真岡 入雲

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【お題:鳥のように 20240821】

「いち、にぃ、さん、しぃ⋯⋯」

眩しく太陽の光を跳ね返す波間を、白い軌跡を残しながら漁船が通り過ぎていく。
港の見える高台にお誂え向きに置かれている双子石に腰掛けて、香織はスマホの画面に映った四角い枠を数えていた。
足をブラブラと揺らしながら、真剣な目をして数えるそれは、拓也が島に帰ってくるまでの残りの日数だ。
今年の夏は台風の所為で、拓也は帰って来れなかった。
『ごめんね』と、画面の向こうで謝る拓也に、香織は『仕方が無いよ』と笑顔で答えた。
だって台風の所為なのだ、拓也が悪いわけじゃない。
悪いのは、最近テレビでよく言われている異常気象だ、うん、きっとそうだ。

「100日以上あるなぁ⋯⋯」

中学を卒業して、本土の高校へ通うため家を出たのは、もう、10年も前になる。
本土のおばさんの家から3年間高校へ通い、そして東京の大学にも通わせて貰った。
大学卒業後は、東京で就職の予定だった。
両親もそれで構わないと言ってくれていたから。
内定も決まって、3ヶ月後には入社、という時に母が倒れた。
内定はお断りして、母の介護と家の手伝いをすることにした。

「最後に会ったのは、正月だったから⋯⋯ほぼ1年かぁ」

拓也とは、大学で再開した。
3つ年上の近所のお兄ちゃんでしか無かった拓也が、素敵な男の人に見えた。
拓也は院まで進んだので大学の約3年間は、比較的会える状態だった。
どちらかの家でご飯を食べて、レポートを書いて、そんな日々を過ごした。
拓也が就職してからは、平日はなかなか会えなかったが、休みの日は一緒に過ごした。
香織が島へ戻る時、拓也は出来るだけ島へ帰るからと言い、香織の左手の薬指に指輪を嵌めた。
島へ渡る船の中で、香織は嬉しくて泣いた。

「会いたいな」

今は色々と便利で、スマホ1台あれば顔を見て会話することが出来る。
父親や母親の時代にはスマホなどなく、電話も通話料が高いため長くは話せなかったと聞いた。
専ら手紙のやり取りだったと、母親が父親と交わした手紙の束を見せてくれたことがあった。
それを見た時、少しだけ羨ましいと香織は思った。
スマホやLINE、メールなど便利ではあるが電子データで、形としては残らない。
写真もプリントアウトすることは可能だけど、画面でみられるから印刷することは稀だ。

「私も空飛べればなぁ」

渡り鳥の群れがはるか上空を飛んでいく。
大きな翼を広げて、最小限の羽ばたきで。
海も山も家もビルも全てを飛び越えて、自分達の目的の場所まで脇目も振らずに飛んでいく。
あんな風に、鳥のように自分も空を飛べれば、好きな時に拓也の元に行けるのに。

「⋯⋯⋯⋯そっか。そうだよ!」

拓也が帰ってくるのを待つと、あと3ヶ月以上会えない。
ならば、自分が会いに行けばいい。
母親の介護があるから、あまり長い間家を空けられない。
けれど、週末の拓也の休みに合わせた2日くらいならどうにかならないだろうか。
香織は立ち上がると、サッと踵を返し愛車に跨る。
ピンクと白の2色で彩られた、可愛いスクーターだ。
島に帰ってきて直ぐに購入したもので、『ピーチ号』と名前まで付けている。
エンジンを回して、軽い排気音を響かせながら緩やかな下り道を走る。

父親と母親に相談をして、OKが貰えたら拓也に連絡をしよう。
LINEやメールではなく、手紙にしよう。
あぁ、でも予定は早めに把握しておかないといけないから、拓也にそれとなく探りを入れようか。
それから、拓也と会えたら写真をいっぱい撮ろう。
そしてプリントアウトして、部屋にたくさん飾ろう。
もっともっと会いたくなるかも知れないけれど、その分会えた時の喜びも増すだろうから。

「よーし、目標ができた!頑張るぞー!」

真っ直ぐな黒髪をなびかせて、香織は島の道路をスクーターで走る。
目指すは父と母がいる自宅。
島の南の斜面で膨大な量のオリーブの木を育てている、自慢の実家だ。
オリーブの他にもレモンや柑橘類も育てているので、収穫時期は猫の手でも欲しい程だ。
でも再来週末は予定がなかったはずだから。

まだ何も決まっていないし、まだ先の話だけれど香織の胸は高鳴っている。
半年以上ぶりに、拓也と会えるかもしれないその時を思って。
あの渡り鳥の群れはもう既に島から遠く離れ、眼下に海しか見えない場所をひたすらに南下しているだろう。
その先に何があるのか、どんな島、いや陸地を目指しているのか分からないが、香織は彼らに心の中で礼を言う。
拓也に会いに行こうと思わせてくれたのは、他でもない彼らだったから。


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(´-ι_-`) プリントアウト、してこようかな。

8/21/2024, 4:22:24 PM