XXXX年X月13日
霧が薄くなったため時計塔の探索に向かう。
周囲の建物より一際大きく立派な建物だ。この廃都がまだ機能していた時分から由緒ある歴史的建築物として有名で、低階層は上流階級向けの大劇場として使われていたという。人の消えた廃都にあってなお荘厳な雰囲気を漂わせる時計塔の、四方に掲げられた大時計は全て3時47分を指して止まっている。その時間に一体何が起きたのだろうか。
暫し外観を観察した後、私は内部へ足を進めた。
時計塔のエントランスはとても華やかだった。カーペット敷きの床から伸びる石造りの柱には均一な彫刻が刻まれ、その柱を追って見上げれば高い天井に緻密で美しい天井画が描かれている。
美術館を思わせる設えに圧倒されながら歩く。暫く進むと重厚な扉に辿り着いた。ここが大劇場の入り口らしい。その隣の壁にポスターが一列に掛けられていた。褪せてしまって詳細はわからないが、恐らくは当時劇場で上演されていた演目のポスターであったようだ。目を凝らすと辛うじて文章の一部が読み取れた。
『君の奏でる音楽』……演目のタイトルだろうか。
XXXX年X月12日
朝、拠点周囲の観察を行う。化物が通過した一帯に何か変化が起こっていないか確認するためだ。
巻き起こった風によって路面は随分と荒れていた。道路脇に立っていた標識や街路灯がなぎ倒されている。元々長く放棄され劣化していたためだろう、殆どが根本から折れてしまっていた。幸いにして道幅が広いため障害物を避けるのは容易いので、放っておいても移動に支障はなさそうだ。それらよりもショーウインドウのガラスが割れて散らばっていることの方が危険かもしれない。飾り棚から歩道に転がり落ちた山高帽や麦わら帽子にガラスが刺さっているのを見るとなんとも肝が冷える。あまり近づかないほうが良さそうだ。
XXXX年X月11日
明け方、突然大きな音がして飛び起きた。ガラガラと何がぶつかり合う音ーーあの巨大な影が発していた音だ。
私は慌てて撮影機を起動し窓の一つに飛びついた。深く霧がかっていてもはっきりと見えるほどの距離を巨大なものが横切っていく。骨だ。長く大きな、おそらくは鯨骨のようなもの。それが体をくゆらせ空を泳ぎ、その拍子に骨同士をぶつけてガラガラと音を立ている。
呆然と見送るこちらに気づきもせず、化物はビルの間を縫うようにして泳ぎ去っていった。
あれはどこへ向かうのだろう。住処を持つのか、或いはただ回遊するだけなのか。その終点はどこにあるのだろうか。
XXXX年X月10日
再び鐘の音を聞いた。警察署からの帰還途中のことだ。背後から聞こえた音に振り返ったものの、行きがけに比べ霧は濃くなっており時計塔の影は見えなかった。
自動で鳴動するよう設定されているにしては頻度は疎らで前回と時刻も異なる。正体は機械の劣化か、はたまた誰かが手動で鳴らしているか。……ここが無人の廃都と分かっているのに、後者のようにしか思えないのは第六感というものなのだろうか。
後ろ髪を引かれつつも資料の持ち帰りが最優先だと自制し拠点へ戻ってきたが、これを書いている最中もどうにもあの鐘の音が気になって仕方がない。
近く一度、時計塔を探索してみようと思う。
病院や警察署と違い資料は乏しいだろう。無駄足になるかもしれないが……上手くいかなくたっていい。
一度この目で確かめてみるべきだ。
XXXX年X月9日
霧が薄くなった頃合いを見計らい警察署の探索に向かう。
『幻創病』が原因と見られる怪事件の資料を探すためだ。
先日の事もあり警戒しながら移動するも、道中例の巨大な影は出現せず特段問題なく目的地に到着した。
南側工業地帯の開発で都市面積が拡大したことにより組織規模拡張のため一度移転が行われたという警察署は比較的新しく綺麗な状態で残っていた。当然資料室も大きく調べるには骨が折れるかと思われたが、想像以上に丁寧に管理されていたため資料は容易に揃えられた。
資料のスキャニングをする合間に少し調書に目を通したが、直視したくないような不可解で陰惨な事件が写真付きで多数並んでいた。後で検めるのが既に憂鬱だ。
事件調書の一つにカルテで見た患者の名前を見つけた。どうやら患者は当時の権力者のご令嬢であったらしく、被害者はその家族や使用人のようだ。蝶よ花よと育てられた令嬢の生み出した化物が身近な者を襲ったとは、なんとも皮肉なものだ。