【岐路】
私は今、重大な岐路にたたされている。
というのも、昨日の夜のこと。今、巷で話題となっている「ChatGPT」なるものをインストールしてみた。さて、どんなことができるのかと興味本位で入力してみた。
『岐路』をテーマに小説を作ってください
すると、流れるようなストーリー展開についつい引き込まれてしまい、ついには「この続きが読みたい」とおねだりしてしまったのだ。
ちなみにその物語は、もともとは同じ道を歩んでいた男女が人生の岐路に立つところから始まる。男性は安定と伝統のために家業を継ぐことを選び、女性は自分の夢に向かって挑戦することを選んだ。2人それぞれの道を歩みながらも、あるときお互いの人生が深く交わって…という壮大なストーリーだ。
いやぁ、私にはこんな素晴らしい作品は書けないなぁ…と思うと、果たして自分はこのまま文章を書いていてよいのかという根本的な迷いを抱いてしまったのだ。
ChatGPTは、たしかに優れたアプリだ。いろんな情報を瞬時に提供してくれる。たまに、ChatGPTが書く物語を参考にすることはあるかもしれない。でも、私は私が書きたい文章をこれからも書いていく。私にしか書けないものもあるはずだから。
「書くべきか、書かざるべきか、それが問題だ」といったところだったが、私の中で答えはもう既に出ている。そうでなければ、今ここで自分の文章でお題に向き合っている意味はないのだ。
【世界の終わりに君と】
5年付き合った彼女の生命が、今まさに尽きようとしている。既に意識はなく、自力で呼吸することもできなくなった。
機械の力でかろうじて生命を維持している彼女を目の前にして、僕にできることは何もない。こうしてこのまま、世界の終わりを待つだけなのか。そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった-
…ちゃん…っぺーちゃん…徹平ちゃん‼︎
突然、自分の名前を呼ばれて我に返った。目の前には、純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女の姿があった。
「舞衣…意識、戻ったのか⁈」
「ううん、違うの。これはね、神様からの『ラストプレゼント』」
「ラストプレゼント?」
「うん。私の生命が尽きるまで、短い時間だけど願い事を叶えてくれるんだって」
「願い事って、何でも叶うのか?じゃあ、舞衣の生命も…」と言うと、彼女は「それだけはダメなんだって」と悲しそうに首を横に振った。本当なら、それが唯一の願いなのに神様は残酷だ。
「それで、舞衣は?」
「うん、最期に徹平ちゃんのお嫁さんになりたいってお願いした。それで、お葬式じゃなくて結婚式で旅立ちたいって」
冷静になって見渡すと、ここは教会のようで周りには誰もいない。彼女の願いが反映されているのか、いつの間にか僕もタキシード姿だった。結婚式か…そういえば、ちゃんとしたプロポーズもまだだった。
「舞衣、こんなタイミングでアレだけど…僕と結婚してください!」
「もぉ〜、何かしまらないなぁ〜」と彼女は笑いながら、僕の手をとって。そして、そのまま2人でくるくると回り始めた。
「初めてだね、こんなふうにダンスするの。こんなに楽しいんだったら、もっと前から一緒に踊ればよかったなぁ〜」
こんなふうに、ずっと楽しそうに笑っている舞衣を見たのはいつ以来だろう。病気がわかってからは、笑顔の中にも深い悲しみがわずかに潜んでいた。解き放たれたように天真爛漫な彼女を見ることができたのは、僕への『ラストプレゼント』なのかもしれない。
「舞衣と踊ったこと、忘れないよずっと」
「ありがとう、徹平。すごく楽しかった。あと、私が最期に願うのは-」
また急に目の前が真っ暗になった。
一瞬、強い光が差し込んだような感じがして目を開けた。その情景は、最初に目の前が暗くなる前と同じだった。少しだけ違うのは、機械につながれた舞衣の口角が、少しだけ上がっているように見えること。
僕は、彼女の生命が尽きたら世界は終わると思っていた。自分には、その時を待つことしかできないと思い込んでいた。でも、その時がきても世界は終わらないし、待つだけじゃないことを舞衣が教えてくれた。彼女は、何を僕に言おうとしていたのだろう。
「笑って。笑って、幸せに生きてね、徹平」
どこからか、舞衣の声が届いた。
大丈夫だよ、舞衣。僕は生きる。
世界の終わりに君と踊ったことを、
胸の奥深くに刻みつけて。
【誰にも言えない秘密】
そもそも、「ほのか」が彼氏との待ち合わせ場所に早く来過ぎるのが悪い。
「だからさ、何で約束より3時間も前に来ちゃうのよ」
「だって、楽しみにしてたんだもん。彼に会うの、ホント久しぶりだから」
「そりゃ彼が忙しいのは俺だって知ってるし、ほのかがずっと前からこの日を楽しみにしてたのもよ〜くわかってるよ。でも、何で俺を呼び出したのよ?」
「だって、彼がいること他の誰にも言ってないし、1人で待ってるとドキドキして心臓飛び出しそうだし、他にこんなことお願いできる人がいなくて」
わかってる。ほのかに他意はない。
わかってはいるけれど、つい聞いてしまう。
「あのさ、ほのかは俺を何だと思ってるわけ?」
「え? それは…ほのが1番信頼してる大切な友達、だよ」
