犯で捕まえていった。…薬物やってたんだって。私はサヨカちゃんに無言で手を引かれて、なんで知ってるのか分からないけど迷うことなく私の家まできて、私のカバンから鍵をとって部屋に押し入った。そこで、お話した。突然いなくなって寂しかったこと、心配したこと、私ってそんなに頼りないですか。って泣かれちゃった。脅迫文のことと迷惑になると思ったことを言った。否定されて、少し嬉しかった。わたしはずっと思ってたことを言った。このタイミングしか無かったから。なんでこんなに色々してくれるの?って私たちの関係って何。信者と教祖?
サヨカちゃんはちょっと言葉に詰まって、形式上は。と言った。目を泳がせながら一呼吸置いて、教祖さまのことが、好き、だから…と。顔を真っ赤にしていうものだから。わたしは驚いて、いつから!?と大きな声を上げてしまった。サヨカちゃんはキッと睨んで最初から!!と言った。チラシを見て来たと言ったが、ホントは近所の公園で初対面を果たしていたらしい。彼女は家出少女だった。初対面のわたしと公園で話して、なにか思うところがあったのだろう。説得されて家に帰ったそうだ。親に心配かけてたことを実感して、自分が子供だと思えた。その時の私の事を忘れられなかったそう。チラシを貰って、そこに乗ってる写真に私を見つけた。だから、一目惚れのお姉さんに会いに来たのだ。
サヨカちゃんは、「教祖さま、私教祖さまのこと好きだよ。恋愛として!」
と言った
「…ごめんなさい私。妹として好き。それだけじゃだめ?」
「ほんとにだめ?」
「、うれしいよ?本当に嬉しいんだけど、そんなふうに言われるなんて思ってなかったから自分の気持ちわかんなくて」
「じゃあ、友達からなら?」
「…友達から、なら」
「絶対好きにさせてみせるから。教祖さま」
サヨカちゃんの笑顔は眩しくて、小悪魔的で、なんだかすぐに落とされちゃうような気がした。
なんて事ない非日常
「ふんふふん、ふふふんふふん」
鼻で歌を歌いながら地べたに座り込んで何をやってるかといえばアイロンビーズだ。朝起きて、コンビニに行ったのにも関わらず財布を家に忘れて何も買わずに家に帰ってきた日曜日。わたしは何を思ったのか唐突にそうだ、出かけよう。と決意したのである。でも、出かける前にわたしは部屋を片付けたかった。足の踏み場が無かったから。山積みにしておいた教材とか、ノートとか、本とかが雪崩を起こして扇状に倒れている。その倒れ方はまるでトランプゲームのようだ。それが床に3個くらいできていた。わたしはとりあえずベッドの上に床に落としていた冊子達をドカッとまとめて放り投げ、部屋のど真ん中に敷かれている小さめな絨毯をバサバサしてホコリを落とし、カーテンと窓を開けて網戸にした。わたしは無線イアホンとスマートフォンを繋いで耳につける。ただ黙々と部屋の掃除なんてアホらしくてやってられない。頭の中を好きな曲という名のドラックで満たさないとわたしはベッドから起き上がったとして部屋の外にすら出ることが出来ないような思考停止人間だった。脳内を電子ドラッグで満たしてようやく掃除を再開する。わたしは何を考えるでもなくただ黙々と床にコロコロをかけてクイックルワイパーをして掃除機をかけた。あ、掃除機の後にクイックルワイパーだったかな…と思いながらベッドを整地して机を片し、後は押し入れに無理やりに詰め込んだ。その押し入れからチラリと見えたボトルに入ったアイロンビーズに思わず手を伸ばし取り出してしまう。
「な、懐かしー…」
嫌な訳でもないのにしかめっ面になって小学時代の相棒との再開を喜んでいると急に脳内に直接声が聞こえた。
『ーーさあ、久しぶりにわたしで遊ぶのです…』
「な、なんだと!!」
まあ自分で勝手に脳内アテレコしただけだが…わたしはその誘惑に打ち勝てず、椅子にも座らすに床でビーズセットを広げて遊び始めたってわけ。ボトルの蓋を回して開け、ビーズの海に沈んだアイロンシートや丸かったり四角だったりの透明つぶつぶの土台を取り出す。ほんとに懐かしいな…。と感傷に浸りながらも私は黙って丸の土台にビーズをのせ始める。ちみちみと一粒ずつ土台にのせる作業を繰り返しているとなんだか感慨深い。もう十数年は昔のことだもんなあ。真剣になって模様を作るのは楽しいが、小学生のわたしはどんな気持ちでこれで遊んでたのだろうか。今では一分たりともスマホを手放さないわたしだが、スマホがなくてもこうして夢中になって遊べるものがあったんだと思うとなんだか少し寂しかった。おーい、幼い頃のわたし〜。数十年後のわたしはスマホというインターネットボックスにしか日々の娯楽を頼れなくなった惨めな大人だよー…。今は鏡を見れないが、鏡に写るわたしはおそらくぴえんの顔文字みたいな顔をしているだろう。なんだか惨めだ。無意識に鼓膜の奥から聞こえる音楽を口ずさみながらもビーズを並べ終わって、慎重にコンセント近くまでスライドする。アイロンの電源を入れ、強にして少し待ってからシートを被せたビーズの上を滑らせる。じっくり表面の穴が溶けて塞がるくらいまで熱したら、慎重に土台を剥がして反対側も同じように溶かした。一時間近くかけてようやく出来上がったカラフルなコースターはビーズ現役時代のクオリティとさして変わらなかった。いや、これは前の方が上手いな。じっくり完成品を見て女児気分を味わっていると、手首と足首がさびしい気がした。ーーそうだ、ミサンガを作ろう。こうして短い休日は溶けていき、夕方の六時頃になって残ったのはビーズでつくった数枚のコースターと、手足に一本ずつつけたカラフルなミサンガと、少し片付いたわたしの部屋だけだった。カラスの鳴き声がイアホン越しに微かに聞こえて、赤紫色の空を認識した途端に、あ。出かけようと思ってんだった。と外出願望を思い出したのである。あぁ〜明日からまた一週間が始まるのかあ…とほんの少しの絶望が頭の中を支配する。ーーでも、こんな日も悪くないな。なんて。今に染まったわたしはどう頑張っても過去には戻れない。戻りたいと思う時はあれど、ホントの本心では過去になんか戻りたくはない。それでも、こんな小さな懐かしさや少し昔の幼い頃の思い出に浸ると、当時まだ世間を知らない子供ながらに感じていた複雑だったり交錯する思いが、小さな苦労が、報われたような気がする。
「…とりあえず、お風呂にでも入るかあ」
こうしてずっと繰り返される日常がいつか終わる日まで、わたしは同じような毎日を繰り返すのだろう。それでも、代わり映えのない日々の中で大切を、面白さを見つけていきたいとおもう。
君と見上げる月
空には太陽と重なって赤くなった月が浮かんで、じっとこちらを覗いていた。もう夜中の3時だが、彼は3時のことを27時だと言い張っていた。3時を朝だとは認めたくないそうで、このことはずっとずっと言い続けている。だんだんと月の赤いところが半分になって元の白い月が現れ始める。3年に一回しかないこの現象が終わるのは一瞬のように感じ、また次見れる頃に私たちはまだ仲良くしているのだろうか。永遠のように感じるこの関係も私が言い出さなければ終わりはしないだろうし、カレが言わなければそのままだろう。漠然とした無限。実際には儚いものなのだろうな