XXXX年X月4日
拠点に帰還し情報整理を行う。
地図へ情報を書き込んで確認したが、商業区は大穴の内部を除き区域内を粗方見て回ることが出来たようだ。次は大穴の内部の探索を……と言いたいところだが、後輩から本部に小型のドローン探査機の導入を申請してはどうかとの意見が出た。
確かにドローンが使えれば穴の深さや内部の状態を安全に確認出来るだろう。直近の報告書提出にあわせて申請をしてみるのがいいかもしれない。
XXXX年X月3日
あれから暫く商業区を探索して回ったが再び人影を見ることはなかった。調書や調査団の記録に記載されていたとおり、化物は神出鬼没な存在であるようだ。
その代わりというにはなんだが、商業区西側大通りの一角にて交差点を塞ぐように広がる巨大な縦穴に直面した。
一体何があってこんな大穴が開いたのだろう。直径20m程は優にあろうかと思われ、ライトで中を照らしても底は見えなかった。路面陥没にしてはあまりに深過ぎる。
ふと思い出したのはあの鯨骨の化物だ。仮にあの化物が住処を持つとすれば、巣はこんな大穴になるのだろうか。
中の様子を確認したいところだが今の装備では穴を降りることは困難だ。今回は穴周辺の状況確認にとどめ、拠点に戻って必要な装備を揃えてから再度縦穴内部の探索に挑戦したいと思う。
それに道中で拾った端末のデータも確認したいところだ。些細なことでも構わないので、何か情報が入っているといいのだが。
XXXX年X月2日
工業地帯では特に化物との遭遇もなく、目的地である商業区へ到着できた。途中で橋を渡ったが、先日感じた強烈な潮の香りはすっかりと消え失せ元通りの静かな河に戻っていた。
当時の商業の中心地には大小様々な店が立ち並んでいた。そのうちのいくつかは私でも聞いたことのある有名なブランドのものだ。多くの人間が出入りしていたであろう店は外も内もすっかりと寂れてしまっており物悲しさを感じさせた。
半ばほどまで進んだところ、後輩が細い横道の向こうに人影を見たと言い出した。
化物の可能性が高い。襲われる危険はあるが、一度は姿を確認しておくべきだろう。警戒しながら細い路地を進むこととした。
左右に枝分かれする突き当りまで進んだものの人影を見つけることはできなかった。しかし、左手の分かれ道の途中に見覚えのある物が落ちているのを発見できた。
端末だ。機種は調査団の使用していたものと一致する。
調査団の誰かが、ここで端末を落としていったのだろうか。
案の定電源は入らなかったが外部に破損の形式は見られないため、バッテリーが切れているだけようだ。
持ち帰れば中身を確認できるかもしれない。
XXXX年X月31日
霧が薄くなった頃に探索を開始。今回の探索では調査団が重点的に調査を行っていた新興工業地帯を通過するルートで北側商業区を目指す。
調査団はこの都市から人が消えた原因の一端を、新興工業地帯の廃棄物による環境汚染や数度に渡り発生していた大規模工場火災が担っているのではないかと仮定を立てていたらしい。大企業の工場を中心に、被災した複数の工業施設の調査記録が残っていた。
外部を見る限り大きな工場ほど綺麗な建物が多いが、恐らく建て替えるだけの資本があったためだろう。小規模の工場の壁には黒々とした焦げ跡が残っていた。大通りこそ広く作られているが脇道は狭く建物同士が密接して並んでいる。なるほどこれは延焼するだろうなと納得した。
そもそもこの一帯は火災が多い土地らしい。その昔、香水用の香料工場が火元となった大規模火災が発生し古い建物の殆どが焼けてしまったという。復興に伴い新たな産業の発展地となるように焼け跡に作られたのがこの工業地帯だという。
「復興後も何度となく火災を起こし、その上、こうして都市全体が廃墟化しているのだから皮肉なものですね」
全くだ。
XXXX年X月29日
やっと端末が返却された。
没収されたときは戸惑ったものだが、代わりに収集した情報をまとめてくれていたようで有り難いやら申し訳ないやら。ところで私はそんな事を口走っていたのか?きっと銃弾が頭を掠めたショックで気が動転していたんだ。もしくは報告の作成やら化物との遭遇やらで暫く寝不足気味だったからだろう。頼むからそうであってほしい……。
そんなことはさておき、昨日調査団の拠点を離れ我々の拠点へ帰還し、休息がてら調査団の使用していた施設内で収集した情報の共有と次の調査方針について話し合いを行った。
一番重要なのは化物による襲撃に関してだ。今のところはそういった危険に遭遇していないが、警察署で発見した調書の数々を思えば、あの鯨骨の化物が特殊なだけで……あるいは巨大過ぎてこちらに気付いていないだけで、本来あれらはそういう存在なのだろう。
今後の探索では十分周囲を警戒しながら行動したい。
……ただ、調査員達が疑っていた化物を拠点へ招き入れた裏切り者については疑問を感じるところではある。警察の調書や調査団の記録を読んだ限り、いかに人型に近かろうと化物相手に意思疎通が取れるとは到底思えないからだ。
となれば屋内へ侵入するための経路か異能を持ち合わせていたのだろうか。
今後の方針についてだが、後輩が資料集めに専念している間治療室のすぐ傍の部屋で調査団が使用していたと思しき地図を発見し持ち帰ったので、それを照らし合わせつつ行っていない場所を次の調査地にするのはどうかと提案した。
同意こそ得られたものの、ものすごい顔をされたのは言うまでもない。