XXXX年X月8日
『幻創病』について分かったことを記す。
病院でスキャニングした資料を検めたところ、この病気は『患者の無意識に抑圧された感情や記憶が化物を作り出す』病気であると書かれていた。同時期に複数の不可解な殺人事件が多発しているのも、この病気によって発生した化物の仕業であるらしい。
眉唾だと言ってしまいたいところだが、困ったことに否定できない材料を見てしまった。
……拠点へ戻る途中、霧に白く染まった空の向こうに長い何かの影を見た。それはゆっくりと旋回し私の頭上遥か高くを通過してどこかへと去っていった。ガラガラと硬い何かがぶつかり合う音が耳に残っている。
あれが病が作り出した化物なのだろう。
最初から決まっていたことだが、都市の封鎖はこのまま継続されるべきだ。
この土地に人が入るのはあまりにも危険だ。
XXXX年X月7日
結局鐘の音を聞いたのはあの一度きりだった。
あの後、先日の診療所で入手したカルテから拾い出した転院先の病院へ赴き探索をおこなった。
この都市においてはニ、三番目程の規模の病院とみられ、病床数も診療科の数も非常に多い。
カルテの記述から『幻創病』の患者はこの病院の内科に転院しているようであったため、内科の診察室と資料室を重点的に探索する。同じ病名のカルテと関係のありそうな資料をスキャニングしたため、拠点に戻ってから検める予定だ。
内科のすぐ近く、小児科の壁に子供の描いたと思われる絵が飾られていた。
ボール遊びをする子供の絵、笑顔で並んだ家族の絵、様々なものが描かれていたが、どの絵にも太陽は描かれていない。空の色はみな灰色だ。
この土地は昔からこうだったのだろうか。
XXXX年X月6日
霧が薄くなったため探索を再開する。
病院を探して河の北側を移動中、鐘の音を聴いた。
この廃都では急な霧によって視界不良となることが多いため、万一拠点の方角を見失っても戻れるよう移動中も撮影機を回し映像記録を残すことにしている。
そのため慌てて記録を確認したところ、確かに鐘の音が残っていた。
聞き間違いではない。音の出処はおそらくこの都市のシンボルである鐘楼付きの時計塔だろう。
鐘が鳴ったのはこの都市に来てからこれが初めてだ。
無人の筈のこの廃都で、一体誰が鐘を鳴らしたのか。
XXXX年X月5日
濃霧のため探索を断念し、昨日に引き続き拠点の環境整備と情報整理に時間を費やす。つまらないことでも、こうして余った時間にこつこつやっておけば後の苦労が減るはずだ。
拠点にしているフロアの個室二つを整理し倉庫として使えるように整えたところ、備え付けの机の引き出しから施設内の地図を発見したため他の階にも足を伸ばす。
元は宿泊施設だっただけあり、まだ使えそうな家具類や備品がいくつも見つかったのは有難い。特に非常用の自家発電設備が使用可能な状態で残っていたのはここ一番の幸運だろう。持参した携帯式発電機では心許なかったところだったので、有難く使わせてもらうこととする。
XXXX年X月4日
濃霧のせいで探索が困難と判断したため、本日の作業は拠点での情報整理とする。
先日診療所の探索の際にスキャニングしたカルテの内容を検めたところ、ある時期から複数人のカルテに共通した病名が記載されているのを発見した。
「幻創病」。聞いたことのない病名だ。風土病の一種だろうか?
この都市から人が消える前、いくつもの不可解な事件が発生していたとの記録が残っている。それらと何か関係しているのだろうか。
もっと大きな病院を調べれば、この疾病について詳しいことが分かるかもしれない。
目が覚めるまでに霧が薄くなっていることを祈る。