真岡 入雲

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8/21/2024, 4:22:24 PM

【お題:鳥のように 20240821】

「いち、にぃ、さん、しぃ⋯⋯」

眩しく太陽の光を跳ね返す波間を、白い軌跡を残しながら漁船が通り過ぎていく。
港の見える高台にお誂え向きに置かれている双子石に腰掛けて、香織はスマホの画面に映った四角い枠を数えていた。
足をブラブラと揺らしながら、真剣な目をして数えるそれは、拓也が島に帰ってくるまでの残りの日数だ。
今年の夏は台風の所為で、拓也は帰って来れなかった。
『ごめんね』と、画面の向こうで謝る拓也に、香織は『仕方が無いよ』と笑顔で答えた。
だって台風の所為なのだ、拓也が悪いわけじゃない。
悪いのは、最近テレビでよく言われている異常気象だ、うん、きっとそうだ。

「100日以上あるなぁ⋯⋯」

中学を卒業して、本土の高校へ通うため家を出たのは、もう、10年も前になる。
本土のおばさんの家から3年間高校へ通い、そして東京の大学にも通わせて貰った。
大学卒業後は、東京で就職の予定だった。
両親もそれで構わないと言ってくれていたから。
内定も決まって、3ヶ月後には入社、という時に母が倒れた。
内定はお断りして、母の介護と家の手伝いをすることにした。

「最後に会ったのは、正月だったから⋯⋯ほぼ1年かぁ」

拓也とは、大学で再開した。
3つ年上の近所のお兄ちゃんでしか無かった拓也が、素敵な男の人に見えた。
拓也は院まで進んだので大学の約3年間は、比較的会える状態だった。
どちらかの家でご飯を食べて、レポートを書いて、そんな日々を過ごした。
拓也が就職してからは、平日はなかなか会えなかったが、休みの日は一緒に過ごした。
香織が島へ戻る時、拓也は出来るだけ島へ帰るからと言い、香織の左手の薬指に指輪を嵌めた。
島へ渡る船の中で、香織は嬉しくて泣いた。

「会いたいな」

今は色々と便利で、スマホ1台あれば顔を見て会話することが出来る。
父親や母親の時代にはスマホなどなく、電話も通話料が高いため長くは話せなかったと聞いた。
専ら手紙のやり取りだったと、母親が父親と交わした手紙の束を見せてくれたことがあった。
それを見た時、少しだけ羨ましいと香織は思った。
スマホやLINE、メールなど便利ではあるが電子データで、形としては残らない。
写真もプリントアウトすることは可能だけど、画面でみられるから印刷することは稀だ。

「私も空飛べればなぁ」

渡り鳥の群れがはるか上空を飛んでいく。
大きな翼を広げて、最小限の羽ばたきで。
海も山も家もビルも全てを飛び越えて、自分達の目的の場所まで脇目も振らずに飛んでいく。
あんな風に、鳥のように自分も空を飛べれば、好きな時に拓也の元に行けるのに。

「⋯⋯⋯⋯そっか。そうだよ!」

拓也が帰ってくるのを待つと、あと3ヶ月以上会えない。
ならば、自分が会いに行けばいい。
母親の介護があるから、あまり長い間家を空けられない。
けれど、週末の拓也の休みに合わせた2日くらいならどうにかならないだろうか。
香織は立ち上がると、サッと踵を返し愛車に跨る。
ピンクと白の2色で彩られた、可愛いスクーターだ。
島に帰ってきて直ぐに購入したもので、『ピーチ号』と名前まで付けている。
エンジンを回して、軽い排気音を響かせながら緩やかな下り道を走る。

父親と母親に相談をして、OKが貰えたら拓也に連絡をしよう。
LINEやメールではなく、手紙にしよう。
あぁ、でも予定は早めに把握しておかないといけないから、拓也にそれとなく探りを入れようか。
それから、拓也と会えたら写真をいっぱい撮ろう。
そしてプリントアウトして、部屋にたくさん飾ろう。
もっともっと会いたくなるかも知れないけれど、その分会えた時の喜びも増すだろうから。

「よーし、目標ができた!頑張るぞー!」

真っ直ぐな黒髪をなびかせて、香織は島の道路をスクーターで走る。
目指すは父と母がいる自宅。
島の南の斜面で膨大な量のオリーブの木を育てている、自慢の実家だ。
オリーブの他にもレモンや柑橘類も育てているので、収穫時期は猫の手でも欲しい程だ。
でも再来週末は予定がなかったはずだから。

