真岡 入雲

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9/16/2024, 6:19:02 AM

【お題:君からのLINE 20240915】

休日の午前中、いつもより遅く目覚めて、コーヒーを一杯。
通り過ぎた夏の後の空気は、湿気が少なく肌に心地よい。
掃除も洗濯も昨日のうちに済ませてしまった。
今日の夕食の準備も昨日のうちに終わらせている。
だから今は、君からのLINE待ち。
早く来ないかな、と、点けているテレビそっちのけで、ソワソワしている自分が可笑しくて笑ってしまう。
でも、仕方がないよね。
君に会えるのは久しぶりだから。
お互い仕事が忙しくて、少し前までは僕が出張で地方へ行っていて、入れ違いに今日までは君が出張でいなかった。
一緒に暮らしているはずなのに、ひと月近くも会えないとか、神様は随分と意地悪だ。

「⋯⋯⋯⋯」

用もなくスマホを手に取って、LINEを開いては閉じる。
昨夜、駅まで迎えに行こうかと聞いたら、タクシーを使うから来なくていいと言われ、僕が少しばかり寂しい思いをしたことを君は知らないだろう。
本当は1分でも1秒でも早く君に会いたかっただけなんだけどな。
まぁ、君は大体いつもそんな感じだから仕方がないよね。
そして僕は、そんな君が大好きなんだ。
人前でベタベタするのは嫌いだけど、自分が甘えたい時は少し恥ずかしがりながらも僕に擦り寄ってくる。

「ん〜、どうしよう。なんか作ろうかな」

君からの連絡を待つ間、何もしないのも勿体ないと思うのに、なにかしようとしても多分手につかないことが分かりきっている。
あぁ、早く君に会いたい。
会ったらどうしようか。
まずはぎゅぅっと抱きしめて、お疲れ様って言う。
それから、君の好きな紅茶を淹れよう。
昨日作ったクッキーも一緒に出して、ささやかなお茶会を開こう。
リラックスできるし、少しでも疲れを癒してあげないと⋯⋯そうだ!

僕は立ち上がってバスルームに向かう。
疲れている時は、やっぱりお風呂に浸かるのが1番だよね。
湯船に湯を張って、タオルを準備して、リラックスできるよう君の好きな入浴剤も準備しておく。

「ん、お風呂の準備完了」

お湯は勝手に張ってくれるから、これで十分だ。
後は、紅茶を入れる準備でもしておこうか。
茶葉は君の好きなウバで、カップは君が一目惚れして買ったこの、不思議の国のアリスをイメージして作られたやつ。
うん、これでいい。

「⋯⋯⋯⋯」

LINEを開いてメッセージの有無を確認し、君からの連絡が来ていないことに肩を落とす。
7時には空港に着く予定だったから、もう駅に着いているはずなんだけど。
まさか、事故に巻き込まれたとか?
いや、テレビでは何も言ってないし、大丈夫なはず。
あ、飛行機が遅れてるとか?
でもそれなら、連絡くれるはずだし⋯⋯。

「あぁ、もう。待つのは苦手だ!」
「⋯⋯⋯⋯何を待ってるの?」
「えっ?」

振り返るとそこには君の姿が。

「はい、これお土産。いいワイン見つけたの。今夜にでも飲もう?」
「へっ、あれ?いつの間に?あ、ありがとう」
「ただいまって言ったのに返事ないから。何?考え事でもしてた?」
「え、あ、うん。あ、風呂入れてるけど、入る?」
「うーん、後ででいいかな」

君はテキパキとスーツケースから取り出した衣服を洗濯機に放り込んでいる。
書類なんかも一つにまとめて、いつも使っているバッグにしまっている。

「紅茶飲む?クッキーも焼いたけど」
「ん〜、それも後ででいいや」
「⋯⋯そっか」
「よし、片付け完了。着替えて来るね」
「あ、うん、わかった」

風呂も紅茶もいらないって言われてしまった。
残るは夕食だけど、さすがに要らないとは言わない、よな?
僕の心はちょっと沈んでしまっている。
確かに僕は君のクールなところが好きだ。
けど、今回はちょっとばかり寂しい、な。

