真岡 入雲

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7/23/2024, 1:57:08 AM


もしも、タイムマシンが、あったなら⋯⋯?

これはあれか?
過去に戻って青春をやり直したいとか、未来に行って競馬の万馬券を確認して、過去に戻って当たり馬券を買って億万長者になりたいとか、そんな感じの回答を期待されていたりするのかな?

うーん、まぁ、何て言うか、いまいち惹かれないねぇ。

自分の意思で過去や未来に行くよりも、自分の意思と関係なく過去や未来に飛ばされる方が運命感があって良くない?
その他大勢じゃなくて、主人公になれた気がするし。
タイムマシンだとその他大勢のままだし、色んな制約があって結局楽しめないようなイメージがあるしなぁ。
ほら、歴史が変わるようなことはしちゃダメだとか、その時代の自分に会ってはいけないとかさ。
まぁ、タイムスリップしている時点で歴史が変わってる可能性はあるけどな。
あ、いやそれすらも織り込まれた状態で、歴史が紡ぎ出されている可能性もあるのか。
でもなぁ、どうせ時間を移動するなら、なんの縛りもなく自由にその時代を生きて死んでいきたいよなぁ。

なんて画面の向こう側の皆に言ったら、夢がないとか、そういうことじゃないとかコメント入れられた。
皆、厳しいな。

うん?やり直したいこと?

今朝焦がしてしまったトーストを、もう一度焼き直したい、とか言ったらまた色々コメントが入った。

いや、マジ、超人気のパン屋のホテルブレッドなんだけど奇跡的に買えたんだって。
いつも売り切れで全然買えなくて、でも昨日ダメ元で行ったら2枚入の1袋だけ売ってて、即買いしたね。
夜に1切れ食べて、いや、ほんとマジで美味かった。
ふわふわのもちもちで、バターのいい香りがこれでもかってほど部屋中に充満して、朝これ食べたら1日幸せだァとか思って、朝の分に1枚残してさ。

え?何で焦がしたかって?

俺、猫飼ってるんだよね。
あ、うん、マンチカンのメスで梅子さんって言うんだけどさ。
名前が可愛い?ありがとう。
梅子さんはもっと可愛いよ。
今度、配信に出してって?
梅子さんの気が向いたらね。
今?今は、寝てるよー。
あ、そうそう、それでトースト焼いている時に梅子さんがコップ倒しちゃって、牛乳が零れてさ。
丁度パソコン開いてたから、もう大変よ。
パソコンもだけど、梅子さんも牛乳まみれでパニック起こして、そこいらじゅう走り回るしで。
で、気がついたら貴重なホテルブレッドが真っ黒という悲劇⋯。

「ポップアップトースター?」

あー、持ってる。
あの、ガシャンって出てくるやつでしょ?
あれねぇ、ホテルブレッドが厚くて入らなかったんだ。
厚切りのパンって幸せ感じるよね。
でも今朝は運が悪かった。
え?昨日のホテルブレッド買えたので運を使い果たした?
マジか⋯そうなると俺の運勢は⋯。

皆、オラに運を分けてくれw

おぉ、皆、優しい。
ありがとう、本当にありがとう。

うん、やっぱりタイムマシンとかいらないなぁ。
俺は皆とこうやって話せるだけで幸せだし。
タイムマシン使って、今のこの時間が無くなったりしたら嫌だからさ。
それに俺、時間旅行より、世界旅行をしたい派だし。
え?国内旅行派?
国内旅行もいいよなぁ、温泉にゆっくり浸かってのんびり心の洗濯とかなぁ⋯⋯、おっと、意識飛ぶとこだった。

んじゃ、次の質問は〜⋯⋯


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) ガーリックフランスが好物です。



7/22/2024, 3:22:07 AM


「えっ!嘘だろう⋯マジかぁ⋯」

会社からの連絡メールを確認中に、スマホの画面が突然真っ暗になった。
電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わず、再起動してみてもしばらく振動した後、ピクリとも動かない。
慌ててモバイルバッテリーを挿してみるが、効果は薄そうだ。
何せ、つい一時間前まではフル充電だったのだから。

見上げれば夏空。
濃い青色の空に、白い厚みのある雲が浮いている。
辺り1面の水の貼った田んぼには青々とした水稲が生え、時折吹く風にさわさわと音を鳴らして遊ばれている。
こめかみを伝って落ちてくる汗を手の甲で拭う。
まだ九時前だと言うのに、気温はぐんぐん上昇し陽射しは肌を刺すほどに強い。
おかしいな、ここは日本でも北の方、冬になれば雪が多く降り積る地域だ。
夏は、東京に比べれば涼しいはずではないのだろうか?
それにしても⋯⋯。