まだ何も決まっていないし、まだ先の話だけれど香織の胸は高鳴っている。
半年以上ぶりに、拓也と会えるかもしれないその時を思って。
あの渡り鳥の群れはもう既に島から遠く離れ、眼下に海しか見えない場所をひたすらに南下しているだろう。
その先に何があるのか、どんな島、いや陸地を目指しているのか分からないが、香織は彼らに心の中で礼を言う。
拓也に会いに行こうと思わせてくれたのは、他でもない彼らだったから。


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(´-ι_-`) プリントアウト、してこようかな。

8/21/2024, 1:56:06 AM

【お題:さよならを言う前に 20240820】

「彼女は俺が守ってやらないと駄目なんだ」

恋愛映画のワンシーンのような台詞に笑いたくなった。
彼女は弱いから?守ってあげたくなる?
そんな女が好きだったの?
だったら初めから私と付き合わなければ良かったじゃない。
貴方が守りたいと言っている子と私は、全然違うもの。

私は、人に頼るのが苦手。
だって、自分のことは自分でやりなさい。
人に頼って楽しようと思わないこと、って育てられたから。

私は、人に甘えるのが苦手。
姉が甘えん坊で、両親は姉にベッタリだった。
祖父母も一緒で、私は甘える事を許されなかったから。

私は、人前で泣けない。
だってそれって、自分は弱いんだってアピールしているみたいだから。
弱さをアピールしてどうなるの?強くなれるの?
弱いって知られたらつけ込まれる。
そんなの絶対に嫌。

私は、嘘はつきたくない。
生きていく上では必要な嘘もあるって言うけれど、嘘をつく言い訳に聞こえる。
嘘をつけばそれだけ、心が痛くなる。
嘘をつけばそれだけ、自分を嫌いになる。

「私と別れる、そういう事?」
「⋯⋯君には悪いけど、そういうことになるかな。でも、俺は、君のことは心から愛していたんだ。ただ、君以上に愛する人と出会ってしまった、運命の人と出会ってしまった、ただそれだけなんだ」
「そう⋯⋯」

『わかった』

そう言ってしまえば、貴方と私の関係は終わる。
呆気ない幕切れ。
運命の人とか言っているけど、結局あなたは浮気した。
本当に運命だと思ったなら、付き合う前に私と別れるべきだった。

私、いつかあなたと別れることになった時、ありがとうって言えればいいなって思っていた。
こんな形じゃなくて、お互いのために別れることが望ましい、そういう形で別れたかった。
はぁ、だんだん自分が嫌な女になっていく気がする。
それでも、貴方のために教えておこうと思う。

「さよならを言う前に、私の知っていることを教えるわ」

言っても、貴方は信じないかも知れないけれど。

「彼女、貴方以外にも親しい男性がいるわよ。私が知っているのは三人だけれど、それ以上いるみたい。それから、誕生日プレゼント、鞄が欲しいって言われたでしょう?他の人にも同じものをお願いしているそうよ。一つだけ残して残りは売ってお金にする、それが一番だって。料理も、彼女殆ど出来ないわよ。お弁当は母親が作っているんだもの。あぁ、後は貴方が初めて、とでも言われたかしら?そんなはずないわよ。それなら、子供がいるはずないでしょう?」
「えっ?えっ?」
「こんなものかしら。あら、どうしたの?顔色が悪いわ」
「いや、その、どうしてそんなに彼女のことに詳しいんだ?」
「⋯⋯⋯⋯それは秘密。はぁ、でもおかげ様で何だかスッキリした。隠し事って、精神的に良くないのね。それじゃ、さよなら。あぁ、私のアドレス、消しておいてね」

慌てた彼を片手で静止して、テーブルに置かれた伝票を持って席を立つ。
誘った方が支払いをする、それが私たちの間で決めたルール。
だから、どんな状況であろうと今日の食事を誘ったのは私だから、支払いは私がする。

女の子らしく、なんて育てられていないし、なれそうもない。
だって、なりたくない女の子らしい人間の見本のような人物が、いちばん身近にいるから。
双子だけど二卵生の私の姉は、私とは全く似ていない。
それは外見もだけれど、中身も。
姉は自由奔放で、人を騙し嘘をつく事に罪悪感を抱くことがない。
だから、複数の男性と同時に交際もできるし、貰ったプレゼントを売り飛ばす事を何とも思っていない。
高校在学中に妊娠し、相手不明な状態にも関わらず産むと言って聞かず、卒業三ヶ月後に出産。
明るい髪色の薄い瞳を持った甥ができた時は、流石に私も両親も言葉を失った。
そんな甥も今年で五歳、人懐っこい笑顔で家に帰った私を出迎えてくれる姿は、仕事に疲れた私にとって唯一の癒しだ。
因みに姉は殆ど家に居ない。
家に帰ってくるのは週に一、二度で、帰ってきても、着替えたりして直ぐに出ていく。
恐らく男性や友達の家を転々としているのだと思う。
甥の面倒は母親と私、そして弟が見ている。