「で、何を待ってたの?」

しょんもりしてクッションを抱えソファに座っていた僕の隣に、部屋着に着替えた君が座る。
久しぶりに君に会えて、嬉しいはずなのに、僕の心は浮かない。
お帰りのハグも、リラックスティータイムもほんわかバスタイムもダメだった。

「うん、大丈夫。君が無事帰ってきてくれたから、もういいんだ」
「そう?⋯⋯⋯⋯じゃぁ」

君はそう言うとソファから降りて、僕の前に立った。
いつもは僕が君を見下ろしているから、このアングルで君を見るのはなんだか新鮮な感じがする。

「ね、手、広げて」
「ん?何?」
「いいから、早く」
「これでいい?」

手をぱーにして彼女に掌を見せるようにする。

「違う、横に拡げて」
「横?あ、こう?」
「そう、それ」

次の瞬間、君は満面の笑みを浮かべて僕の腕の中へダイブしてきた。
ぎゅうっと背中に回した手に力を入れて抱きついてくる。
首筋に君の吐息があたり、まるで思春期の少年のように僕はドキドキしてしまった。
僕に抱きつく君をそっと包んで、僕も君の首筋に顔を埋める。
ほのかに香る柑橘系の甘酸っぱい匂いが、僕の腕の中にいるのは確かに君だと教えてくれる。

「ただいま」
「おかえり」
「ずっと、会いたかったよ」
「僕も」

とくんとくんと、君の少し早い鼓動が聞こえてくる。

「あの、ね」
「うん?」
「外で会ったら泣いちゃぅかもって思って。だから、迎えは要らないって、言ったの」
「そっか」
「LINEも、連絡したら、もっと会いたくなるから⋯⋯我慢したの」

君の小さな声を僕は全身で受け止める。

「お風呂も、お茶も⋯嬉しいけど、早くこうしたかったから」
「⋯⋯⋯⋯うん、そうだね。僕ももっとこうしていたいな」

君の首元に、軽く唇を這わせて、リップ音を鳴らして吸い上げる。
そっと君の頬を両手で包んで、ゆっくりと唇を重ねる。
初めは短く啄むように、次にゆっくり、その唇を味わうように。
そして⋯⋯⋯⋯。

この先は皆さんの想像にお任せします。
あぁ、ただ、その日の夕食は少しばかり遅い時間にとることになったのと、お風呂は2人でゆっくり入った事だけはお教えておこうかな。

ついでにもうひとつ。
彼女の会社の人達は彼女を怖い御局様とか言っているみたいだけど、それは違うよ。
プライベートの僕の奥さんは、最高に可愛い人なんです!


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(´-ι_-`) ソワソワしながらメッセージを待つ、熊さんをイメージして。

9/15/2024, 8:36:34 AM

【お題:命が燃え尽きるまで 20240914】【20240918up】

リンリンリン

室内に鳴り響く鈴の音に、男は顔を上げると手にしていたスマホをポケットに突っ込んで歩き出した。
1日1回、ロウソクが配達される。
多い時は50本前後、少ない時は0本、平均すると20本程のロウソクが毎日男の元に届けられる。
届けられるのは部屋の中央にある光るサークルの中。
どういうシステムなのかは不明だが、鈴が鳴るのと同時に箱に詰められたロウソクが現れる。

「今日は、っと」

箱の中には7本のロウソクが入っている。
長さは全て違い、太さも違う。
共通しているのは、蝋の色が白いことと芯の色が赤いこと、そして意識して見ると名前が浮かび上がることだ。

「少ないなぁ」

ロウソクの本数が少なければ今日の仕事は楽だ、一応そういうことにはなるのだがそれが嬉しいかと聞かれると、何と返せばいいか分からない。
仕事は適度に忙しい方がやり甲斐があると男は思っているからだ。
それに、この部屋は以前に比べ暗くなったように思う。
光源であるロウソクの本数が少なくなっている事が原因の一つであると、男は知っていた。

