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なんて事ない非日常

「ふんふふん、ふふふんふふん」
鼻で歌を歌いながら地べたに座り込んで何をやってるかといえばアイロンビーズだ。朝起きて、コンビニに行ったのにも関わらず財布を家に忘れて何も買わずに家に帰ってきた日曜日。わたしは何を思ったのか唐突にそうだ、出かけよう。と決意したのである。でも、出かける前にわたしは部屋を片付けたかった。足の踏み場が無かったから。山積みにしておいた教材とか、ノートとか、本とかが雪崩を起こして扇状に倒れている。その倒れ方はまるでトランプゲームのようだ。それが床に3個くらいできていた。わたしはとりあえずベッドの上に床に落としていた冊子達をドカッとまとめて放り投げ、部屋のど真ん中に敷かれている小さめな絨毯をバサバサしてホコリを落とし、カーテンと窓を開けて網戸にした。わたしは無線イアホンとスマートフォンを繋いで耳につける。ただ黙々と部屋の掃除なんてアホらしくてやってられない。頭の中を好きな曲という名のドラックで満たさないとわたしはベッドから起き上がったとして部屋の外にすら出ることが出来ないような思考停止人間だった。脳内を電子ドラッグで満たしてようやく掃除を再開する。わたしは何を考えるでもなくただ黙々と床にコロコロをかけてクイックルワイパーをして掃除機をかけた。あ、掃除機の後にクイックルワイパーだったかな…と思いながらベッドを整地して机を片し、後は押し入れに無理やりに詰め込んだ。その押し入れからチラリと見えたボトルに入ったアイロンビーズに思わず手を伸ばし取り出してしまう。
「な、懐かしー…」
嫌な訳でもないのにしかめっ面になって小学時代の相棒との再開を喜んでいると急に脳内に直接声が聞こえた。
『ーーさあ、久しぶりにわたしで遊ぶのです…』
「な、なんだと!!」
まあ自分で勝手に脳内アテレコしただけだが…わたしはその誘惑に打ち勝てず、椅子にも座らすに床でビーズセットを広げて遊び始めたってわけ。ボトルの蓋を回して開け、ビーズの海に沈んだアイロンシートや丸かったり四角だったりの透明つぶつぶの土台を取り出す。ほんとに懐かしいな…。と感傷に浸りながらも私は黙って丸の土台にビーズをのせ始める。ちみちみと一粒ずつ土台にのせる作業を繰り返しているとなんだか感慨深い。もう十数年は昔のことだもんなあ。真剣になって模様を作るのは楽しいが、小学生のわたしはどんな気持ちでこれで遊んでたのだろうか。今では一分たりともスマホを手放さないわたしだが、スマホがなくてもこうして夢中になって遊べるものがあったんだと思うとなんだか少し寂しかった。おーい、幼い頃のわたし〜。数十年後のわたしはスマホというインターネットボックスにしか日々の娯楽を頼れなくなった惨めな大人だよー…。今は鏡を見れないが、鏡に写るわたしはおそらくぴえんの顔文字みたいな顔をしているだろう。なんだか惨めだ。無意識に鼓膜の奥から聞こえる音楽を口ずさみながらもビーズを並べ終わって、慎重にコンセント近くまでスライドする。アイロンの電源を入れ、強にして少し待ってからシートを被せたビーズの上を滑らせる。じっくり表面の穴が溶けて塞がるくらいまで熱したら、慎重に土台を剥がして反対側も同じように溶かした。一時間近くかけてようやく出来上がったカラフルなコースターはビーズ現役時代のクオリティとさして変わらなかった。いや、これは前の方が上手いな。じっくり完成品を見て女児気分を味わっていると、手首と足首がさびしい気がした。ーーそうだ、ミサンガを作ろう。こうして短い休日は溶けていき、夕方の六時頃になって残ったのはビーズでつくった数枚のコースターと、手足に一本ずつつけたカラフルなミサンガと、少し片付いたわたしの部屋だけだった。カラスの鳴き声がイアホン越しに微かに聞こえて、赤紫色の空を認識した途端に、あ。出かけようと思ってんだった。と外出願望を思い出したのである。あぁ〜明日からまた一週間が始まるのかあ…とほんの少しの絶望が頭の中を支配する。ーーでも、こんな日も悪くないな。なんて。今に染まったわたしはどう頑張っても過去には戻れない。戻りたいと思う時はあれど、ホントの本心では過去になんか戻りたくはない。それでも、こんな小さな懐かしさや少し昔の幼い頃の思い出に浸ると、当時まだ世間を知らない子供ながらに感じていた複雑だったり交錯する思いが、小さな苦労が、報われたような気がする。
「…とりあえず、お風呂にでも入るかあ」
こうしてずっと繰り返される日常がいつか終わる日まで、わたしは同じような毎日を繰り返すのだろう。それでも、代わり映えのない日々の中で大切を、面白さを見つけていきたいとおもう。

10/13/2025, 1:06:16 PM