「さて、帰ろうかな」

ついさっき一年付き合った人と別れたばかりだけど、未練はこれっぽっちもない。
多分こういうドライな所も男の人から見れば、可愛くないのだろう。
でもそれが私だから、仕方が無い。
そんな私を愛してくれる人と巡り会い、私もその人を愛することが出来れば良いのにな、と思いつつ、可愛い甥っ子の待つ家路へと急ぐ自分自身が私は案外好きなのだ。


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(´-ι_-`) 男らしく、女らしく、人間らしく、『らしい』って人を縛るのに都合のいい言葉だなぁ


8/20/2024, 2:50:44 AM

【お題:空模様 20240819】

「まどかちゃん、これあげるよ」
「わぁ、きれいなお花。たつきくん、ありがとう」

あれは確か最近流行りの摘み細工だったか。
昔は簪とかによく用いられていた伝統工芸で、今は趣味で作っている人も多いとか。
たつきくんのお母さんもハマっていて、作ったものをフリマとかで売っていると言っていたな、確か。
ピンクと白の花の付いた髪飾り。
簪じゃなくて、クリップ型だから使いやすくて良さそうだ。

「まどかちゃん、これ僕からのプレゼント」
「わぁ、可愛い。そうたくん、ありがとう」

あれは編みぐるみってやつだな。
確かかぎ針とかで編むんだったか、昔姉ちゃんが挑戦してたやつだ。
技術があれば色んなキャラクターを編んだり出来るって話だったよな。
アレも、某女の子向け番組のやつかな。
白い兎と、ピンクの熊の編みぐるみをキーホルダーにしたのか。
そうたくんのお母さんは手先が器用だからな。
いつも着ている服とかも手作りって話だし、デザイナー目指してたとか言ってたな、そう言えば。

それにしてもまどかちゃん、モテますねぇ。
今日がまどかちゃんの誕生日なのもあるけど、彼女の周りには男の子も女の子も集まってくる。
可愛いし、いい子だし、わかる気はするけど⋯⋯っと?

「お花の方が好きだよね、まどかちゃん」
「ぬいぐるみの方が好きでしょ?まどかちゃん」

おっとぉ?
たつきくんとそうたくんの間に広がった険悪な空模様。
暗雲立ち込め、雷が鳴り出すか?
って、そんなこと言ってる場合じゃないか。
ふたりが喧嘩しないようにしないとなぁ。
さて、どう、おさめようか。

「まどかね、お花もぬいぐるみもどっちも好きだよ」
「え⋯」
「でも」

あ、うん、たつきくんもそうたくんもどっちかに決めて欲しいんだよね、きっと。

「だって、どっちも好きなんだもん。ダメ?」

うわぁ、下からの上目遣い。
しかも小首を傾げてって、まどかちゃんどんだけ小悪魔なの!

「だ、ダメじゃない」
「う、うん。まどかちゃんなら、いいよ」

うん、そうだよね、ダメだなんて言えないよね。
惚れた弱みってやつだよね。

「あ、あのね、まどかちゃん。まどかちゃんは誰が好き?」
「ぼ、僕はまどかちゃんが好きだよ!」

おっ、そうたくん言ったか!
たつきくん、どうする?

「僕だって、まどかちゃんが好きだよ!そうくんよりも好きだもん!」
「ぼ、僕だって!」

男の子ふたりが睨み合い。
普段はすごく仲がいいふたりなのに、まどかちゃんが絡むと喧嘩するんだよな。
ふたりとも、好きな子の前での喧嘩はダメだよ。
怖がらせちゃうよ、ほら、まどかちゃんも⋯⋯って、あれっ?
まどかちゃん、口が薄っすら笑ってる?