「ま、やりますか」

指定されたロウソクを指定された位置へ立て、指定された時間に火をつける、それが男の仕事だ。
男はポケットからスマホを取り出すと、画面をタップする。
表示されたのは、『赤城 結菜 [ほ36ー05ー9824][00:16:24]』の文字。
順番に、名前、場所、時間となっている。
もう一度タップすると『佐藤 浪漫 [り12ー08ー2308][03:36:33]』と、次の仕事が表示される。
同じようにタップを繰り返せば、次、次と仕事を表示することができるし、ダブルタップで最も近い時間の仕事が表示されるし、トリプルタップで今日の仕事を一覧で確認することが出来る。
男は箱の中から『赤城 結菜』のロウソクを取り出し、スマホの画面をダブルタップし、表示された赤城結菜の場所の文字を長押しした。
すると画面の上半分に部屋に地図が表示され、赤城結菜のロウソクを立てる場所が赤く点滅する。
そして同じく、室内の赤城結菜のロウソクを立てる場所からも天井に向かって赤い光が発せられた。

「さて、急がないと」

なんだかんだで部屋は広い、移動だけでもそれなりの時間を要する。
便利なのはこのスマホの地図と光る床。
男の足元からロウソクを立てる場所まで親切に赤く光るので、迷うことはほぼない。
1本目は中央から少し離れた場所だ。普通に歩いて5分ほどかかる。
1度立てて火を灯したロウソクは、その人間が死を迎えるまで燃え続ける。
たとえ男が火を吹き消そうとしても、ロウソクを折ろうとしてもそれは出来ないようになっている。
それがどういう仕組みなのか男は知らなかったが、おかげで時間に間に合わせるため全速力で走って風を起こしても、足がもつれて転んで倒しそうになっても、ロウソクが折れることも火が消えることもなく今までの仕事をこなすことが出来た。

「ここだな」

男が赤くぼぅっと光るロウソク立てに白いロウソクを立てると、赤い光が蒼色に変わった。
次に男は腰にぶら下げていたランタンを手にし、その中でふわふわと浮いている黄色の炎を手のひらに乗せた。
不思議なことに、この炎に熱さはなく、そして消えることもない。
ただ、男がこの仕事に就いた時に渡されたこの炎は少しだけ、小さくなっていた。

ピピピッ!

スマホの音に合わせ男は手のひらの上の炎を、立てたロウソクに近づける。

ピピッ!

男の手のひらの上の炎から小さな炎が生まれ、ロウソクへと飛んでいく。

ピーッ!

男のスマホが表示する時間と、赤城結菜の情報に表示されていた時間が同じになった瞬間、小さな炎がロウソクの芯に灯り、その色を緑に変えた。

「よし、1本目終了。次は3時間後か⋯⋯」

男はランタンに黄色の火を戻すとまた腰にぶら下げた。
ひとつぐぐぐっと伸びをすると、中央に向かって歩き出す。
途中、火の消えたロウソク立てに残った蝋を取り、腰に下げた袋に入れる。
この蝋はある程度溜まったら、中央のサークルに置いて部屋の外へ転送することになっている。
残った蝋は他の新しいロウソク、又は燃えているロウソクと一緒にならないようにしないといけない。
一緒にしてしまうと、新しいロウソクには火が灯らず、萌えているロウソクは火が消えてしまう。
その場合、そのロウソクの残りの時間分が男の仕事を行う期間、つまり刑期に加算される。
また、指定時間にロウソクに火を灯せなかった場合も同じく、刑期に加算されるのだ。

男の仕事は365日、24時間休みがない。
ただ、普通の人間ではない彼らには、食事も睡眠も必要ない。
肉体的な疲れはなく、そのように感じるのは生前の"くせ"のようなもの。
また人間のように、精神に肉体が引き摺られることはなく、精神的に落ちていたとしても体は普通に動くし、病を患うこともない。

「あ、また長いのがある」

中央へ戻る途中、燃えずに残った蝋を取りながら歩くのはいつの間にか日課となった。
火の灯っていないロウソク立てには、そのうち新しいロウソクを立てることになる。
その時、前の蝋が残っていると蝋を取り除くという工程がひとつ発生する。
また、蝋の存在に気が付かなかった場合、刑期が伸びるリスクも生まれる。
よって、そのリスク回避と暇な時間潰しで始めた作業が、日課となったのだった。
そんな中、時折見つけるのが長い状態で残っている蝋の存在だ。
初めはあまり気にしていなかったのだが、一日に1本程度の頻度で見つかるため、何故なのか気になった。