「はぁぁ、どうしよう」

見渡す限りの田んぼ。
所々に家もあるし、道路も通ってる。
事実バスを降りてから15分ほど、その道路を歩いて来たのだ。
問題なのはその間、たった一人の人間ともすれ違っていないということ。
まぁ、車とはすれ違ったが。
取り敢えず、約束の時間まで残り25分。
記憶にある地図を頼りに歩くしかない。
それにしても、色々と話には聞いていたけれど、田舎は本当に車がないと不便なんだと実感する。
本来であればタクシーを使う予定だったのだが、駅前にタクシーがおらず、駅員に確認したところ昨今の人手不足もあり、今タクシーは1台しか運行されておらず、ほぼ予約で埋まっているため対応は無理だろうとの事。
それでバスに乗ったのだが、そのバスも目的地までのルートはなく一番近いバス停で降りて、そこから徒歩30分ほど掛かるという不便さ。
これなら、年をとって反射神経が鈍って運転が危なくなっても免許返納に二の足を踏むその気持ちが痛いほどわかる。

「えーと、多分この辺り⋯⋯、あ、あった」

今まで歩いてきた道路から横に逸れるように接続している、車がすれ違うのがやっとと言うほどの幅の道。
その角の所に『鏡池神社』と書かれた石柱が建っていた。
石柱のところで立ち止まり写真を⋯と思いスマホを取り出しはたと気付く。

「あー、⋯そうだ、確かデジカメ持ってきたはず⋯」

背中に背負ったリュックから、だいぶ前に購入した私物のカメラを探す。
ついでにタオルと飲み物も引っ張り出す。
恐る恐るカメラの電源を入れると、待ってましたとばかりに、元気に起動した。
最近はスマホのカメラ性能が劇的に向上し、このカメラの出番もめっきりと無くなった。
入社して初めて貰ったボーナスでちょっとばかり奮発して購入した、コンパクトカメラ。
本当は一眼レフが欲しかったのだが、手が出せなかった。
それでも当時、吟味に吟味を重ねて買った大切なカメラだ。
個人旅行の時や、今回みたいな地方への出張などには大抵一緒に連れていく。
石柱のアップと引いて石柱を入れた構図で何枚か撮り、カメラを肩掛けのバックに入れる。
水分補給をして、タオルを首にかけリュックを背負い目的地に向かって歩き出す。
一歩一歩と進んでいくと、涼やかな風を感じるようになった。
道は一面田んぼだった世界から、集落を囲む山の一つへと続いている。
山に近づくにつれ気温が少しずつ下がり、山の麓に着く頃には吹く風がだいぶ涼しく感じられた。

「ははは⋯」

道は山の突き当りで、左に大きく曲がっている。
正面には石で作られた鳥居が間隔を置いて二つ設置されている。
一つは道が曲がる所に、もうひとつは山を少し入った所にありその間には砂利が敷き詰められている。
木々により日が遮られた薄暗い2つ目の鳥居の先、そこに長く続く階段を見つけ笑いが込み上げた。
神様はとことん、俺に試練を与えたいらしい。
お辞儀をして鳥居を潜り、一つ息を吐き出す。
気合を入れて顔を上げ、1段目の階段を上り始めた。


「ご連絡をいただければ、お迎えに参りましたのに」
「い、いえ。お手を煩わせるわけには⋯」
「てっきりお車で来られるのかと思っておりました。驚きましたでしょう?こんな辺鄙な所で」
「あ、いや、まぁ」

息を切らし、階段を上りきった俺を待っていたのは一人の女性だった。
ここの神社の神主さん奥様だというが、随分と若い気がする。
神主さんは60手前だと聞いていたのだけれど、どう見ても20代に見える。
下手をすれば10代でもいけるかもしれない。
いただいた冷たい麦茶を飲んで、俺は息を整える。
ここは山の中腹より少し下にある社殿。
隣には白壁に囲まれた純和風の屋敷が建っていて、お二人はそちらに暮らしているという。
神主さんは今急用で、街まで出ており俺は神主さんの戻り待ちだ。