「ありがとう。まどか、そうたくんもたつきくんも好きだよ」
「本当に!」
「やった!」
「うん。それとね、まどかはね、ケンジ先生が大好きなの!」

えっ、俺?
⋯⋯あ、え、そうたくんもたつきくんも先生のこと睨むのやめようか。
あー、まどかちゃんも、このタイミングで先生に抱きつくのはやめようか。

「モテモテじゃないですか、ケンジ先生」

え、ちょっ、百香、いつの間に後ろに居たんだよ。
あれ、百香さーん?まどかちゃんに嫉妬してます?
ってか、そうたくん、たつきくん、先生の足踏むのやめようか、地味に痛いんだけど。

「ケンジ先生はまどかのこと、キライ?」
「うっ⋯⋯す、好きだよぉ」
「本当?まどか嬉しい」

好きって聞かれたら、『うん』って答えられるけど、キライって聞かれたら、『好き』って言うしかないじゃないか、って、まどかちゃん、首に抱きつくのやめようか、って、ほっぺにちゅぅはダメだって!
あ、百香の視線が痛い。
これ、不可抗力だから、俺のせいじゃないから!

「は、ははははっ、痛っ!あ、百香先生、ちょっと待って」

そうたくん、たつきくんには蹴られるし、まどかちゃんは離れないし。
この子、わかっててやってるよね。
だって、口元が笑ってるもん。
ってか、待て、百香、俺が愛してるのはお前だけだってば!

うぅ、女の子怖いよ!


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(´-ι_-`) 女の子は何歳でも『女』なんですよ⋯

8/19/2024, 1:47:57 AM

【お題:鏡 20240818】

『お前、歳食ったよな』

それは、唐突に掛けられた最愛の人からの最悪な言葉。
出会った頃に比べれば、当然私も歳をとります。
だって人間だもの、エルフや吸血鬼じゃない、普通の人間の女ですから。
これでも色々と努力はしているし、友達には若いねって言われるけれど?

『俺さぁ、オバさんって無理なんだわ』

半分ニヤけた顔でそんな事を言っているけど、私がオバさんなら、貴方もオジさんよね?
だって私達、同い年じゃない。

出会いは二十歳の時、友達の紹介で知り合った。
あの頃私は大学生で、貴方はバイトをしながら役者を目指してた。
時間もお金もあまりなくて、デートと言えば家で映画を観るとか、近所の大きな公園で一日中話をしたりしてどこかに旅行に行くとかそんなのなかったけど、二人の距離は近かった。
私の就職を期に同棲して、少しだけ生活に余裕が出来たけど、やっぱり旅行とかはできなくて、それでも毎日が楽しかった。
ただ、多分きっとその頃から少しずつ、歯車がズレ始めたんだと思う。
私はもっとお給料が良い会社に務めるために、勉強して資格を取って転職した。
少し忙しくはなったけれど、貰えるお給料は倍近くまで増えた。
そしたら、貴方はいつの間にか働くのを辞めていた。
役者の仕事に専念したいから、確かそんな事を言ってたような気がする。
増えたお給料はほとんど貴方に渡す感じになっちゃったけど、それでも構わないと思ってた。
それで貴方が追いかける夢に近づく事が出来るのならば、と。
でもきっと、これがダメだった。
私は更に頑張って、キャリアアップし給料も増えたけど、貴方は何も変わらない⋯⋯ううん、寧ろ昔ほどの情熱が無くなって、役者の夢も何処かに置いてきているみたいだった。

『と、言うわけで、お前もういいや。光莉(きらり)が俺の新しい女。若くて綺麗だろ?』

そりゃそうよね、二十歳の子と私とは一回りも違うもの。
もちろん貴方とも十二歳離れているけど。
まぁ、その瞬間目が覚めた、というか、愛が冷めたというか。


「はぁ、馬鹿らしい」

どうしてあんな男が好きだったのか、過去の、いえ五分前の自分に聞きたい。
愛情なんてゼロどころかマイナスを更新中、留まるところを知らない。

『お前、部屋出ていけよ』

ポカーンですよ、ええ、開いた口が塞がらないとはこの事。
出ていくのはあんただろうが!
あの部屋の契約者は私で、あんたじゃない。
因みに、家賃も水道光熱費も食費もスマホ代もあんたのお小遣いも私が稼いだお金だから。
もっと言えば、家の家具も家電もぜーんぶ私が買ったものですから!
そのままだと、罵声を浴びせるところだったから化粧室に来たけれど、さてどうしてくれよう。

「⋯⋯そうね、気にする必要はなくなったんだし、いいわよね」

鏡の中の自分に言って、早速一本電話を入れる。
相手は以前から声を掛けていただいていた、とある人。
明日話す約束をして、電話を切った。
こうなるとやらなければならない事が山積みで、一分一秒でも時間を無駄には出来ない。

