彼氏が箱になった。
思春期にはよくある事だということは知っているなみんなそっとして見守ってあげろよ
担任が朝のSHで言ったあとみんなは後ろの窓際の席から目を離した。授業中彼はただ静かにたたずんでいた。昼休みになってみんなが食堂に行った教室で私は彼氏の席でお弁当を広げた。
えっとさ、やっぱり私じゃダメなのかな
笑いながら言った。
まだ先輩のこと、忘れられない?
もちろん相手は箱なので私がいくら話しかけても返事は返ってこない。そのまま昼休みが終わった。
放課後になって今日は1人で下駄箱に向かう。すると先輩と鉢合わせてしまった。私は咄嗟に
先輩 いま彼の教室に行ってくれませんか
自分が言った手前びっくりした。先輩も驚いた顔をしている。少しだけ間が空いたあと、先輩はこの上なく真剣な顔でわかったと口した。
次の日、彼は人間に戻っていた。私を見る彼の目には罪悪感が滲み出ている。私は平気な振りをして、やっぱりこうなると思ったよと笑った。彼はごめんと言って本当にありがとうと泣いた。
彼と付き合って、あわよくばなんてことを思った自分がどうしようもなく惨めで帰ってから底なしの自己嫌悪に真っ逆さまに落ちていった。そのまま泣き疲れて寝落ちした。
目覚めると私は学校の机にいて、自分が箱になっていることに気がつく。そして私はただひたすら彼を待ち続けた。
.現実逃避
目覚まし時計が鳴り響く。止めて時間を確認すると5時半だった。重い身体を叩いて仕事へと向かう。
外は日中のように太陽がテリテリだった。オフィスに入るとヒンヤリとした空気に身震いする。時計は9時を指していた。
おはよう ちゃんと起きられたんだね
おはようっす でもまだ慣れないっすよ まだうちの時計は直してないっすから
国全体で時計の針が5時間早まってから1週間は経つものの未だに朝は苦痛である。
てかあいつまだ来てないんすか
え?珍しいわね 遅刻なんてしたことないのに
同僚の席は空っぽだった。いつもは俺より先にいるはずなのに。最近時間の早まりで健康障害が出てるって言うしな。しかも昨日は部長が倒れたし。
俺は同僚へコールした。何度もコール音が鳴って留守電に切り替わる。もう一度かけ直すが出ない。
ちょっと様子見てきます
オフィスを出て電話を切らずに同僚の家へ向かう。
プルルルプルルルプルルルプルルル プ はい...
しゃがれた声が聞こえた。
俺は大丈夫か!今9時半だぞと呼びかける。
...やっべ
そのまま電話が切れた。
俺は真顔でスマホを見下ろして来た道を戻った。
.君は今
空は開放的だった。
この空を最初に見た時、初めて単純で明快なグッドフィーリングを覚えた。
そんな感覚のために故人はココへ移民してきたに違いない。
季節の変化を束縛として感じる人はおそらく、ココで一つのパラダイスを見つけるのだろう。
過去も未来もない永遠なる「今日の空」
ココには雲ひとつない広々とした空に全てのニュアンスがはがされた。
ところが、ココでの和歌の授業は心なしかつまづいてしまった。
サッカーをしている日本人血筋の生徒に清少納言の感想を聞くと
あ、あ、今までは春がいいと思ってたけどやっぱり秋もバカにできないと思いました
そう述べる彼にはそんな実感は全くなさそうだ。
春はあけぼの?いいや、毎日はあけぼの。年中はあけぼの。俺たちにとっては季節の区別なんて歴史の領域なんだ。
毎日変わらないコバルト色の「春の」空でも「秋の」空でもない天空がやけに滑稽に見えた。
地球から来てたちまちノイローゼになった女子大生が言っていたことを思い出す。
ココはテンキとゲンキだけの世界
僕はだんだん深刻な虚無感に苛まれて、僕の気持ちとは関係なしに明るく広がる空を白々しく感じた。
映えないねずみ色の空が恋しい。
.物憂げな空
ガシャンコ ガシャンコ
あーあ どれも小せえ小せえ
オレに及ぶやつなんかいやしねえ
ガシャンコ ガシャンコ
オレの相手はこの中で1番小せえじゃねえか
張り合いねえなあ
ガシャンコ、
次のふたりそれぞれお皿に乗ってください
極端に重量差がある場合もございますので急な衝撃にご注意ください
相手が片側に乗るのを見てオレも乗った。
途端、体がふわっと浮いて強くケツを打ちつけた。
ガシャンコ
わあと黄色い歓声が上がる。
あなた小さいのに高密度なのね!!素晴らしいわ
こんなに偏ったのは何百年ぶりかしら
オレよりも小さいヤツは他のヤツらに囲まれてペコペコ頭を下げている。見向きもされないオレは腹の底からぐわっと煮えたぎるものを感じた。
ふざけんな ふざけんな ふざけんじゃねえ!!!
オレの方が図体はでかいんだよ!この機械壊れてんだろ!やり直せ!
ざっと視線がオレに集まる。
あら、あなた中身空っぽなのね
見た目だけでなあんの価値もないんだわ あっはは
蔑む笑いが波紋のように広がった。オレはそれを何も言えず見上げていた。ヤツらの隙間から小さいヤツが少し焦っているのが見えた。
.小さな命
夢に見る。
お前と歩道橋で夕日を見ていたあの日々を。
窓から差す光に目をシバタかせる。
懐かしさと虚しさが同時に襲ってきて寝覚めが悪い
とりあえず、隣で寝ているお前の恋人が起きる前に出ていこう。
外に出ると暖かい太陽とは対照的に尖った冷気が痛かった。
高校ん時、初めて仲良くなったんだよな。
小学校から一緒だったのに。
行く当てもなく街をブラブラしながら、徐々に凪いでいく空気を肌で感じていた。
大学に入るとすぐにお前は恋人ができて、専門の俺とは段々距離ができたんだよな。俺はその時諦めが着いたはずだったんだ。全く酷い話だよな。
びゃっと風が吹いて俺は体を縮こませた。
次にお前と会ったのは葬式だったか。
そしたらお前の恋人が「知ってますよ」なんて言うからお互い傷を舐め合って、お互い傷つけた。
いつの間にかあの歩道橋に来ていた。冷気が凪ぐ感覚はもうない。散乱した光が街を赤く染めていた。
本当は、抱きしめたいとか、キスしたいとか、そんなんどうでも良くて。
ただどこかで同じ夕日を見られればそれで良かったんだ。
嫌われても、ただお前が今もいてくれるならそれだけで。
お前は責任感が強いからきっと悩ませまんだよな。
いなくなってからの方がお前を思い出すよ。
ごめんな、お前を好きで。
.Love you