光合成

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2/7/2026, 10:27:50 AM

『どこにも書けないこと』

雪の降る日のことでした。
今日は彼との初デートで、本屋を巡る約束をしていたのです。待ち合わせ場所は中央公園の時計台の下。時間まであと十分しか無かったのですが、焦る気持ちに反してバスは雪のせいで遅延してまして、どうにも胸が落ち着かなかったのを覚えています。

私は本を読むのが好きでしたが、遅刻しそうだからか、初デートだったからか。文字がさっきから踊ってしまい、同じところを繰り返し読んでしまい物語がさっぱり頭に入らないのです。
もう今となっては内容すら覚えておりません。

私が着いた頃には、貴方は時計台の下で本を読んでおりました。慌てて貴方の元に駆け寄った私に気づいた貴方は、優しく笑って跳ねた髪を撫でてくれました。顔から火が出そうなほどに恥ずかしかったことを覚えています。

貴方は本をバッグの中に大切そうにしまい、行こうかと私に左手を差し出しました。
私はその手を受け取りながら、どんな本を読んでいたのか聞きました。
それは海外の翻訳作品で、君には少し抽象的すぎて難しいかもねと言われてしまいました。
私だってそれくらい読めますとも、とよく分からない意地を張って私は拗ねてしまいました。

本屋にて、貴方は私に何か気になる本はないかと聞きました。そこで私は先程教えてもらった作品を挙げました。貴方は負けず嫌いめ、と笑いながら同じ作品を買って私に与えてくれました。

本屋を出て少しして、彼は靴紐が解けてしまったから私に持っててくれと荷物を渡しました。
私はその時、何を思ったのか、こっそり買ってもらった本とあなたの持っていた本を取り替えてしまいました。

そのあとは何事もなく、楽しくお話をして、最近流行りだというカフェに行って紅茶とお菓子を楽しんで帰りました。
自室に戻って、貴方の本を読む。そこにはスピンとは別に1枚の栞が挟んでありました。
それは可愛らしい水色の花が押されたもので裏にはメッセージが書いてありました。

内容から、この栞は貴方をとにかく慕っている女性からの贈り物だということが分かりました。
私は深く嫉妬しました。
あぁ、私というものがありながら、貴方はこの女性を密かに思っていたのですね。私は貴方の唯一ではなかったのですね。
私は父の机の引き出しからライターを取り出し、栞に火をつけました。
ぼうっとよく燃えて、塵となったそれを窓の外に捨てました。風に飛ばされて雪と混ざり遠くて飛んで行きました。

栞の裏に書いてあった女性の名が、貴方の死んだ妹さんのものだったことを知ったのはそれから数ヶ月経ってからのことでした。
私は罪を犯してしまったのです。
誰にも言えず、墓まで持っていかなくてはならないものが増えてしまいました。
私は常から日記を書くようにしていたのですが、このことは、このことだけは未だに、どこにも書けずにいるのです。


2026.02.07
49

2/5/2026, 12:57:22 PM

『溢れる気持ち』

ある日、僕は限界を迎えた。
ずっと貴方を愛し続けて5年が経った。

初めて出会ったのは中学生の時。貴女は塾の先生で大学生だった。優しい瞳が印象的で、柔らかい髪に触れたいと密かに思っていた。
穏やかな話し方に反して、貴女は自身の考えを明確に持っている人だった。そして、貴女は僕を否定しなかった唯一の大人だった。

僕はすぐに恋に落ちた。
それでもやはり、立場の違いと年齢を気にして何もできなかった。それに彼女はどうにも、僕ら他人に線を引いていた。何かを隠して、それでも何を隠されているのかは分からなくて、ただ僕は想い続けるしかできなかった。

高校生になる時、僕は貴女への気持ちを封印した。
誰もに平等な貴女の優しさを勘違いしないように。
貴方にとって僕はただの生徒でしかなくて、それら全ては役割からの温かさだと理解するために。
恋という名を尊敬という言葉で塗り替えた。

そして今、貴女と再会して僕は揺らいでいる。
タバコもお酒も合法な年齢になった僕に貴女は全てを委ねてくれる。ずるいひと。
これじゃあ振り出しに戻ってしまうじゃないか。
せっかく好きという気持ちを閉じ込めて、名前さえも書き換えたのに。
この溢れる気持ちになんて名前をつけようか。
自覚してしまったら、認めてしまったら、
もう戻れない。