「遅かったな。それでいつ出ていくんだ?」
「⋯⋯すぐには無理だわ。2週間くらい時間が欲しいんだけど」
「チッ、仕方ねぇな。早くしろよ」
「⋯⋯えぇ」
「俺は暫く光莉の所にいるからな。あと、今月分、俺の口座に振り込んどけよ」
「⋯⋯わかったわ」

言いたい事を言うだけ言って、二人は腕を組みながら店を出て行った。
勿論、支払いは私が行う。
何で別れた彼女からお小遣いが貰えると思ってるのかしら?
まぁ、馬鹿の考えることは分からないわ。
とりあえず、不動産屋に連絡をして、引越しの準備もしないと。
暫くはウィークリーマンションでいいから、その辺は今日中に決めちゃおう。
後は、レンタル倉庫も借りて⋯⋯、うん、やっぱり忙しくなるな。


あの日から今日でちょうど二週間、こんなに早くことが進むとは思わなかった。

「⋯⋯しつこいなぁ」

スマホの画面には元彼の名前が表示されていて、今朝から既に百件近い着信が入ってる。
LINEのメッセージの数も半端じゃない。

『鍵が開かない!どうなってるんだ!』
『光莉の荷物が入れられない』
『返事をしろ!』
『賠償を請求する』
『ふざけるな』
『無視するな』

大体がこんな感じ。
まぁ、そろそろ教えてあげてもいいか、暫くは⋯⋯下手すれば一生会うことも無いだろうし。

『部屋は解約したので入れません』
『貴方の荷物は九州のご実家へ着払いで送りました。今日辺り届くと思います。ダンボールで30箱くらいです』
『私は今から日本を離れます。では、光莉さんとお幸せに』
『あぁそうそう、光莉さんに伝言です。畠中裕二さんの奥様と名乗る方が「慰謝料はきっちりいただきますから。逃げられると思わないで下さい」と仰っていました。あと、同じ内容の事を佐倉修造さん、細田嘉人さんの奥様も仰っていました。確かにお伝えしましたので。それでは、お元気で』

「着信は拒否にして、LINEはブロックっと。うん、これでお終い」

空港の化粧室の鏡に映った自分を見つめる。
2週間前とは随分と違う、晴れ晴れした顔の女が一人、この先の生活に夢と希望を抱いて笑っている。

二年前から話のあった海外勤務。
何度か出張という形で行ってはいたけれど、元彼の事があって、断っていた。
が、あの日の前日、また海外勤務の話をされた。
向こうでそれなりのポジションが約束されている話で、今までとは待遇が全然違う。
キャリアアップにも繋がるし、勿論自分の力を試すのにも最高の環境が用意されていて、どうしようか悩んでいた。
そこにあれだ、断るはずがない。
OKの返事をしたところ、あれよあれよという間に話は進んで、今日、フライトというスケジュール。
まぁ、ひと月後に一度戻っては来るのだけれど、その時もこんな笑顔で居られるよう、私は私にために頑張ります!


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(´-ι_-`) 鏡を見て、マイナスの面ではなくプラスの面を探すようにしてます。


8/18/2024, 1:35:02 AM

【お題:いつまでも捨てられないもの 20240817】

八歳の誕生日の少し前、家族で出掛けた先で見つけた綺麗な石。
紫色で、その石だけは全体が凄く輝いて見えた。
理由はわからないけど凄く欲しくて堪らなくて、両親にお願いして、誕生日プレゼントとして買ってもらった。
その石はアメシストの『水入り』と呼ばれる物で少々値が張ったらしいが、俺は只々嬉しくて、ずっとお守り代わりに、母さんが作ってくれた小さな巾着袋に入れて首から下げていた。
暇があれば、袋から取り出して石を眺める、ちょっとおかしな奴だったかも知れない。
でも、3cmにも満たない大きさの石だったけれど、俺にとっては大事な大事な宝物だった。
そう、過去形なのだ。
その石とは、半年程でサヨナラとなったから。
じいちゃん家、つまり母親の実家のある地域で行われた秋祭りで出会った女の子に、御守りとして渡してしまったんだ。
もちろん、後悔はしていない。
俺と同じで、地元の子ではなかったその女の子は、両親とはぐれて一人神社の裏で泣いていた。
俺はと言うと、屋台を見ているうちにいつの間にか皆とはぐれてしまった。
まぁ、はぐれたら神社の社務所の傍にある大きな楠の下に居ること、って約束だったんだけど、そこは元気な男の子なもので、ちょっとばかり探検がしたくなった。
で、大人の目を盗んで、色々と普段は入れない場所に入ってみたりしていたわけだけど、そんな中で誰かの声が微かに聞こえ、辿ってみるとそこに女の子が居た、という訳だ。
初めは幽霊じゃないかと、ドキドキしていたんだけど、普通に女の子だった。
んで、どうにか泣き止ませようとして、いつも持ち歩いてる石を見せた。
女の子は予想以上に石に興味を持ってくれて、涙もすぐに止まった。
後は、親を探すだけだけど、また泣かれるのも嫌だなと思って、それになんだかそうするのが一番良い気がして石を女の子にあげた、巾着ごと。
その後、女の子の両親はすぐに見つかって、お別れをして、俺は約束の楠の下へ。
母さんに怒られはしたけれど、まぁ、楽しいお祭りだった。
その年以降も、何度か秋祭りには行ったけれど、結局あの女の子には一度も会えなかった。