「鏡池の事をお調べになられていると聞きましたが」
「あ、はい。今度神秘的な池の特集を組もうと思っていまして、その下調べになるのですが」
「左様でしたか。もうすぐ戻って来ると思いますが、そうですね。資料などお持ちしますので、少々お待ちください」

そう言うと奥さんは部屋の奥へと入っていった。
残された俺はと言うと、窓から見える景色に目を奪われていた。
田舎と言えど、駅がある付近はそこそこ栄えており、昨夜泊まったホテルもWiFi完備の近代的な造りだった。
客室数は少なく、宿泊者も多くはなかったようだが設備としては申し分なく、すぐ隣にはコンビニもあり、駅から徒歩1分で一泊素泊まり五千円を切るのだからリーズナブルだ。
また周辺に商店街やスーパー、それにオフィスビルっぽいものも見かけた。
ただ今いるこの辺りはその駅のある、いわゆる市街地から離れ山一つ隔てた場所にある。
故にこの場所から見える景色は、時代を一つ二つ戻ったようなそんな気にさせる。
近代的な建物は何一つなく、青々とした田んぼが広がり、所々に昔ながらの瓦屋根の家が建っている。
都会育ちで田舎とは無縁の人間なのに、郷愁の思いに浸っていると車のエンジン音が聞こえてきた。
隣の屋敷に止まったらしく、エンジン音が止まると共にドアの閉まる音がし、パタパタとこちらへ走ってくる音がした。

「あ、すみません。お待たせしてしまって」

勢いよく部屋に入ってきたのは、自分と同じ年頃の男性だった。
服装もハーフパンツにTシャツと、街中にいる若者と変わらない。

「えっと、あの」
「あ、ここの神主をしています、加賀美と申します。東京から来た冨野さんですよね?」
「あ、はい。そうです」

あれ?60歳くらいの方だって聞いてたんだが?

「いやぁ、鈴置の婆ちゃんにエアコンが動かないって呼ばれてしまって」
「エアコン、ですか?」
「この人もともと電気屋で働いていたので、ご近所さんからよく連絡が来るんです」

数冊の本を手に戻ってきた奥さんが、テーブルの上に本を広げながら言う。

「簡単な故障なら直せるし、そうじゃなければ古巣に連絡すればいいんで。今回は後者でしたが」
「そうなんですね。あの⋯」
「はい?」
「失礼ですが、こちらの神主さんは60歳くらいの方だと聞いてきたのですが、その⋯」
「あぁ、多分それ親父のことですね。去年俺が引継いだんです」

聞けば、昨年の今頃に倒れ半身が不自由になってしまったのだと言う。
それを機に息子である加賀美さんにここの神主を引継いだとか。

「それで、鏡池の事を知りたいんでしたね」
「はい」
「じゃぁ、簡単に説明をしてから、実際に見た方がいいかな」
「えぇ、その方がよろしいかと」
「ではまずこれから説明しますか」

そう言って、加賀美さんは奥さんが持ってきた本の中から絵本を取りだした。


「これが鏡池⋯⋯」

目の前にあるのは池と呼ぶには大きく透き通った水を湛えた場所だった。

「正確には池ではなく湖に分類されるらしいです。水深は15mくらいじゃないかって言う話ですが、正確なところは不明ですね」
「それはこの下が洞窟だから、ですか?」
「はい。前に一度調査に入ったらしいんですが、あまりにも複雑で危険を伴うので中止になりました。それ以降は調べていませんね」
「ここは普段立ち入り禁止、なんですか?」
「えぇ、禁足地にしています。先ほど説明しましたが、過去に何人かここで行方不明になっているので。子供が落ちたりすると大変ですしね」
「そうですか⋯⋯」

これだけ綺麗であれば、良い観光地になるのにと思ってしまう。
そして禁足地であれば、特集記事にするのは厳しいだろう。

「わざわざ来ていただいたのに、申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそお忙しい中ありがとうございました」
「あぁ、そうだ。折角だから、ちょっとこちらへ」

そう言って案内されたのは、今までいた場所の反対側。
大小様々な岩が円を描くように配置されている。
不思議なことにこの場所だけ底が浅いようで、白い砂が敷き詰まって中央からこぽこぽと水と空気が湧き出ていた。