それを知ったのは偶然だった。

彼のように、人の命のロウソクに火を灯す者達を、『黄炎の者』と言う。
なぜなら、腰に下げているランタンの炎の色が黄色だからだ。
因みに、黄色の他には白、黒、青、赤、緑と5色ある。
色の違いは、ロウソクが何の命かという違いだけであり、皆ロウソクに火を灯す仕事であることに変わりはない。
彼らには、この仕事をすると決まった時点で、ある能力が与えられる。
それは、ロウソクの火を通して対象の現在を見る能力だ。
音もあり、思考も把握することができる、ある意味チートな能力だが、可能なのは見る聞く知るだけで、対象の人生に干渉できるわけではない。
それでもこの娯楽の一切ない、誰かと会話すらできない部屋の中で、暇を潰すには持ってこいの能力だ。

それは今のように、次のロウソクまで時間が空いていた時のこと。
フラフラと歩いて目に止まった1本のロウソクの現在を覗いてみた。
見えた景色はどこかの高い建物の上階部分。
手すりの向こうには、同じくらいの高さのマンションやビルが並んでいた。
随分と都会な景色だ。
車の走る音、公園ではしゃぐ子供の声、店先で流れる音楽、そのどれもが遥か下の方から聞こえてくる。
ここはどこだろうか、街の雰囲気からすると日本なのは確かだが、そう、思った瞬間
視界がブレた。
そして気がついた時には、地面が目の前に迫っており、男は思わず叫んでしまった。
木霊していた男の声が部屋の中から消えた時、1匹の蟻が音もなく目の前を通り過ぎ映像が消えた。
そして、それと同時にロウソクの火も消えた。

ロウソクはその人間の寿命そのもの。
寿命とは、事故、病気、他殺など運命で定められた命の長さを言う。
基本的に人間は寿命を自分で変えることは出来ない。
大きな力で定められたものを、小さな命ひとつがどうにかできるはずもない。
ただし例外がひとつだけある。
自死だ。
自死は自分の命を賭した寿命、つまり運命を変える行為である。
そしてそれは、この先⋯⋯いや、未来永劫そこにあったはずのものを無に帰す行為でもある。
大量殺人を犯した者の魂でさえ次の生があるのに対し、自死者の魂は未来に引き継がれることなく全てがそこで終わる。
それほどまでに、自死に対する罰は重いのだ。
そして、その道を選んでしまう人間の何と多い事か。

それからもうひとつ。
自死とは異なり、ロウソクが燃え尽きた後に残っている蝋の存在。
これは言ってしまえば、7割近い確率で残っていたりする。
これに関しては憶測でしかないが、生きている時のその人間がどの程度、生に向き合って生きているかというのが関係しているようだった。
一生懸命に生きている者の場合は蝋が残ることはなく、そうでない場合は蝋が残るようだ。
そしてその一生懸命さはロウソクの炎で判断することが出来る。
男がロウソクに火を灯した直後の炎は、どれも皆勢いよく燃えているのだが、ある程度時間が経ってくると徐々に炎の勢いが弱まってくることが多い。
つまり、赤ん坊の時は生きることに一生懸命だが、歳を重ねてくるとそうではなくなってしまうようだった。
そしてそれは、この部屋の明るさにも影響を及ぼしている。
小さく弱々しい炎、つまり惰性で生きている者たちのロウソクばかりだと、部屋が暗くなるのだ。
逆に一生懸命生きている者たちが多ければ部屋は明るくなる。
ただ男はそれに対し、何かを言うことも、変えることも出来ない立場だ。

男は考える、自分はどうだっただろうか、と。

今のこの仕事をあとどれ位、続ける必要があるのかはわからない。
ただ、この仕事が終わり、次の生を得られたのなら、その命が燃え尽きるまで懸命に生きると魂に誓う。
ほんの少しだけでも、ロウソクがある部屋の一角を明るく照らすことができればいいな、と思うから。


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(´-ι_-`) 情景を文字で表現するのムズカシイ⋯⋯。


9/14/2024, 2:08:02 AM

【お題:夜明け前 20240913】

ふと、目が覚める。
静かに眠るあなたの肩の向こう側、細く開いたカーテンの隙間から覗く白んだ空。
起きるにはまだ早く、眠るには目が冴えてしまった、そんな夜明け前。
寝静まっていた世界が動き始めるよりも、ほんの少しだけ早い時間。

