『どこにも書けないこと』
雪の降る日のことでした。
今日は彼との初デートで、本屋を巡る約束をしていたのです。待ち合わせ場所は中央公園の時計台の下。時間まであと十分しか無かったのですが、焦る気持ちに反してバスは雪のせいで遅延してまして、どうにも胸が落ち着かなかったのを覚えています。
私は本を読むのが好きでしたが、遅刻しそうだからか、初デートだったからか。文字がさっきから踊ってしまい、同じところを繰り返し読んでしまい物語がさっぱり頭に入らないのです。
もう今となっては内容すら覚えておりません。
私が着いた頃には、貴方は時計台の下で本を読んでおりました。慌てて貴方の元に駆け寄った私に気づいた貴方は、優しく笑って跳ねた髪を撫でてくれました。顔から火が出そうなほどに恥ずかしかったことを覚えています。
貴方は本をバッグの中に大切そうにしまい、行こうかと私に左手を差し出しました。
私はその手を受け取りながら、どんな本を読んでいたのか聞きました。
それは海外の翻訳作品で、君には少し抽象的すぎて難しいかもねと言われてしまいました。
私だってそれくらい読めますとも、とよく分からない意地を張って私は拗ねてしまいました。
本屋にて、貴方は私に何か気になる本はないかと聞きました。そこで私は先程教えてもらった作品を挙げました。貴方は負けず嫌いめ、と笑いながら同じ作品を買って私に与えてくれました。
本屋を出て少しして、彼は靴紐が解けてしまったから私に持っててくれと荷物を渡しました。
私はその時、何を思ったのか、こっそり買ってもらった本とあなたの持っていた本を取り替えてしまいました。
そのあとは何事もなく、楽しくお話をして、最近流行りだというカフェに行って紅茶とお菓子を楽しんで帰りました。
自室に戻って、貴方の本を読む。そこにはスピンとは別に1枚の栞が挟んでありました。
それは可愛らしい水色の花が押されたもので裏にはメッセージが書いてありました。
内容から、この栞は貴方をとにかく慕っている女性からの贈り物だということが分かりました。
私は深く嫉妬しました。
あぁ、私というものがありながら、貴方はこの女性を密かに思っていたのですね。私は貴方の唯一ではなかったのですね。
私は父の机の引き出しからライターを取り出し、栞に火をつけました。
ぼうっとよく燃えて、塵となったそれを窓の外に捨てました。風に飛ばされて雪と混ざり遠くて飛んで行きました。
栞の裏に書いてあった女性の名が、貴方の死んだ妹さんのものだったことを知ったのはそれから数ヶ月経ってからのことでした。
私は罪を犯してしまったのです。
誰にも言えず、墓まで持っていかなくてはならないものが増えてしまいました。
私は常から日記を書くようにしていたのですが、このことは、このことだけは未だに、どこにも書けずにいるのです。
2026.02.07
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2/7/2026, 10:27:50 AM