だろうな。そう言うと思ってた。
「俺は、ほのかを友達だと思ったこと1度もないよ」
「え? じゃあ何なの?」
本当のことを言えば、ちょっと鈍くて優しすぎるほのかをきっと傷つける。俺は、自分の本心に限りなく近い言葉を選んだ。
「今までも、今も、この先も、ず〜っと気になってほっとけないヤツ」
「何それ? うん、でもありがと。嬉しい」
「あ、時間だ」と言ってほのかが席を立つ。
彼女の腕を掴んで「行くな」と言いたい衝動をグッと抑えて俺も席を立った。
「本当にありがとう。じゃあ、行くね」
ほのかが今日イチの笑顔を見せた。でも。その笑顔は俺に向けてのものじゃない。
「また何かあったら俺んとこ知らせて」
「うん、わかった。また連絡するね」
嬉しそうに駆け出すほのかの後ろ姿が眩しい。きっとこの先も、俺は彼女が気になって気になって放っておけないのだろう。
「ほのかが嬉しそうなのが俺の最高の幸せ」
なんて本人はおろか、絶対誰にも言うものか。
【狭い部屋】
オレが暮らす部屋は、やたらと狭くてやたらとモノが多い。その部屋の中で見つからなくなるモノも多々あるのだが、大抵の場合は大捜索の末に無事発見されて一件落着となる。
ところが、今回はマズイ展開になった。失くしたのは、こともあろうにこの部屋の鍵だ。昨日、深夜に帰宅したときは自分で鍵を開けたのだから、この部屋のどこかにあるはずなのに見当たらない。着ていた洋服やカバンの中など、心当たりのあるところも全て探したがやはりどこにもない。
もう、新しい鍵を作るしかないか。結構イタイ出費だよなぁ…若干心が凹んだタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
「先輩、ただいま帰りました〜」
目の前に現れたのは、大学の後輩で同居人の小谷だ。2泊3日の合宿から今日帰ってくることを、すっかり忘れていた。
「おかえり、小谷。合宿楽しかったか?」
「はい、それはもう!ってその話はとりあえず置いといて…これ、先輩のですよね?」
小谷がいきなりオレの目の前に突き出したのは、さっきまで血眼になって探していたこの部屋の鍵だ‼︎
「鍵穴に刺さったままでしたよ。持ってかれたらど〜するんですか!ここ、僕の部屋でもあるんですからね。セキュリティ、ちゃんとしてくださいよ‼︎」
だいたい、鍵がないなら何故真っ先に鍵穴を確認しないのかと、小谷は帰宅してからの小一時間をオレの説教に費やした。昨日は珍しく同居人が留守だからと外で飲み、玄関のドアを開けてから記憶がほとんど抜け落ちていたオレが全面的に悪い。
「小谷、ごめん。悪かった。もう2度とやらない。今度はちゃんと鍵穴も確認するし」
「それより先輩、いつになったら自分の部屋探すんですか?ここに転がり込んでから随分経ちますよ。もともとそんなに広くない部屋が、先輩が来てさらに狭くなってるんですからね!」
あ、そうだった。オレの方が間借りさせてもらってるんだっけ。ゆえに、本来なら部屋が狭いなどという権利はどこにもない。ないのだが、オレにとっては今の暮らしがどうにも居心地がいいのだ。部屋が狭かろうが、モノが多かろうが、小谷がいる、それだけで。
「じゃあさ、広いとこ引っ越すか。2人で」
「ど〜してそ〜いう話になるんですか⁈ だいたい先輩、自分の立場をわかって言ってます⁇」
しまった、説教話はまだ当分終わりそうにない。しばらく、この狭い部屋で素直に話を聞いておこう。いつか、新居に引っ越したときの良い思い出話になるだろうから。
【失恋】
「思えば、失恋みたいなものなのかなぁ」
フミヤは、長年勤めていた会社を今年初めに突然辞めた。友人から理由を問われ、あらためて考えたときに出てきた言葉が『失恋』だった。
出会いは、ブログで見た1枚の写真だった。会社の全景写真の隅に、手書きで「スタッフ募集中」の文字が添えられていた。その文字に一目惚れしたのだという。すぐさま、応募の連絡を入れて面接、そして採用へとつながった。
会社では、さまざまな仕事を担当していた。中でも意外と多かったのは、あのブログ写真で見たような手書き文字を書くこと。自分が一目惚れした文字の書き手である前任者にならい、日々のSNSに添える一言や季節の便りなどあらゆることを自分の文字で表した。
数年間、忙しくも楽しく仕事を続けていたが別れは突然やってきた。フミヤが勤めていた支社が、業務再編で本社と移転統合されることとなった。もし、会社から要請があれば本社への異動も検討するつもりだったフミヤだったが、そのような話は一切なかった。
「フラれたんだよなぁ、結局」
フミヤは天井を見上げて一言呟いた後、話を続けた。
「俺ね、あれだけ世話になった会社だし、まだ愛着もあるんだけど…今は正直嫌いなんだよ。SNSも極力見ないようにしてるし。これからまた気持ちは変わると思うけど、今は「嫌いだ」って思う自分自身も認めなきゃって思ってるんだ。そうでないと、フラれたこと自体を自分の中で認められないから」
「でも、恋の終わりって引きずるんだよなぁ」と言いながら、フミヤの表情は話し始めたときよりどこか晴れやかに見えた。
次の恋の始まりは、意外と早いかもしれないーそんなふうに感じさせる表情だった。