光合成

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『特別な存在』

2人で見上げた空を貴方は覚えていますか?
少し欠けた月と咲きかけの桜。少し冷たい風が私と貴方の頬を撫でた。

遠くから波の音が聞こえた気がして、私は貴方を見る。ここに海はないけれど、私たちの世界にはいつも海があった。
静かに閉じられた瞼と少し口角の上がった唇。
穏やかな横顔から目が離せなかった。

貴方が遠くに行くことを、止める権利は私にない。
貴方の呼吸がすぐ側で聞こえて、繋いだ手の温度が忘れられない。貴方の手は珍しく冷たかった。
握る力を強めると、呼応するように貴方も握り返してくれた。
言葉はいらなかった。何も要らなかった。
貴方の空想世界と私の空想世界には必ず海があって、水平線のその先で繋がっていた。
誰にも分からない深いところで繋がっていると、そう信じていた。
貴方にとって私は特別な存在だったと信じていた。

私を置いていく貴方へ、どうか私を忘れて。
一人で逝く貴方へ、どうか幸せでいて。

なんて、嘘。

貴方の描く世界で、私も笑っていたかった。
連れて行って欲しかった。
どれだけ冷たい場所でも、暗い場所でも貴方さえいればそれで良かった。

あれから幾つもの月日が経って、この街もずいぶんと変わった。それでもこの場所は変わらず桜が咲いて、月は欠けて、海の音がする。

貴方のいないこの世界は、どこよりも冷たくて暗かった。私の体温が夜風で冷えて、あの日の貴方の温度と重なる。
今度こそ、私を連れて行って。
特別な存在だと言うのなら、私を貴方の元へ連れて行って。貴方は私の特別な存在なのだから。


2026.03.23
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3/23/2026, 10:17:58 AM