そして今、あの時の石が目の前にある。

わかるだろうか、あるはずがない物が目の前にある驚きを。
前日にしこたま酒を飲んで起きた朝、水を飲もうと開けた冷蔵庫に、何故か冷え冷えのテレビのリモコンがあった、そんな驚きだ。
まぁ、わからないか⋯⋯。
似た石じゃないか、そう思うだろう?俺だって初めはそう思ったさ。
でも母さんが縫ってくれた巾着袋まで、結構ボロボロになっているけど丁寧に並べられているとなったら疑う余地は無いだろう。

「お待たせ、コーヒー淹れたよ?」
「あ、あぁ、ありがと」

昨日からバタバタと、部屋の掃除に荷物の整理と忙しくしていたから気が付かなかった。
飾り棚の一角に丁寧に並べられた、所謂、鉱石と呼ばれる石たち。
水晶を初め色々な石がある中、俺の目に止まったのは、そう、かつて御守りにしていた水入りアメシストのポイント。

「これ」
「うん?あぁ、それね。凄いボロボロになっちゃったんだけど、『いつまでも捨てられないもの』ってやつで」
「こんなにボロボロなのに?」

多分、石のせいで擦れて穴が空いたんだろうな、あて布をして縫われたり、刺繍で穴を塞いだりしていたようだ。
それも一回や二回どころの話じゃない、まぁ、紐は替えられてるけど。

「貰ったものだったし、その子もすごく大事にしていたみたいだから、捨てられなくて」
「⋯⋯誰に貰ったの?」
「うん?⋯⋯名前知らなくて。六歳の時だったかな、母方の祖母の家に行った時に近所でお祭りがあって、私迷子になっちゃったんだよね。で、暗いし周りは知らない人ばっかりだしで泣いてたら、男の子が声を掛けてきてくれて、自分の宝物見せてやるって、見せてくれたのがこのアメシスト。夜で暗かったんだけど、屋台や提灯の光とか篝火とか、そういうものを全部キラキラ跳ね返していて、すごく綺麗だったんだ。そしたらその子、くれたの。石と巾着を。御守りだから持ってるといいって。『きっと君を幸せにしてくれるよ』って言って」

えっ、待って、それは記憶にないぞ、俺。

「またお祭りで会おうねって約束したんだけど、そのあと私父の仕事の関係でオーストラリア、アメリカ、イギリスと海外回っていて、日本に戻ったのは六年前で、今会ってもお互い分からないと思うな」

あ、そりゃ会えるはずも無いよね、日本に居なかったなら。
でも、祭りじゃないけど、こうして再会して夫婦になれた。
これは、運命ってやつだ。

「これさ、水が入ってるの、知ってる?」
「えっ?」
「ほら、ここ。気泡が動くんだけど、これが水が入っている証拠ね。光に当てて、この気泡が動くのを見るのが好きでさ、暇があればずーっと見てて、よく母さんに怒られたよ」
「えぇ?」
「捨てられてなくて良かった。大事にしてくれてありがとう」
「ふぇ?」
「え、ちょっと待って、何で泣いてるの?」
「だ、だってぇ、うぅ」

泣きやんだ君が、初恋だったと教えてくれた時は、すごく嬉しかった。
だから俺も、と思ったけれど、やっぱり恥ずかしいから教えない。
あの後、君の来ないお祭りでいつも一人あの場所で、君を思いながら待っていた事は。


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 水入りはロマンです。

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