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1/27/2023, 4:36:57 PM

しとしと雨が降る午後3時。家を建てる時にこだわったお気に入りのカウンタースペースに腰掛け、南側のいちばん大きな窓から外を眺めていた。「雨の日に聴く曲」としてアレクサが選んだジャズ曲が、部屋を包み込むように流れる。 本棚から読みかけの本を取り出し、ドライフラワーの栞を頼りにページを開くと物語が目前に広がる。

ページを捲る指が加速する横に、君がコーヒーを置いていく音がした。

【優しさ】

1/23/2023, 3:59:58 PM

乗っていた船が沈没して、たった独りで小さな島に流れ着く。島には人の気配がなく、食糧があるのか検討もつかない。来るかも分からぬ救助を待つため、火を起こそうと流木に木の棒を擦り付けるが、焦る手に血が滲むばかり──

自分の荒い息で目が覚める。はっと周りを見渡すと、どうやら見慣れた寝室で、脂汗を拭って胸を撫で下ろす。酷い夢を見たようだ。リビングからは、小気味よく包丁の音が聞こえてくる。しばらく音に耳をそばだてて居ると、小さな足音が近づいて来て扉を開ける。「ぱぱ、起きた?」幼い愛娘へ手を広げると、笑みを浮かべて抱きついてくる。
ふたつに髪を結い上げた小さな頭を優しく撫で、背中へ手を回した時──愛娘は流木へ代わり、濡れた服と冷たい風が現実を叩きつけた。



【こんな夢を見た】

1/22/2023, 11:30:47 AM

「さあ、着きましたよ、ここが100年後の世界です」
扉が開き、百を優に超える人間がゾロゾロと階段を降りてくる。老若男女様々な顔ぶれが、口々に感嘆の声を上げる。ああ、これで俺たちは救われた! 新しい日々が始まるのだわ! 喜びの呟きはやがて全体の意思となり、あちらこちらで歌ったり踊ったりのお祭り騒ぎとなった。

「皆さん! いいですか、聞いてください。今日この日は、始まりに過ぎません! 100年前の食糧難を再び起こすことが無いように! この地を豊かに保たねばなりません」
大きな扉の前、巨大な船から伸びた階段の最上段に立つ男は、司祭の様な長いローブをはためかせ大声を張り上げた。
「我々のノアの方舟は、今ここに、再生の機会を与えられました。さあ、今日ここから我々の時代を始めましょう!」
湧き上がる歓声は、高まった士気と団結力を十分に示し、男は満足気に目を細めて頷いた──

*****

「食糧難を迎えるのも時間の問題です。いずれこの国の民は貧困と飢餓にあえぐでしょう」
重々しい声が静かな部屋に響く。その声に返事は無く、深いため息が後に続く。
「私から提案があるのですが……」
沈黙を破ったのは、最近着任した若い大臣で、会議室の視線を一身に受け話し始めた。
「東の国には、とある医術があるらしいのです。なんでも、人々に新たな記憶を組み込むことが出来るのだとか。そこで、こんな記憶を組み込むのはどうでしょう?」


「『現在は100年後の世界。自分たちは、食糧難を乗り越えるべくタイムマシーンに乗った選ばれた人間だ』と」


【タイムマシーン】


1/21/2023, 12:34:29 PM

雪化粧を施した白樺並木は、満月の光で宝石のように輝く。枝先まで氷を纏った姿はシルクのドレスのようで、そのドレスの裾、まっさらな雪道に、白色のジムニーが足跡を残している。
数刻前までジャズを奏でていたラジオは、いつの間にかザラザラとした音が混ざっていた。そうして完全に音色を失った時、助手席の白猫がスイッチを切った。
「もう、来るよ」
白樺並木が終わりを迎えた時、ダッシュボードに前足を掛けた猫が、ざらりとした声を出した。真っ白な広場に車を停め、足早に降りた猫の後を追う。広場の真ん中では、艶のある白い毛並みが満月に照らされて金色に輝いている。白猫の小さな足跡に追いついた時、 満月がいちばん高い所へ辿り着いた。白猫が尾をふわりと揺らす。
「じゃあね」
突風が轟と吹き、雪を纏って猫を包み込んだ。

雪景色を施した白樺並木に残された足跡を、白色のジムニーが辿る。満月は帰路に向かい、東の空が白んでいる。
「また来年だね」
ダッシュボードに手をかけた黒猫が、ざらりとした声を出した。

【特別な夜】

1/19/2023, 5:17:16 PM

君に会いたくて、星の降る夜をひたすら走った。綺麗な石を夕方まで探した中洲のある川とか、肉まんとあんまんを半分にして食べた公園のベンチとか、ありったけ遠くに行こうとお揃いの自転車を買ったバイクショップとか。君との場所が、走馬灯のように視界を横切り、そして消えていった。
道はひたすら真っ直ぐで、電灯の無くなった街を星あかりが照らした。時折空のどこかで青白い光が強く煌めき、そしてまた鈍い光に戻る。そして、また光るのを繰り返す。
いつか君とした約束が、本当になるなんて想像もしていなかった。けれども、こうやって時が迫ると、いても立ってもいられなくて走るんだ。ねえ、君もそうでしょう?

いつか、星の降る夜の最期は、君と。

小さくない島がまたひとつ海に沈んだ日、長い睫毛に水滴を光らせた君と、絡んだ小指に誓ったエピローグ。降り注ぐ星球が燃えては消え、世界の終わりを鮮やかに告げる。
果たして辿り着いた歩道橋は、いつか君と夕日を見た場所で、一際青く光った星の下に、君の微笑みを見つけた。

やあ、待たせたね

差し出した右手で繋がる君は、終末の星の誰よりも綺麗だった。

【君に会いたくて】

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