静かに上下するあなたの胸にそっと手を乗せ、あなたの呼吸と共に私の手が上下するのを、ぼぅっと眺める。
人肌の温もりがこんなにもあたたかいものなのだと、教えてくれたのはあなた。
誰かに包まれ守られることが、こんなにも安心できるものなのだと、教えてくれたのはあなた。
誰かを信頼することが、こんなにも強くなれることだと、教えてくれたのはあなた。
幸せな時間は短く感じるのだと、教えてくれたのもあなた。

『ありがとう』

この一言だけでは、感謝の気持ちを伝えきれなくて。

『愛してる』

この言葉だけでは、私の気持ちを伝えきれなくて。

今日が始まる前に、あなたに伝えたい。
私はあなたと一緒にいられる、それだけで幸せ。
今日が終わった後で、あなたに伝えたい。
私はあなたと一緒にいたい、ただそれだけが望み。

そっと、静かに。
あなたが起きないように、あなたの唇に指を這わせて、自分の唇にその指を這わせる。
あなたのその唇で紡がれる、愛を伝える言葉が好き。
あなたのその唇から発せられる、艶めいた吐息が好き。

もう少しして今日が始まれば、慌ただしく時間が動き出す。
それまで私はこの時間を楽しむ。
あなたに触れ、あなたの温もりを感じ、あなたと同じシーツの波間で、この止まったようなゆったりとした、今日でも、昨日でもない、夜明け前の私とあなただけの時間を。


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(´-ι_-`) この後、目覚めた『あなた』にキスの嵐をお見舞いされるのデス



9/13/2024, 5:19:57 AM

【お題:本気の恋 20240912】

「ねぇ、本気の恋ってなんだろう?」
「何よ突然。彼氏にでも言われたの?」
「そうじゃないんだけどさ、これ⋯」

親友が居酒屋チェーン店のテーブルの上に出したのは、一冊の本。
タイトルは『43歳、武藤 綾。本気の恋をしました。』。
なるほど、本気の恋、ね。

「これを読んで、本気の恋ってなんだろうって?」
「うん」
「ふーん」

本を手に取って、パラパラとページをめくる。
活字が踊るその紙からは、まだ真新しいインクの匂いがした。
親友の由美は流されるタイプ、というか、流されに行くタイプだ。
自分の意見を持っていない訳では無いが、意見を通すために人と争うのを嫌厭する。
私はその反対で流されないタイプ、自分の意見はしっかり言うし、それによって争う必要があるのなら躊躇せずに争う。
そんな私たちが親友でいられるのも不思議ではあるんだけど、かれこれ十年近く一緒にいる。

「由美、ひとつだけ言っておくわ」
「な、何?」
「あなたは相談相手を間違ってる」
「えっ?」
「生まれてこの方誰かを好きになったことの無い私に聞いたところで、すぐに答えが返ってくるはずないじゃない」

そう、自慢ではないが生まれて25年、彼氏いない歴=年齢、ついでに初恋もまだの人間に聞くことではない。
むしろその辺は私より由美の方が詳しいのではないだろうか。

「うぅ⋯⋯、でもこんな話できるの明子ちゃんしかいないし」
「ふぅ、仕方ないわね。この本借りていいの?」
「⋯⋯うん!」

誰にでもわかるほど嬉しそうな顔をして、頷いた由美に毒気を抜かれ、私は手にしていた本を鞄にしまった。
今日は金曜日、明日明後日は休みだ。
死ぬほど暑かった夏もどうにか過ぎて季節の変わり目を迎えている。
湿度の減った心地よい空気を感じながら読書をするのも悪くないだろう。

「そうねぇ、来週は時間とれる?」
「来週⋯⋯平日なら」
「金曜は無理?」
「あ、うん。出来れば避けたいかな。旅行の準備したいから」
「旅行?⋯⋯あぁ、三連休か。彼氏とどこか行くの?」
「あー、うん。向こうの実家にご挨拶に⋯⋯」

挨拶⋯⋯ね。

「おめでとう、って言っていいのかな?」
「⋯⋯ははっ、どうだろう?」

全くこの子は。

「水曜日はどう?うちは残業なしの日だから、今日よりも早く約束できるよ」
「あ、うん、私も大丈夫」
「じゃぁ決まりね。店は、私が探しておく。決まったら連絡するわ」
「うん、よろしく、明子ちゃん」

