光合成

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3/23/2026, 10:17:58 AM

『特別な存在』

2人で見上げた空を貴方は覚えていますか?
少し欠けた月と咲きかけの桜。少し冷たい風が私と貴方の頬を撫でた。

遠くから波の音が聞こえた気がして、私は貴方を見る。ここに海はないけれど、私たちの世界にはいつも海があった。
静かに閉じられた瞼と少し口角の上がった唇。
穏やかな横顔から目が離せなかった。

貴方が遠くに行くことを、止める権利は私にない。
貴方の呼吸がすぐ側で聞こえて、繋いだ手の温度が忘れられない。貴方の手は珍しく冷たかった。
握る力を強めると、呼応するように貴方も握り返してくれた。
言葉はいらなかった。何も要らなかった。
貴方の空想世界と私の空想世界には必ず海があって、水平線のその先で繋がっていた。
誰にも分からない深いところで繋がっていると、そう信じていた。
貴方にとって私は特別な存在だったと信じていた。

私を置いていく貴方へ、どうか私を忘れて。
一人で逝く貴方へ、どうか幸せでいて。

なんて、嘘。

貴方の描く世界で、私も笑っていたかった。
連れて行って欲しかった。
どれだけ冷たい場所でも、暗い場所でも貴方さえいればそれで良かった。

あれから幾つもの月日が経って、この街もずいぶんと変わった。それでもこの場所は変わらず桜が咲いて、月は欠けて、海の音がする。

貴方のいないこの世界は、どこよりも冷たくて暗かった。私の体温が夜風で冷えて、あの日の貴方の温度と重なる。
今度こそ、私を連れて行って。
特別な存在だと言うのなら、私を貴方の元へ連れて行って。貴方は私の特別な存在なのだから。


2026.03.23
58

3/7/2026, 10:49:47 AM

『月夜』

俺はずっと、あの夜に囚われたままだ。

あの頃の俺は、全てを投げ捨てたくてただ酒を煽っていた。この鬱陶しい考えも社会への苛立ちも、酔っている間だけは忘れられるような気がした。
全部がどうでも良かった。
死にたくて、死ねなくて。惰性で生きていた。

ウィスキーのロックを片手に机に突っ伏す。
ぼんやりとカウンターの先に並ぶ酒瓶に反射する灯りを見つめていた。薄暗い店内では十分眩しかった。上下がぐるぐるして胃が気持ち悪い。
それでも、俺は酒を飲むしかなかった。

そんな俺に君が声をかけてきた。
無視をしようとも思ったが、無様な男にナンパするような物好きな女の顔が見たくなった。
艶やかな黒髪は緩やかな天然ウェーブを描き、耳たぶに青く光るピアスが印象的だった。他の女とは違って薄めのメイクで、清楚風な装いが余計に男遊びをしていそうに思えた。

「おにーさん、ずいぶん飲んだのね」
そう笑って君は俺の隣に座った。
「うるせぇ」
乱暴に返すも気にも止めていないようで、ジントニックを頼んでいる。
「はい、乾杯」
君が俺のグラスに音を立てる。そうされたら飲むしかないのはあまりにも酒カスの思考だった。

「おにーさんさ、このあと少し付き合ってよ」
ここは私が奢るからと君は笑った。
作り笑いの反吐が出るような醜い笑顔だと思った。

ふらつく俺の手を引いて君は俺を海に連れて行った。こんな夜中に海に来て、何の意味があんだと思った。春とはいえまだ3月の初め、夜は少し冷える。それでも、酔いだけが俺の全てで、酔っていれば寒さなんて気にならなかった。

君は波打ち際まで来ると俺の両手をとった。
そうして「耳を澄ませてごらん」と言う。
何を言っているんだと思った。
それでも酔いが回りすぎた俺は何も言えなかった。大人しく黙って耳を澄ます。
穏やかな波の音だけが響いていた。
「落ち着くでしょう?」と笑う君が空を見上げる。つられて俺も顔を上げる。

そこには少しかけた満月の手前の月が浮かんでいた。綺麗だと思った。月を見上げたのなんていつぶりだろうか。
欠けているくらいが俺には、いや、俺らにはちょうどいいのかもしれない。
手を繋いだまま、2人で水平線を目指す。
靴やズボンが濡れることも厭わず、そうするのがまるで正しいかのようにゆっくり歩く。
月から君に目線を移す。視線に気づいた君と目が合う。「月が綺麗でしょう?」と得意気に君が笑う。
その笑顔はさっき見たものとはかけ離れていて、何よりも輝いて見えた。

そのあとの記憶はない。
目が覚めたら俺は海岸沿いの階段に酔いつぶれていた。君はもういなかった。
朝日が眩しくて、世界を薄いベールに包んで朧気にしていた。
あの月夜は夢だったのだろうか。
全身からする潮の匂いだけが、あの夜が現実だったと証明してくれる。

君の名前を聞き忘れてしまった。
俺だけがまだ、あの夜に囚われている。

2026.03.07
57

3/6/2026, 10:22:49 AM

『絆』

貴方はみんなに優しい人でした。
笑ったときにできるえくぼと涙ボクロが魅力的な人でした。
小学生の時に出会って、中学高校時代を共にし、大学生でも一緒に飲み明かした僕らは、親友と言うには物足りない程の仲の良さでした。

