『夜空を駆ける』
中学生の頃の俺は、何もかもに嫌気がさしていて親にも先生にも反抗をしていた。
態度も悪く、授業をサボるようにもなっていた。
何をしても満たされなくて、息苦しくて、死にたかった。
ある日、隣の中学校の生徒と喧嘩をして職員室に呼び出された。
放課後の学校にはサッカー部の掛け声や、吹奏楽部の楽器の音が響いていた。
先生からなんの身にもならないような説教を受け、遠くを見つめる俺の様子を見てため息をつかれる。
優秀な兄と比べられ、勉強もスポーツも何一つも凡人な俺は誰からも期待されず、この狭い世界に居場所なんてなかった。
長い拘束から開放されたがそのまま帰る気にもなれず屋上に向かう。
珍しく開いていたドアを強く押す。
そしてそこには君がいた。
大きな望遠鏡の横に立ち色々とメモをしている君。
君は俺に見向きもせず空を見つめる。
何度も望遠鏡を覗き、ひたすら紙に何かを書いている。
「お前、何してんの」
そう声をかける。君はやはりこちらを見ずに
「星座を作っている」
と言った。
「星座?作るってどうやってだよ」
そこでやっと君はこっちを見る。真っ直ぐで、黒く澄んだ瞳と目が合う。息を飲むような美しさだった。
「……これ、覗いてみろ」
言われるがままに隣に立ち、望遠鏡を覗く。
「例えば、左上の一等星が頭で右下の一等星が尾の先、それらの間にある二等星の星たちを繋げると、分かるか?犬になる」
言われた通りに繋げて考える。確かにそれは犬、いや分からん。見えないこともないがピンと来ない。
「星はな、自由なんだ。今までにある星座だけじゃない。自分で作ることも出来る。そしてそいつらは自由に空を駆ける。」
犬の星座も言ってることも、俺にはよく分からなかった。そしてそのまま中学を卒業した。
何年も経って何となく、分かるような気がした。
学年も名前すら何も知らないが君はたぶん、星座は決められた形を成しているが、自由に姿を変えることもできる。それはきっと俺らも一緒だと言いたかったのだろう。
憶測だがきっとそんな気がする。
そして今日も君の犬が夜空を駆ける。
自由に駆ける。
2025.02.21
5
『手紙の行方』
高校三年生の春、君と僕は別れた。
君と出会ったのは高校一年生のとき。
入学したてでざわめき立つ教室の中、一人静かに本を読む君に目を奪われた。
窓の外の桜を背に、散る花びらを浴びながら君はゆっくりページをめくる。その姿が頭から離れなかった。
そのまま猛アタックを続けたが何度も玉砕。
これを最後にしようと二年生のときにもう一度君に告白をした。
「私の事、そんなに好きなの?」
そう言って君は微笑み、今度こそ僕の想いに桜が咲いた。
君と付き合っていたこの一年幸せだった。
本当に幸せだった。
誰よりも優しい君が好きだった。
僕の心を春の麗らかな日差しのように穏やかにしてくれる人だった。
君が僕に別れを告げた2年後君は亡くなった。
心臓の病気だったんだってね。
だから僕を傷つけないために別れようって言ったんだよね。やっぱり君は優しいね。
ねぇ、あのとき、君との一年記念でね、手紙を書いてたんだ。
渡せないまま別れちゃったからずっと僕の手元にあったんだ。
紙飛行機にして空にいる君に飛ばすよ。
この手紙の行方は分からなくなるけど、きっと君に届くと願ってる。
2025/02/18
4
『輝き』
付き合って半年の彼女。
人生で初めてできた彼女だからか可愛くて仕方がない。大好きで、大切で愛おしい僕の宝物。
その笑顔も、優しさも、声も、瞳も、肌の感触も、全部全部僕のもの。
好きだよ。大好き。愛してる。
君は僕だけのもの。君の全ては僕のものなんだ。
だから他の男にそんな顔見せないで。
触れないで、優しくしないで。
やめて、僕のことが好きだって言ったじゃないか。
嘘だったの?
僕のことが好きなら僕以外いらないよね?
だって僕は君以外何もいらないのだから。
君もそうでしょ?
だからね、閉じ込めちゃった。
僕の部屋の中。
君と僕だけのお城の中。
どこにも行かないで。
僕だけを見つめて。
君の瞳が好きなんだ。
その硝子玉のような瞳に映るのは僕だけでいい。
あぁ、お願いそんな顔しないで?
ねぇ、幸せでしょう?
僕とずっと一緒にいられるんだよ?
なのにどうして、君の瞳から輝きが消えてしまったの?
あの男が気になるの?
悪い子だね。僕という男がいるのに他の男の心配だなんて。
でも君のそんな優しいところも好きだよ。
大丈夫、僕が全部何とかしてあげるからね。
だって僕は、君の彼氏だから。
2025/02/17
3
『時間よ止まれ』
彼女は毎朝、7時15分発の電車の3両目に乗る。
さらさらな黒髪のロングヘアに黒縁メガネ、スカートは長めでいつも本を読んでいる真面目そうな子だった。
電車がホームに入る風で彼女のうさぎのストラップが揺れる。
僕が彼女を知ったのは夏のある日。
彼女が落としたうさぎのストラップを僕が拾ったのがきっかけだった。
男子校で女の子に慣れない僕は、彼女の微笑みに一目惚れをした。
それからの数ヶ月。
夏の暑さが和らぎ、蝉の声が遠くになって、
葉っぱが鮮やかに色付いて青空を彩り、
曇り空からハラハラと雪が舞うようになっても、僕は彼女に声をかけることすらできずにいた。
今日は朝から雪がしんしんと降っていた。
積雪の影響でダイヤは乱れていた。
いつものように彼女は3両目にいて、僕はいつものように彼女の後ろに並ぶ。
しかし、今日は何かがおかしかった。
何かが違った。
いつもと同じバッグ、靴、セーラー服、艶やかな黒髪、黒縁メガネ、
…そうだ、いつものストラップがない。うさぎのストラップが。
電車が来る。
遅延のせいでいつもよりスピードを出してホームに入ってくる。
彼女が一歩前に出た。
待って、だめだ。
彼女がふらっとバランスを崩しスカートが風になびく。
僕は彼女に手を伸ばす。
黒髪が僕の手を虚しくすり抜ける。
お願い、時間よ止まれ。
2025/02/16
2
『君の声がする』
私の名を呼ぶ貴女の声が好きでした。
優しく穏やかで、春に咲く花のように可愛らしい声でした。
貴女のはしゃいだ声も、怒って拗ねた声も、しょんぼりと落ち込んだ声も、その全てが好きでした。
何より好きだったのは私の名前を愛おしそうに、満開の桜のようにふんわりと微笑んで呼ぶ声でした。
貴女と別れてずいぶんと長い月日が経ちました。
貴女が別れ際に私の名前を呼んだときの、あの切なげに震える声が今でも耳に残っています。
それが貴女が私の名前を呼んだ最後の日でした。
貴女と別れて10年が経った今日。あの日以降初めて貴女の声がしました。
それは私の名前を呼ぶ声でした。
出会った頃の、幸せだった頃の、永遠を信じていたあの頃と同じ春のような声でした。
待たせてごめんなさい。
私が方向音痴だから、貴女への道を示してくれたんですね。ありがとう。
今、逢いにいきます。
2025/02/15
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