「ここは?」
「手鏡池、と呼んでますね。ここで神に願うと一度だけその人の人生に必要なものを映し出してくれるそうです」
「え?」
「私の場合は妻が映りました。どうです、やってみますか?」
「⋯⋯なんだかちょっと怖いですね」
「そうですか?因みに親父は車が映ったそうです」
「車?」
「はい。その時一番欲しいものだったらしいんですが、買うのに躊躇していたそうで」
「で、買われたんですか?」
「えぇ、買って母をナンパして捕まえたと言っていました」

今一番欲しいものは⋯スマホだけど、それが映し出されたら嫌だな、とか考えていると加賀美さんが手鏡池に手をさし入れた。

「必ずしも映し出されるわけではないんです。私も子供の頃からやっていましたが、映ったのは3年前ですから」
「なるほど」
「今回映らなくても、また来た時に試してみればいいんです。いつでも来てください。お待ちしてますから」
「はい」

俺は加賀美さんに言われるままに、手鏡池の縁に立ち目を閉じた。
三度自分の名前を唱え、同じく三度、深くお辞儀をする。
そして、柏手を三度打って、静かに目を開き手鏡池を覗き込んだ。


「それでは、また。来られる際にはご連絡ください。駅まで迎えに参りますので」
「ありがとうございました。お伺いする時には、ご連絡差し上げます」

駅のロータリーから去っていく白色の車を見送って、俺は踵を返す。
先ずは公衆電話を探して会社に連絡を入れなければ。
それから次の目的地に行く前に携帯ショップに寄って、スマホの状態を確認してもらって。
頭の中で今後のスケジュールを組み立てる。
次の取材先はここから西に向かって二時間の電車の旅だが、スマホが無いことには色々と不便すぎる。
ほんの少し前はスマホなんかなくて地図を片手に歩いたものだ、と編集長がボヤいていたのを思い出す。
一度便利を手にしてしまうと、その有難味を忘れがちになる。
スマホも然り、車も然り、家電も然り、コンビニも然り。

「あ、あった!」

駅構内を歩き回ること10分、やっとの思いで公衆電話を見つけた。
携帯電話が流通し、ほぼ1人1台持つようになったためか、公衆電話の数は激減している。

「えーと、会社の番号は⋯⋯、あぁぁ、覚えてない、そうだ、名刺、名刺」

やっとの事で会社に連絡を入れ、次の目的地までの電車の時間を確認する。
出発まで37分、携帯ショップは、近くに⋯⋯あるのか?
駅員に聞いてみると携帯ショップは駅から徒歩20分、バスでも10分かかるらしい。
つまり、携帯ショップも車で来店することを前提とした場所に建てられているとのこと。
なので駅員のオススメは、ここから6駅先の大きな駅の駅ビルの中にあるショップ。
途中下車にはなるが、背に腹はかえられない。
俺は駅員に礼を言って改札を通り、ホームのベンチに腰を下ろした。

「はぁぁ、疲れた」

結局、手鏡池には何も映らなかった。
怖いとか言っていた自分が情けなくも感じるが、これでよかったのかも知れない。
また、ここに来る口実ができたから。
今度は、スマホは2台用意しよう。そうすれば1台が故障しても大丈夫だ。
そして今一番欲しいのは、一眼レフのカメラ。
あの綺麗な鏡池、そしてそこからの景色を撮りたい。
スマホのカメラでもなく、長年の相棒のコンパクトカメラでもなく、昔からのあこがれの一眼レフカメラで。
技術とかそういうのはまだ無いけれど、気持ちだけは十分に詰まったいい写真が撮れると思うから。


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 長くてごめんなさい。

7/21/2024, 3:57:22 AM


カーテンの隙間から差し込む光の所為で、心の深いところで微睡んでいた意識が強制的に浮上させられた。
ベッドサイドに置いていたスマホを探し出し、電源ボタンを軽く押し込むとぼんやりとした灯りと共に、【04:13】と数字が表示された。

朝と呼ぶには早すぎる時間。
自身の身体に乗っている腕をゆっくりと下ろし、同じベッドに横たわる人間の眠りを妨げないように静かにベッドを降りた。
そっとカーテンの隙間を覗く。
まだ眠っているはずの街の通りを一匹の猫が歩いている。
少し歩いては立ち止まって辺りを見回し、暫し佇んでまた歩き出す。
その後ろ姿は、何か大切なものを探しているような、ただ自分のナワバリのパトロールをしているだけのような、又は何も考えていないような、それでいて何処か誇らしげに見えるのは、彼か彼女が生きるということに精一杯だからだろうか。
野良猫であるなら、彼か彼女には名前はないのだろう。
それでも、猫として、個として正々堂々と生きている。
そんな姿が少しだけ、ほんの少しだけ羨ましいと思った。

