真岡 入雲

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【お題:命が燃え尽きるまで 20240914】【20240918up】

リンリンリン

室内に鳴り響く鈴の音に、男は顔を上げると手にしていたスマホをポケットに突っ込んで歩き出した。
1日1回、ロウソクが配達される。
多い時は50本前後、少ない時は0本、平均すると20本程のロウソクが毎日男の元に届けられる。
届けられるのは部屋の中央にある光るサークルの中。
どういうシステムなのかは不明だが、鈴が鳴るのと同時に箱に詰められたロウソクが現れる。

「今日は、っと」

箱の中には7本のロウソクが入っている。
長さは全て違い、太さも違う。
共通しているのは、蝋の色が白いことと芯の色が赤いこと、そして意識して見ると名前が浮かび上がることだ。

「少ないなぁ」

ロウソクの本数が少なければ今日の仕事は楽だ、一応そういうことにはなるのだがそれが嬉しいかと聞かれると、何と返せばいいか分からない。
仕事は適度に忙しい方がやり甲斐があると男は思っているからだ。
それに、この部屋は以前に比べ暗くなったように思う。
光源であるロウソクの本数が少なくなっている事が原因の一つであると、男は知っていた。

「ま、やりますか」

指定されたロウソクを指定された位置へ立て、指定された時間に火をつける、それが男の仕事だ。
男はポケットからスマホを取り出すと、画面をタップする。
表示されたのは、『赤城 結菜 [ほ36ー05ー9824][00:16:24]』の文字。
順番に、名前、場所、時間となっている。
もう一度タップすると『佐藤 浪漫 [り12ー08ー2308][03:36:33]』と、次の仕事が表示される。
同じようにタップを繰り返せば、次、次と仕事を表示することができるし、ダブルタップで最も近い時間の仕事が表示されるし、トリプルタップで今日の仕事を一覧で確認することが出来る。
男は箱の中から『赤城 結菜』のロウソクを取り出し、スマホの画面をダブルタップし、表示された赤城結菜の場所の文字を長押しした。
すると画面の上半分に部屋に地図が表示され、赤城結菜のロウソクを立てる場所が赤く点滅する。
そして同じく、室内の赤城結菜のロウソクを立てる場所からも天井に向かって赤い光が発せられた。

「さて、急がないと」

なんだかんだで部屋は広い、移動だけでもそれなりの時間を要する。
便利なのはこのスマホの地図と光る床。
男の足元からロウソクを立てる場所まで親切に赤く光るので、迷うことはほぼない。
1本目は中央から少し離れた場所だ。普通に歩いて5分ほどかかる。
1度立てて火を灯したロウソクは、その人間が死を迎えるまで燃え続ける。
たとえ男が火を吹き消そうとしても、ロウソクを折ろうとしてもそれは出来ないようになっている。
それがどういう仕組みなのか男は知らなかったが、おかげで時間に間に合わせるため全速力で走って風を起こしても、足がもつれて転んで倒しそうになっても、ロウソクが折れることも火が消えることもなく今までの仕事をこなすことが出来た。

「ここだな」

男が赤くぼぅっと光るロウソク立てに白いロウソクを立てると、赤い光が蒼色に変わった。
次に男は腰にぶら下げていたランタンを手にし、その中でふわふわと浮いている黄色の炎を手のひらに乗せた。
不思議なことに、この炎に熱さはなく、そして消えることもない。
ただ、男がこの仕事に就いた時に渡されたこの炎は少しだけ、小さくなっていた。

ピピピッ!

スマホの音に合わせ男は手のひらの上の炎を、立てたロウソクに近づける。

ピピッ!

男の手のひらの上の炎から小さな炎が生まれ、ロウソクへと飛んでいく。

ピーッ!

男のスマホが表示する時間と、赤城結菜の情報に表示されていた時間が同じになった瞬間、小さな炎がロウソクの芯に灯り、その色を緑に変えた。

「よし、1本目終了。次は3時間後か⋯⋯」

男はランタンに黄色の火を戻すとまた腰にぶら下げた。
ひとつぐぐぐっと伸びをすると、中央に向かって歩き出す。
途中、火の消えたロウソク立てに残った蝋を取り、腰に下げた袋に入れる。
この蝋はある程度溜まったら、中央のサークルに置いて部屋の外へ転送することになっている。
残った蝋は他の新しいロウソク、又は燃えているロウソクと一緒にならないようにしないといけない。
一緒にしてしまうと、新しいロウソクには火が灯らず、萌えているロウソクは火が消えてしまう。
その場合、そのロウソクの残りの時間分が男の仕事を行う期間、つまり刑期に加算される。
また、指定時間にロウソクに火を灯せなかった場合も同じく、刑期に加算されるのだ。