その後いつも通り、好きなものを飲んで食べて、22時過ぎには由美と別れた。
家に帰る前に近所のコンビニに寄って、ペットボトルの紅茶とスイーツを買う。
日々自炊して頑張っているので、週末のプチ贅沢くらいは許していただきたい。
1LDKの部屋に帰り、紅茶とスイーツを冷蔵庫へ。
服を脱いでシャワーを浴び、一日の汚れと疲れを落とし缶ビールを片手にリビングのソファに深く腰かけた。
開け放った窓から吹き込んでくる夜風が気持ち良い。
テレビの電源を入れて、ニュース番組にチャンネルを切り替えた。
アナウンサーの声を聴きながら、ビールを開け1口飲むと自然と息が吐き出される。

東京都内の外れ、会社まで電車1本、通勤1時間圏内。
周りに高い建物の少ない、駅近くのオートロックマンションで周りの目に晒されない高さの部屋。
広さは広いほど良いが、家賃の上限は給料の3割まで。
この厳しい条件で見つけたこの部屋は、私が唯一息を抜ける場所。

「さて、触りだけでも読むか」

由美から借りた本を手にし、表紙を眺める。
作者は、最近よく耳にする人物だ。
確か何年か前に大きな賞を取っていたような気がする。
シンプルでいて印象深い表装と、誰かの感想が書かれた帯。
そう言えば、ハードカバーの書籍を読むのはいつぶりだろうか。
大学卒業以来のような気がする。
今ではすっかり、電子書籍ばかり買って読んでいるから、この感覚が懐かしく感じる。
奇妙な感覚を覚えながら、私は本の表紙をめくり、『武藤 綾』の世界に足を踏み入れた。



「ふわあぁ、よく寝た」

結局、ちょっとのつもりが全部読み進めてしまい、気がつけば朝になっていた。
読み終えた本をテーブルに置いてベッドに潜り込んだのが6時過ぎ、そして今は昼の2時。
いくら休みだからと言っても、これはどうなのだろうか。
とりあえず、顔を洗って洗濯機を回し、その間に部屋の掃除をする。
掃除が終わって、洗濯待ちの時間に昨日買ったスイーツを食べつつ、また本を手に取った。

本の内容は一人の女性とその家族の物語。
子供の頃から両親の言いなりだった主人公、武藤 綾は、大学在学中の20歳で結婚する。
相手は父親の知り合いの息子で綾より4つ年上のエリートサラリーマンで所謂、政略結婚。
入籍後、相手の会社近くのマンションで暮らし始める2人だが、家のことは全て綾の仕事だった。
学業と家事と忙しい毎日を過ごす綾だが、今まで母に教育されてきた事もありしっかりとこなし、文句のひとつも言わなかった。
大学を卒業した綾は友人の親の経営する会社に入社した。
父や夫は反対したが、母と友人が後押ししてくれた。
社会に出て働くことは、綾のためでもあるし、2人のためでもあると。
結局夫は今まで通り家のことをするのなら、との条件で働くことを許可した。
就職したその年、綾は妊娠し長男を産む。
夫が子育てに協力することはなく、綾は家事に子育てに大忙しだった。
結婚して20年以上の月日が経ち、綾は3人の子育てと仕事、そして家事をこなしていた。
子供達も大きくなり、手がかからなくなった今、やっと少しだけ自分の時間が取れるようになった。
夫とは恋愛のれの字もなく、ただ一緒になった。
20年も共に暮らしていればそこに情は生まれるが、それが恋愛のそれではない事は綾にもわかっていた。
子供も3人生まれ、少なからずそこに自分の幸せはあったのだが、周囲の同じような家庭とは違う自分の家庭。
そしてこの先、一度も恋愛することなく一生を終えるのか、というなんとも言えない絶望にも似た感情が綾の中で渦巻いていた。
そんな綾の世界を街で出会った1人の男が変えていく。
そして綾は自分が思う何者にも縛られない自分の人生を歩むために、夫と別れる、そんな物語だ。

