『記録』
貴女の笑顔
貴女の好きなもの
貴女の踊る姿
貴女の歌う声
貴女からのラブメッセージ
貴女の生き様
全てを記録しましょう。
愛する貴女の全てを。
貴女の泣き顔
貴女の嫌いなもの
貴女の眠る姿
貴女の悲鳴
貴女からのダイイングメッセージ
貴女の死に様
全てを記録させてください。
愛する貴女の全てを。
知りたいのです。あなたの全てを。
身の心もその内側も全てが知りたいのです。
2025.02.26
10
『さぁ冒険だ』
またバイトをクビになった。これでついに10回目。
社会不適合者にも程がある。
俺には幼なじみのかわいい女の子がいた。
社不な俺とは大違いで真面目で優秀で、一生懸命頑張ることができる子だった。
高校卒業と共に彼女は難関国立大学、俺はFラン大学へと進路が分かれてからなかなか会うことも無くなった。
バイト先からの電話が切れ、公園でぼーっと空を仰いでいると、誰かが隣に座る気配がした。
見慣れた横顔がそこにあった。
あの頃よりも髪の伸びた彼女は久しぶりと微笑む。
その様子がどこか疲れてそうだった。
しばらくの沈黙の後、彼女は
「私ね、人を殺したの」
と突然言った。
「そうか」
俺はそれ以外の言葉が出てこなかった。
人を、殺した。
こういう時どう反応すれば良いのだろうか。俺が社不じゃなければ何かいい言葉が思いついたのだろうか。
「殺したのはね、兄を殺した犯人の1人。あともう1人いるんだけど見つけられなかった」
五年前の冬、彼女の兄は何者かによって殺された。
そうか、彼女はずっと犯人を追っていたのか。
「探すの?」
「うん、探す。絶対に見つけてこの手で復讐するの」
「そうか、分かった。それなら俺も手伝う」
「え?」
「俺も君の兄には恩があるんだ。だから一緒に犯人を探しに行くよ」
自分でもどうしてこんな発言をしたのか分からない。
それでも彼女を1人にする訳にはいかなかった。
「ありがとう」
今日初めて見る彼女の本当の笑顔だった。惚れた方の負けとはこのことである。
でもこれで覚悟は決まった。
さぁ、冒険だ。
世界から見捨てられた2人の冒険だ。
2025.02.25
9
『一輪の花』
ちょっとした事だった。
進路のことで親と喧嘩して苛立ってて、
返却された模試の結果が良くなくて、
顔色の悪い僕に大丈夫?って顔を覗き込む君をなんでもないって押し退けた。
情けない自分を君に知られたくなかった。
その時の、傷ついたような表情を隠すように笑う君の顔が頭から離れない。
21時、家の固定電話が鳴る。お母さんが対応するがどこか様子が変だ。
青ざめた顔で僕に電話を代わる。
「あのね、………」
冷や汗が止まらない。電話もきらずに教えてもらった場所に走り出す。
20分走り続けて着いたのは大学病院だった。
看護師さんの制止を振り切って彼女の苗字を探す。
ドアの前には彼女の母がいた。僕にドアを開けてはいるように促してくれる。
看護師さんの声はもう聞こえない。
真っ白なベッドに横たわるのは、死んだように肌の白い彼女だった。そう、死んだように。
血の気のない頬を撫でる。
「眠っているみたいでしょう?」
いつの間にか彼女の母が隣にいた。
「信号無視の車に轢かれたの。小さな子供を庇って」
返事ができなかった。このまま目が覚めないなんて信じられないくらい、彼女は綺麗な顔をしていた。
ふと、隣の机に置いてある花瓶に目が止まる。
「この花は?」
「花?あぁ、これね。あの子がずっと握ってたの。車に轢かれても絶対に離さなかったのよ。」
青い小さな花弁の華奢な花。
僕の好きな花。
昔、君に似合うって送った花。
僕らの大切な思い出の花。
あぁ、そうか。今日は僕の誕生日だった。
君の笑顔を思い出す。
キュッと細まる目に、両頬にできる小さなえくぼ。
眉を下げてふわりと花のように笑う君。
もう一度だけ、もう一度だけでいいから君の笑顔が見たかった。
一輪の花が風にふわりと揺れる。
2025.02.24
8
『魔法』
朝が来るのが怖かった。
学校に行くのが嫌だった。
大切なものは捨てられ、教科書は破られ、机や椅子に落書きをされる。
辛かった。
消えたかった。
誰も助けてくれなかった。
明日からまた学校が始まる。
今度こそ死ぬんだ。今度こそ線路に飛び込むんだ。
そう決めていたの。
なのにさ、なんだよ今更。
どうして君が泣くの?
君は関係ないじゃん。
クラス替えで別になってそれきりじゃん。
私が虐められ始めたの、君が居なくなって一人ぼっちになってからなんだよ?
何も知らないくせに、今偶然ここで会っただけなのに、「大丈夫」なんて軽々しく言わないで。
君は私の頬の傷を撫で、大粒の水を溢れさせながら私を抱きしめた。
「大丈夫、もう大丈夫。私がそばにいるから。
もう二度と一人になんかさせないから」
そんな綺麗事は大嫌いなのに。うざったくてヒーローぶっててムカつくのに。
魔法みたいにそっと胸が熱くなって、少しだけ軽くなった。
だんだんと苦しさが溢れてきて、嗚咽が漏れる。
「私が貴方を守るよ」
確証もないのにそんなこと言って、でもなぜか君なら信じられる気がした。
明日も生きようと思えた。
君の言葉が私に魔法をかけたんだ。
2025.02.23
7
『君と見た虹』
君と出会ったあの日は雨が降っていた。
この時期には珍しい土砂降りで、駅からの帰り道を小走りに急いでいた夜だった。
家の近くにある小学校の角を曲がったところに君は体を小さく丸めて震えていた。
その姿がなんとも可哀想で、手を差し伸べた。
暖かいお風呂に入れさせてご飯をあげる。お腹がずいぶん空いていたみたいでいい食べっぷりだった。
「君、お母さんやお父さんは?」
尋ねても首を振りどこかを見つめるばかりで何となくそれ以上聞いてはいけないような気がした。
「一人ぼっちなら、私の子にならない?」
君は顔を上げ、少し迷った素振りを見せて頷いた。
次の日には役所に行き手続きをし、2週間後にやっと正式に私たちは家族になった。
あれから十年後、君はすっかり大きくなって素敵な女性になったね。
スラリと伸びた手足に、しなやかな身体。艶やかな黒い毛並みに、優しいピンク色の肉球。
人より少し高い体温が心地よくて大好きだった。
今日は朝から雨が降っていた。
君は私の隣で丸くなり、にゃあと小さく鳴いてうとうとしている。
外でカタンと音がしてポストを見に行く。
いつの間にか雨は止んでいて雲の隙間から青空が覗いていた。
その光の中に大きな虹がかかっているのが見えた。
家に戻り私は君に話しかけた。
「ねぇ、虹が出てるよ。私たちが家族になった日のような虹がかかってるよ」
君からの返事はなかった。眠り続ける君は幸せそうな顔をしていて、この子を拾ってよかったと心から思った。頭をそっと撫でると君の愛おしい声が聞こえたような気がした。
2025.02.22
6