【失恋】
「思えば、失恋みたいなものなのかなぁ」
フミヤは、長年勤めていた会社を今年初めに突然辞めた。友人から理由を問われ、あらためて考えたときに出てきた言葉が『失恋』だった。
出会いは、ブログで見た1枚の写真だった。会社の全景写真の隅に、手書きで「スタッフ募集中」の文字が添えられていた。その文字に一目惚れしたのだという。すぐさま、応募の連絡を入れて面接、そして採用へとつながった。
会社では、さまざまな仕事を担当していた。中でも意外と多かったのは、あのブログ写真で見たような手書き文字を書くこと。自分が一目惚れした文字の書き手である前任者にならい、日々のSNSに添える一言や季節の便りなどあらゆることを自分の文字で表した。
数年間、忙しくも楽しく仕事を続けていたが別れは突然やってきた。フミヤが勤めていた支社が、業務再編で本社と移転統合されることとなった。もし、会社から要請があれば本社への異動も検討するつもりだったフミヤだったが、そのような話は一切なかった。
「フラれたんだよなぁ、結局」
フミヤは天井を見上げて一言呟いた後、話を続けた。
「俺ね、あれだけ世話になった会社だし、まだ愛着もあるんだけど…今は正直嫌いなんだよ。SNSも極力見ないようにしてるし。これからまた気持ちは変わると思うけど、今は「嫌いだ」って思う自分自身も認めなきゃって思ってるんだ。そうでないと、フラれたこと自体を自分の中で認められないから」
「でも、恋の終わりって引きずるんだよなぁ」と言いながら、フミヤの表情は話し始めたときよりどこか晴れやかに見えた。
次の恋の始まりは、意外と早いかもしれないーそんなふうに感じさせる表情だった。
6/4/2023, 5:33:17 AM