もうすぐで秋が終わる。
風はさらに冷たくなり、植物から元気がなくなる。
なんだが寂しくなる雰囲気の時期。
私は何をして冬を迎えようか。
「ねぇ私」
部屋の姿見に向かって話しかける。
『なあに私』
鏡の私は微笑む。
鏡の私は社交的で、勉強できる凄い人。
なのに私は社交性ゼロで、勉強もできない。
「今日ね、クラスの子がね」
『そうなんだ、それで?』
今日も私は学校でのことを話す。
でもクラスメイトの話に私は入っていない。
「私も皆と仲良くなれればなぁ」
『人のことをちゃんと見てる私ならできるよ』
「そうかなぁ」
鏡の私は私の話を聞いて応援してくれる。
何でもできる完璧な私。
「いいな、私が鏡の私ならうまくできるのに」
『そうかな。…そうかもしれないね』
『ねえ私?』
「なぁに私」
鏡の私はにっこり微笑み、
『私たち、入れ替わろうよ』
そんな不思議なことを鏡の私は言った。
「そんなことできっこないよ」
『できるよ。』
『だって鏡の私と会話できるじゃない』
確かに、と納得して私は考え込む。
「……そうだね、入れ替わろう」
だって親も、私が完璧なのを望んでるんだもん。
『うん、入れ替わろう』
すると突然、眠気が襲ってきて私の視界が暗転した。
数日後、夕方になり私が帰ってきた。
『ありがとう、私』
『私が人のことをちゃんと見てたから、』
『私はうまくやれてるよ』
私はにっこり微笑み、最後に言った。
『ありがとね、入れ替わってくれて』
私はそう言うと外で待つ友人に会いに行った。
何もない鏡で私を待つ、愚かな鏡の私。
眠りにつく前に、枕に香水をかけて横になり1日の
いい出来事を思い浮かべる。
沢山のいいことがあっても、どうしても亡き貴方を
思い浮かべてしまう。
あの日、トラックの運転手が酒なんて飲まなければ…
そう過ぎた事をずっと考える。
もう涙は枯れたと思ったのにまだ涙が出る。
貴方の好きな香水を使うのが習慣になってるのが原因と
思い、何度も捨てようとするが捨てられない香水。
いつになったら受け入れられるのか、そんな事を考えて
眠りにつく。
彼女と付き合い五年。
お互い良い年だしそろそろ結婚…となった時だった。
彼女の病が見つかったのは。
現時点で治療法が見つからない難病で、できるのは
延命治療のみという絶望を医者に知らされた。
彼女は何も言わず俯いたままだった。
そこから私は彼女にプロポーズをした。
彼女は、
「長くは生きられないけれどいいの?」
と泣きながら言った。
「それでもいい。最後まで一緒にいよう」
そう言うとプロポーズを受け入れてくれた彼女。
急いで私は両家の顔合わせと式場の用意をし、
大きな結婚式を挙げた。
彼女の身体が動く限り色々な景色を見せたが、そんな
生活は一年で終わった。
想定していたよりも早く病が進行したのだ。
彼女は入院し、薬の影響で長い髪も抜けた。
「いい人を見つけて幸せになってね」
そう言って彼女は亡くなった。
そこから何年経っただろうか。
60を迎えた今でも私は再婚などしていない。
彼女の最期の望みは叶えてあげられなかったが、
あの日…結婚式で誓ったのだ。
永遠に彼女を愛すると。
優しい人に囲まれて、勉強も運動も楽しくて、
毎日友達と楽しく遊んで暖かい布団で寝る。
そんな理想郷を夢見ていた気がする。
今、そんな理想を夢見ていた少女は成人して
ブラックな会社に在籍する。
「はぁ…」
他の人から押し付けられた仕事は終わらず、
まもなく12時を迎える。
「どうせこの仕事の分の給料は発生しないよな…」
そんなふうに考え、淹れたコーヒーを一口飲む。
「仕事辞めたい」
無意識に出た言葉だった。
仕事なんて辞めてしまいたい。
だが仕事を辞めても高卒の資格なしに仕事は無い。
だが苦手な上司に胃をやられながら働くのも正解に
思えない。
すると昔の理想郷が浮かぶ。
だが世間を知った今ではあんなのは不可能だと分かる。
所詮、理想は理想なのだ。