男の仕事は365日、24時間休みがない。
ただ、普通の人間ではない彼らには、食事も睡眠も必要ない。
肉体的な疲れはなく、そのように感じるのは生前の"くせ"のようなもの。
また人間のように、精神に肉体が引き摺られることはなく、精神的に落ちていたとしても体は普通に動くし、病を患うこともない。

「あ、また長いのがある」

中央へ戻る途中、燃えずに残った蝋を取りながら歩くのはいつの間にか日課となった。
火の灯っていないロウソク立てには、そのうち新しいロウソクを立てることになる。
その時、前の蝋が残っていると蝋を取り除くという工程がひとつ発生する。
また、蝋の存在に気が付かなかった場合、刑期が伸びるリスクも生まれる。
よって、そのリスク回避と暇な時間潰しで始めた作業が、日課となったのだった。
そんな中、時折見つけるのが長い状態で残っている蝋の存在だ。
初めはあまり気にしていなかったのだが、一日に1本程度の頻度で見つかるため、何故なのか気になった。

それを知ったのは偶然だった。

彼のように、人の命のロウソクに火を灯す者達を、『黄炎の者』と言う。
なぜなら、腰に下げているランタンの炎の色が黄色だからだ。
因みに、黄色の他には白、黒、青、赤、緑と5色ある。
色の違いは、ロウソクが何の命かという違いだけであり、皆ロウソクに火を灯す仕事であることに変わりはない。
彼らには、この仕事をすると決まった時点で、ある能力が与えられる。
それは、ロウソクの火を通して対象の現在を見る能力だ。
音もあり、思考も把握することができる、ある意味チートな能力だが、可能なのは見る聞く知るだけで、対象の人生に干渉できるわけではない。
それでもこの娯楽の一切ない、誰かと会話すらできない部屋の中で、暇を潰すには持ってこいの能力だ。

それは今のように、次のロウソクまで時間が空いていた時のこと。
フラフラと歩いて目に止まった1本のロウソクの現在を覗いてみた。
見えた景色はどこかの高い建物の上階部分。
手すりの向こうには、同じくらいの高さのマンションやビルが並んでいた。
随分と都会な景色だ。
車の走る音、公園ではしゃぐ子供の声、店先で流れる音楽、そのどれもが遥か下の方から聞こえてくる。
ここはどこだろうか、街の雰囲気からすると日本なのは確かだが、そう、思った瞬間
視界がブレた。
そして気がついた時には、地面が目の前に迫っており、男は思わず叫んでしまった。
木霊していた男の声が部屋の中から消えた時、1匹の蟻が音もなく目の前を通り過ぎ映像が消えた。
そして、それと同時にロウソクの火も消えた。

ロウソクはその人間の寿命そのもの。
寿命とは、事故、病気、他殺など運命で定められた命の長さを言う。
基本的に人間は寿命を自分で変えることは出来ない。
大きな力で定められたものを、小さな命ひとつがどうにかできるはずもない。
ただし例外がひとつだけある。
自死だ。
自死は自分の命を賭した寿命、つまり運命を変える行為である。
そしてそれは、この先⋯⋯いや、未来永劫そこにあったはずのものを無に帰す行為でもある。
大量殺人を犯した者の魂でさえ次の生があるのに対し、自死者の魂は未来に引き継がれることなく全てがそこで終わる。
それほどまでに、自死に対する罰は重いのだ。
そして、その道を選んでしまう人間の何と多い事か。

それからもうひとつ。
自死とは異なり、ロウソクが燃え尽きた後に残っている蝋の存在。
これは言ってしまえば、7割近い確率で残っていたりする。
これに関しては憶測でしかないが、生きている時のその人間がどの程度、生に向き合って生きているかというのが関係しているようだった。
一生懸命に生きている者の場合は蝋が残ることはなく、そうでない場合は蝋が残るようだ。
そしてその一生懸命さはロウソクの炎で判断することが出来る。
男がロウソクに火を灯した直後の炎は、どれも皆勢いよく燃えているのだが、ある程度時間が経ってくると徐々に炎の勢いが弱まってくることが多い。
つまり、赤ん坊の時は生きることに一生懸命だが、歳を重ねてくるとそうではなくなってしまうようだった。
そしてそれは、この部屋の明るさにも影響を及ぼしている。
小さく弱々しい炎、つまり惰性で生きている者たちのロウソクばかりだと、部屋が暗くなるのだ。
逆に一生懸命生きている者たちが多ければ部屋は明るくなる。
ただ男はそれに対し、何かを言うことも、変えることも出来ない立場だ。

男は考える、自分はどうだっただろうか、と。

今のこの仕事をあとどれ位、続ける必要があるのかはわからない。
ただ、この仕事が終わり、次の生を得られたのなら、その命が燃え尽きるまで懸命に生きると魂に誓う。
ほんの少しだけでも、ロウソクがある部屋の一角を明るく照らすことができればいいな、と思うから。


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(´-ι_-`) 情景を文字で表現するのムズカシイ⋯⋯。


9/15/2024, 8:36:34 AM