これは僕の懺悔です。

小学生5年生の時に転校して、上手く馴染めなかった時に声をかけてくれたのが貴方でした。

中学の部活で怪我に苦しんだとき、リハビリを共に乗り越えてくれたのは貴方でした。

高校3年生で大学受験に精神を病んだときも、深夜に抜け出して一緒に星を見に連れ出してくれたのも貴方でした。

大学で初めてできた恋人に浮気されて振られたときに、免許取り立ての車で海に連れて行ってくれるような貴方でした。

全て、すべて、僕の全てに貴方がいました。
ずっとずっと、本当にずっと、貴方は僕の隣にいました。
本当は、本当は、本当に僕は貴方が好きでした。
叶わないと分かっていたから、隠して、握って、潰して、押し込めていたのです。

僕たちは親友でした。
でも、親友じゃ足りませんでした。
僕が愛したせいで、僕のせいで、全て僕のせいで、貴方は壊れてしまいました。
もうどこにもいない貴方。もうどこにもない絆。
深く深く、どこまでも深く繋がっていたはずの、僕たちの絆はいつしかほつれて、解けて、ちぎれてしまっていたみたいです。
この絆の糸は、赤い糸じゃなかったみたいです。

それでも、貴方の血で染まったこの糸を僕は勘違いしたいのです。
どうか、どうかどうか、許してください。

2026.03.06
56

3/4/2026, 10:22:19 AM

『大好きな君に』

僕らはよく、この海を一緒に散歩した。
よく晴れた暖かい日で、海岸沿いを歩いた。
真っ青な空に大きな翼を広げたトンビをよく覚えている。僕らの上をぐーるぐると周回して、獲物を探していた。

海は太陽の光をいっぱいに浴びてキラキラと輝き、砂浜さえも輝いて見えた。
シーグラスや貝殻、流木で溢れた浜は僕らにとっては宝の山だった。
裸足になって夢中で駆け回ったのを覚えている。
今となればガラスの破片だとか欠けた貝殻で、よく怪我をしなかったなと思う。

とにかく、僕らは一緒にその宝の山で各々大切なものを集めていた。
僕は龍みたいな流木を、君は綺麗な薄ピンクの二枚貝を宝物にしていた。

大学進学を機にこの街を離れた僕は、就職と共に戻ってきた。
1人で海岸を歩きながらあの日のことを思い出す。

高校の卒業式の日、僕らはここで散歩をした。
君のショートヘアは腰まで届くロングヘアに変わって、君より低かった僕の身長はすっかり頭2つ分高くなっていた。
寂しくなるねと笑う君は海を見つめたままだった。
僕は彼女のなびく髪を見つめるばかりで、手を伸ばせば届く距離の、その手を掴めなかった。

君がおもむろにネックレスを外す。
シルバーのチェーンには薄ピンクの貝殻が通されていた。彼女が僕にそれを差し出したが、戸惑って受け取らない僕に無理やり手に握らせた。
「片割れは私が持ってるから、だから約束ね」
そう言った彼女はポケットから同じようなネックレスを取り出した。

何が約束なのか、僕にはちゃんと伝わった。
言葉よりもずっと深いところで僕らは繋がっているような気がした。

大好きな君に、約束を果たしに来たよ。
ちゃんと来たよ。


2026.03.04
55

2/28/2026, 10:49:19 AM

『遠くの街へ』

願うことならば、貴方と共に行きたかった。
私も一緒に連れて行って欲しかった。

貴方は悲しいくらいに優しい人でした。
傷つきすぎて、心を閉ざして、誰にも期待しないように諦めているような人でした。
それでも、私を救ったのは貴方でした。
どこにも行き場がなくて、ここじゃないどこかに憧れて、逃げ出したかった私を救ってくれました。
貴方は私にとっての唯一でした。

死にたい私は貴方のためならもちろん死ねます。
それでも、貴方のためなら生きたいとも思えます。
それは私にとっての最上級の愛でした。

幼い私には為す術なく、貴方に救われてばかり。
私も貴方を救いたかった。
あれから数年経って私も大人になって、今度こそ貴方を救おうと思いました。救えたはずでした。

あの日確かに貴方は言ったのです。
私に救われたって。救ってくれてありがとうって。
ねぇ、嘘だったのですか?
その言葉は私を思っての嘘だったのですか?
それならば、貴方は優しすぎます。

私をそれほどに思ってくれるのならば、
教えて欲しかった。
せめて一言言って欲しかった。
自由になりたい私を自由にさせてくれた貴方は、
自由に囚われてどこにも行けなくなっていた。
貴方を救うには、私はまた幼かったのでしょうか。

でもきっと、仕方がないのでしょう。
貴方はそういう人です。
でも、それでも、お傍に置いて欲しかった。
遠くの街へ行ってしまった貴方は幸せですか?
貴方のいるそこはどうですか?
今すぐあとを追いかけたいのに、貴方の言葉が呪いとなって行かせてもらえないのです。
あぁ、ほんと、ずるい人。


2026.02.28
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