【お題:いつまでも捨てられないもの 20240817】
八歳の誕生日の少し前、家族で出掛けた先で見つけた綺麗な石。
紫色で、その石だけは全体が凄く輝いて見えた。
理由はわからないけど凄く欲しくて堪らなくて、両親にお願いして、誕生日プレゼントとして買ってもらった。
その石はアメシストの『水入り』と呼ばれる物で少々値が張ったらしいが、俺は只々嬉しくて、ずっとお守り代わりに、母さんが作ってくれた小さな巾着袋に入れて首から下げていた。
暇があれば、袋から取り出して石を眺める、ちょっとおかしな奴だったかも知れない。
でも、3cmにも満たない大きさの石だったけれど、俺にとっては大事な大事な宝物だった。
そう、過去形なのだ。
その石とは、半年程でサヨナラとなったから。
じいちゃん家、つまり母親の実家のある地域で行われた秋祭りで出会った女の子に、御守りとして渡してしまったんだ。
もちろん、後悔はしていない。
俺と同じで、地元の子ではなかったその女の子は、両親とはぐれて一人神社の裏で泣いていた。
俺はと言うと、屋台を見ているうちにいつの間にか皆とはぐれてしまった。
まぁ、はぐれたら神社の社務所の傍にある大きな楠の下に居ること、って約束だったんだけど、そこは元気な男の子なもので、ちょっとばかり探検がしたくなった。
で、大人の目を盗んで、色々と普段は入れない場所に入ってみたりしていたわけだけど、そんな中で誰かの声が微かに聞こえ、辿ってみるとそこに女の子が居た、という訳だ。
初めは幽霊じゃないかと、ドキドキしていたんだけど、普通に女の子だった。
んで、どうにか泣き止ませようとして、いつも持ち歩いてる石を見せた。
女の子は予想以上に石に興味を持ってくれて、涙もすぐに止まった。
後は、親を探すだけだけど、また泣かれるのも嫌だなと思って、それになんだかそうするのが一番良い気がして石を女の子にあげた、巾着ごと。
その後、女の子の両親はすぐに見つかって、お別れをして、俺は約束の楠の下へ。
母さんに怒られはしたけれど、まぁ、楽しいお祭りだった。
その年以降も、何度か秋祭りには行ったけれど、結局あの女の子には一度も会えなかった。
そして今、あの時の石が目の前にある。
わかるだろうか、あるはずがない物が目の前にある驚きを。
前日にしこたま酒を飲んで起きた朝、水を飲もうと開けた冷蔵庫に、何故か冷え冷えのテレビのリモコンがあった、そんな驚きだ。
まぁ、わからないか⋯⋯。
似た石じゃないか、そう思うだろう?俺だって初めはそう思ったさ。
でも母さんが縫ってくれた巾着袋まで、結構ボロボロになっているけど丁寧に並べられているとなったら疑う余地は無いだろう。
「お待たせ、コーヒー淹れたよ?」
「あ、あぁ、ありがと」
昨日からバタバタと、部屋の掃除に荷物の整理と忙しくしていたから気が付かなかった。
飾り棚の一角に丁寧に並べられた、所謂、鉱石と呼ばれる石たち。
水晶を初め色々な石がある中、俺の目に止まったのは、そう、かつて御守りにしていた水入りアメシストのポイント。
「これ」
「うん?あぁ、それね。凄いボロボロになっちゃったんだけど、『いつまでも捨てられないもの』ってやつで」
「こんなにボロボロなのに?」
多分、石のせいで擦れて穴が空いたんだろうな、あて布をして縫われたり、刺繍で穴を塞いだりしていたようだ。
それも一回や二回どころの話じゃない、まぁ、紐は替えられてるけど。
「貰ったものだったし、その子もすごく大事にしていたみたいだから、捨てられなくて」
「⋯⋯誰に貰ったの?」
「うん?⋯⋯名前知らなくて。六歳の時だったかな、母方の祖母の家に行った時に近所でお祭りがあって、私迷子になっちゃったんだよね。で、暗いし周りは知らない人ばっかりだしで泣いてたら、男の子が声を掛けてきてくれて、自分の宝物見せてやるって、見せてくれたのがこのアメシスト。夜で暗かったんだけど、屋台や提灯の光とか篝火とか、そういうものを全部キラキラ跳ね返していて、すごく綺麗だったんだ。そしたらその子、くれたの。石と巾着を。御守りだから持ってるといいって。『きっと君を幸せにしてくれるよ』って言って」
えっ、待って、それは記憶にないぞ、俺。
「またお祭りで会おうねって約束したんだけど、そのあと私父の仕事の関係でオーストラリア、アメリカ、イギリスと海外回っていて、日本に戻ったのは六年前で、今会ってもお互い分からないと思うな」
あ、そりゃ会えるはずも無いよね、日本に居なかったなら。
でも、祭りじゃないけど、こうして再会して夫婦になれた。
これは、運命ってやつだ。
「これさ、水が入ってるの、知ってる?」
「えっ?」
「ほら、ここ。気泡が動くんだけど、これが水が入っている証拠ね。光に当てて、この気泡が動くのを見るのが好きでさ、暇があればずーっと見てて、よく母さんに怒られたよ」
「えぇ?」
「捨てられてなくて良かった。大事にしてくれてありがとう」
「ふぇ?」
「え、ちょっと待って、何で泣いてるの?」
「だ、だってぇ、うぅ」
泣きやんだ君が、初恋だったと教えてくれた時は、すごく嬉しかった。
だから俺も、と思ったけれど、やっぱり恥ずかしいから教えない。
あの後、君の来ないお祭りでいつも一人あの場所で、君を思いながら待っていた事は。
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(´-ι_-`) 水入りはロマンです。
8/18/2024, 1:35:02 AM