「⋯⋯⋯他にどんな本を出してるんだろう」

作者名で検索すると、7冊ほど結果が出てきた。
そしてそのうちの1冊を購入し、私はまた活字の世界にトリップした。


「明子ちゃん、大丈夫?」

私の顔を覗き込み心配そうな顔をしている由美にヒラヒラと手を振ってみせる。

「単なる寝不足よ。気にしないで」
「そう?」

今日のお店は焼き鳥が美味しいと評判の店。
入店したばかりなので私と由美の前にはおしぼりとお通ししかないけれど。
とりあえず、飲み物と焼き鳥の盛り合わせと店員さんのおすすめを三品ばかり頼んで、先週に続いての女子会(参加者2名)開始です。

「はい、これ。返すね」

借りていた本を入れた紙袋を取り出して由美に渡す。
結局あの後、同じ作者の作品を大人買いして読み漁ってしまったため、ここの所睡眠時間が2時間とかで寝不足な私。

「どうだった?」
「うん、面白かった。で、由美はこの主人公に自分を重ねてしまったと、そういう事ね?」

由美がこくりと無言で頷いたところに、オーダーした飲み物が届いた。
私と由美はグラスを持って、小さく乾杯し喉を潤す。
明日も仕事なので、今日はお酒は控えめに、だ。

「えーと、付き合って1年だっけ?」
「1年と3ヶ月、かな」
「会社の2つ上の先輩」
「そう。社内でも人気のある人で、今度昇進するんだって」
「出世株ね。向こうから告白されたのよね?」
「うん。前の彼氏と別れてすぐの飲み会で、彼の事思い出して泣いてたら⋯。きっと同情されて⋯⋯」
「前の彼も会社の人だったんだっけ?」
「そう、同期だった。彼は会社辞めて海外に行っちゃったけど」
「アフリカだっけ?」
「そう。一攫千金を狙うとか言ってた」

話を聞く限りおかしな所はないと思う。
後は由美の気持ちだけだと思う、そうこれはきっとまた流されているだけだと思う。

「本気の恋っていうのがどう言うものか、だったわよね」
「そう。ずっと考えてたんだけど分からなくて」

運ばれてきた焼き鳥を持ち上げる。
炭のいい香りとタレの艶が食欲を唆る。
ぱくりと1口、口に含み、ゆっくりと咀嚼する。
鶏肉のほど良い弾力と、じゅわっと染み出る肉汁が堪らない。

「考えるから分からなくなるんじゃない?」
「えっ?」
「私は経験がないから分からないけど、でもあの本を読んでわかった事は、恋って考えてするものじゃないってことね」

いつの間にか、とか、気がついたら、とか、恋に落ちるとか表現されるくらいだ、考えてするものではないのだ、きっと。
ならば本気の恋っていうのも同じ、考えてするものではないはず。

「それにさ、本気かどうかなんてすぐには分からないんじゃない?」
「そう、かな」
「そうよ。後に振り返った時にわかるんじゃないかな。今時点で本気の恋だって思うのは、多分その恋に溺れているからだよ。本気かどうは冷静な時に見極めないと」
「⋯⋯⋯⋯でも、そうすると本気の恋をして結婚するのって難しくない?」
「まぁ、そうね。でも本気の恋じゃないから幸せになれないなんて誰が言ったの?」
「えーと」
「結果的に幸せになった、本気の恋だった。それでもいいんじゃないかな、と私は思うよ」
「そっか、そうかな」
「そうだよ。それと、はい、コレ」

私は鞄から一冊の本を取りだし、由美に渡す。
昨日の帰りに本屋で購入したものだ。
ちなみに私は電子版で持っている。

「『幸せな恋の仕方』?」
「あげるから、読んでみて」
「うん、わかった。ありがとう」

私は由美には幸せになって欲しいと思っている。
好きとか嫌いとか、そういう次元の話じゃなくて、私の人生には由美が必要だと思うから。
だから、きっと流されるであろう事を予測して、迷いながらも好きな人と共に一生を歩んでいく主人公を綴った内容の本を渡す。
私の親友のこれからが、幸せでありますようにとの願いを込めて。


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(´-ι_-`) 『43歳、武藤 綾。本気の恋をしました。』を書くかどうかで迷った。



9/12/2024, 5:31:12 AM

【お題:カレンダー 20240911】






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(´-ι_-`) もっと早く書けるようにならないとな⋯

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