真岡 入雲

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【お題:さよならを言う前に 20240820】

「彼女は俺が守ってやらないと駄目なんだ」

恋愛映画のワンシーンのような台詞に笑いたくなった。
彼女は弱いから?守ってあげたくなる?
そんな女が好きだったの?
だったら初めから私と付き合わなければ良かったじゃない。
貴方が守りたいと言っている子と私は、全然違うもの。

私は、人に頼るのが苦手。
だって、自分のことは自分でやりなさい。
人に頼って楽しようと思わないこと、って育てられたから。

私は、人に甘えるのが苦手。
姉が甘えん坊で、両親は姉にベッタリだった。
祖父母も一緒で、私は甘える事を許されなかったから。

私は、人前で泣けない。
だってそれって、自分は弱いんだってアピールしているみたいだから。
弱さをアピールしてどうなるの?強くなれるの?
弱いって知られたらつけ込まれる。
そんなの絶対に嫌。

私は、嘘はつきたくない。
生きていく上では必要な嘘もあるって言うけれど、嘘をつく言い訳に聞こえる。
嘘をつけばそれだけ、心が痛くなる。
嘘をつけばそれだけ、自分を嫌いになる。

「私と別れる、そういう事?」
「⋯⋯君には悪いけど、そういうことになるかな。でも、俺は、君のことは心から愛していたんだ。ただ、君以上に愛する人と出会ってしまった、運命の人と出会ってしまった、ただそれだけなんだ」
「そう⋯⋯」

『わかった』

そう言ってしまえば、貴方と私の関係は終わる。
呆気ない幕切れ。
運命の人とか言っているけど、結局あなたは浮気した。
本当に運命だと思ったなら、付き合う前に私と別れるべきだった。

私、いつかあなたと別れることになった時、ありがとうって言えればいいなって思っていた。
こんな形じゃなくて、お互いのために別れることが望ましい、そういう形で別れたかった。
はぁ、だんだん自分が嫌な女になっていく気がする。
それでも、貴方のために教えておこうと思う。

「さよならを言う前に、私の知っていることを教えるわ」

言っても、貴方は信じないかも知れないけれど。

「彼女、貴方以外にも親しい男性がいるわよ。私が知っているのは三人だけれど、それ以上いるみたい。それから、誕生日プレゼント、鞄が欲しいって言われたでしょう?他の人にも同じものをお願いしているそうよ。一つだけ残して残りは売ってお金にする、それが一番だって。料理も、彼女殆ど出来ないわよ。お弁当は母親が作っているんだもの。あぁ、後は貴方が初めて、とでも言われたかしら?そんなはずないわよ。それなら、子供がいるはずないでしょう?」
「えっ?えっ?」
「こんなものかしら。あら、どうしたの?顔色が悪いわ」
「いや、その、どうしてそんなに彼女のことに詳しいんだ?」
「⋯⋯⋯⋯それは秘密。はぁ、でもおかげ様で何だかスッキリした。隠し事って、精神的に良くないのね。それじゃ、さよなら。あぁ、私のアドレス、消しておいてね」

慌てた彼を片手で静止して、テーブルに置かれた伝票を持って席を立つ。
誘った方が支払いをする、それが私たちの間で決めたルール。
だから、どんな状況であろうと今日の食事を誘ったのは私だから、支払いは私がする。

女の子らしく、なんて育てられていないし、なれそうもない。
だって、なりたくない女の子らしい人間の見本のような人物が、いちばん身近にいるから。
双子だけど二卵生の私の姉は、私とは全く似ていない。
それは外見もだけれど、中身も。
姉は自由奔放で、人を騙し嘘をつく事に罪悪感を抱くことがない。
だから、複数の男性と同時に交際もできるし、貰ったプレゼントを売り飛ばす事を何とも思っていない。
高校在学中に妊娠し、相手不明な状態にも関わらず産むと言って聞かず、卒業三ヶ月後に出産。
明るい髪色の薄い瞳を持った甥ができた時は、流石に私も両親も言葉を失った。
そんな甥も今年で五歳、人懐っこい笑顔で家に帰った私を出迎えてくれる姿は、仕事に疲れた私にとって唯一の癒しだ。
因みに姉は殆ど家に居ない。
家に帰ってくるのは週に一、二度で、帰ってきても、着替えたりして直ぐに出ていく。
恐らく男性や友達の家を転々としているのだと思う。
甥の面倒は母親と私、そして弟が見ている。

「さて、帰ろうかな」

ついさっき一年付き合った人と別れたばかりだけど、未練はこれっぽっちもない。
多分こういうドライな所も男の人から見れば、可愛くないのだろう。
でもそれが私だから、仕方が無い。
そんな私を愛してくれる人と巡り会い、私もその人を愛することが出来れば良いのにな、と思いつつ、可愛い甥っ子の待つ家路へと急ぐ自分自身が私は案外好きなのだ。


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(´-ι_-`) 男らしく、女らしく、人間らしく、『らしい』って人を縛るのに都合のいい言葉だなぁ


8/21/2024, 1:56:06 AM