2026.02.05
48

1/30/2026, 10:38:40 AM

『あなたに届けたい』

今から10年も前のこと。
当時の僕はまだ高校生で大人と子供の狭間にいた。
分からないことが多すぎて、納得いかないことが多すぎた。この世界の全てを恨んでいた。

最後の冬休みに、僕は君と出会った。
あの頃の自分は受験勉強にイラついて、親との考えの違いにイラついて、冬の寒さにイラついていた。
どうにもならないことなんて分かっていたけれど、それでも僕は何も上手くいかない人生に苦しんでいた。

出会った時の君を僕は好きじゃなかった。
鈍感で、平和ボケしてて、僕の苦しさを君は軽んじてさえいるように感じた。
何も不安なんてないような顔して笑っていた君が心底嫌いで、心底羨ましかった。
大丈夫、となんの根拠もなくへらりと笑う君に僕はなりたかった。
幼かったんだ。なんとも未熟で、この世界こと何一つわかっちゃいなかったんだ。

僕は息がしづらくなったら海に行く。電車に揺られて、車窓を流れる景色の変化をぼんやりと感じ取る。どこまでも広がる海のその波際に君はいつも立っていた。
僕が海に行くと、君はいつもいた。

冬休み最後の日、僕が海に行くと君は波の狭間に立っていた。
そしていつものようにヘラりと笑って僕に何かを手渡した。それは小さな貝殻だった。

それが彼女との最後だった。
次の日、海に行っても君はいなかった。
それ以来、君とは二度と会えなくなった。
名前も知らない、どこの誰かも分からない。
顔と声しか知らない。遠くへ行った君。
僕はこの貝殻を君に届けなきゃいけないのに。
僕に渡した理由を聞かなきゃいけないのに。
もう君には届かない。

2026.01.30
47

1/28/2026, 10:55:46 AM

『街へ』

手元のノートをそっと開く。
そこには見覚えのある文字が並んでいる。
愛おしい筆跡をそっと撫でる。

窓から彩度の低い光が入ってくる。
穏やかな昼下がり。
私はノートをカバンに入れて家を出る。
今日こそ確かめなくちゃいけないことがある。

電車に揺られて30分。乗り換えてまた1時間。
懐かしい匂いがする。海の匂い。
あの日とおなじ冬の海。あなたの住んだ街の海。

波の寄せる砂浜に座って、またノートを開く。
3年前の今日と同じ日付に、私と彼が最後に会った日のことが書かれている。
この街で私たちは夢を見ていた。

ねぇ、どうして私を振ったの?
あなたは今どこにいるの?誰にも何も告げずに遠くに行ってしまって、私は何を願えばいいの?
この街にあなたはもういない。

ひんやりと冷たい風が髪を撫でる。潮を孕んだじっとりとした風。
未だに忘れられない私にあなたは呆れてるかな?
このノートに、私を罵る言葉を探してた。
私を嫌いになった証拠を、別れる決断に至った証明をずっと探していた。

愛してるって最後の言葉を嘘だと思いたかった。
そうじゃないとあなたに囚われて逃げられないから。最後までひどい人。
そんなんだから、こんな街まで来ちゃうのよ。

ノートを破って海に投げる。波が少しづつ破片を攫う。水平線のその先の遠くにゆっくり押し流す。
私はうずくまって動けない。
愛してるの文字が海に溶けるまで、動けない。

2026.01.28
46

12/17/2025, 1:30:09 PM

「雪の静寂」

ねぇ、笑ってよ。
君の笑顔が好きなんだ。
寒さで鼻先が赤らんでて、あぁ、可愛いなって。
でも手のひらは暖かくて、あぁ、好きだなって。
その温もりが僕は大好きで、ずっと触れていたかった。

どこに惚れたのかは分からない。
何がきっかけだったのかも分からない。
でも出会った時からきっと運命を感じてた。
なんか、分からないけれど、君の傍は暖かかった。
寒さの苦手な僕は、君から離れられない。

コロコロと鈴を転がしたような声で君が笑う。
楽しそうにどうでもいいことを話す。
そんな時間が何より愛しかった。

雪の降る夜。
どうしてだろうか、鈴の音が聞こえない。
君が隣にいるというのに。
その温もりを感じられない。
両手には冷めた君の首筋。

雪の静寂に包まれて、君もどこかに紛れて降り積もってしまったのかもしれない。

2025.12.17
45

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