乾いた喉を潤すため部屋を出て、キッチンに向かう。
一人暮らしには大きい冷蔵庫を開け、中からよく冷えた水を取り出す。
青い硝子のコップに注いだ水は、薄暗い部屋の中でもキラキラと輝いていた。

関係を持つようになって、既に5年の月日が経った。
3年付き合った男に、『自分より稼ぎのいい女はプライドが許さない』的な事を言われ別れた直後、たまたま入ったBARで会った男。
最初は成り行きで、誰でもよかった訳では無いが意気投合したのが一番の理由。
それから、時折BARで会って一緒に飲んで、ホテルに行って一緒に朝を迎えて。
半年も経たずに、自分の部屋で朝を迎えるようになった。

この関係が、倫理に反している事は言われなくてもわかっていた。
彼は決して私の名前を呼ばない。
会えるのは彼から連絡があった時だけ。

「⋯⋯⋯泥棒猫、かぁ」


3日前、仕事帰りに駅の改札を出たところで声をかけられた。
私を呼び止めたのは女子高生、しかも有名な進学校の制服を着ていた。
取り敢えず、近くの行きつけの店に入ることにした。
残業をして、お腹も空いていたし。
個室に通して貰い、料理と飲み物を注文する。
少女曰く、父親と別れて欲しい、と。
その父親というのが誰なのかは言われずともわかっている。
理由を聞けば一言、『泥棒猫』と呟かれた。
まぁ、自覚はあったのでどうということは無く、別れるのも続けるのも自分達が決めることだと言えば彼女は俯いた。
ぽたぽたと零れ落ちる涙に、心が痛む。

でも、ごめんなさい、貴女にはもっと辛い現実が待っている。

彼に私以外の女がいることを知ったのは、関係を持って一年経った頃。
それも1人2人では無い。
けれど同じ数だけ、彼の妻にも男がいる。

1度だけ、とても酔っていた彼が話してくれた奥さんとの馴れ初め。
どちらかと言えば、彼の方が奥さんを愛している。
そして奥さんはそれを承知しているからこそ、何も心配することなく遊んでいる。
そしてもうひとつの重大な事実は、彼が子供を作れない身体であること。
つまりこの少女、そして今、小学二年生の息子くんは遺伝子的には彼の子供では無いということ。

彼は、自由奔放な奥さんが好きなのだと言う。
ただ奥さんの愛は常に彼に向いているわけではない。
それでも夫婦という形で居られるのならば、奥さんのすることに口は出さないと約束し結婚したのだと。
彼が私や他の女を抱くのは、奥さんの代わり。
だからそこに私たちに対する愛情はない。
あるのは奥さんへの愛情だけ。

それに気付くのに2年かかった。

もう、その頃には戻れない所まで私の恋心は育ってしまっていた。
でもそれも、そろそろ終わりにしよう。
私もいい歳になった。
いつまでもアリもしない未来にしがみついていられない。

彼女は知っているのだろう。
自分の両親が世間一般とは異なるということを。
彼女はそれで納得して今日まで来たに違いない。
ただ、自分は良くても弟の事を思えば、両親には普通の親になって欲しいのだろう。
ただ、それは叶えるのがとても難しい願いだろう。

別れ際、私は彼女に連絡先を教えた。自宅の住所も。
それをどう使うかはあなたの自由よ、と言って。
狡い大人で、ごめんなさい。
私に出来るのは、こんなことくらいだから。
でもこれには感謝の意味もある。
私に決心をさせてくれた。


コップの水を飲み干して、私は再びベッドに潜り込む。
すると、もぞもぞと動いて彼が目を開けた。

「 」

酷い人、それは私の名前じゃないわ。
酷く優しい声で、私ではない女の名前を呼ぶ。
酷い大人、成人もしていない子供に、あんな涙を流させて。
次に目が覚めた時、私は彼に言った。

「ねぇ、もう、終わりにしましょう?」

顔は見れなかった。
見れば決心が鈍るから。

「⋯⋯⋯わかった」

たった一言を残し、昨夜脱いだ服を着て貴方は部屋を出る。
酷い人、理由すら聞いてくれないの?

『待って』

言いそうになる自分の口に、手で蓋をする。
カチャ、とドアが開き、朝の清々しい空気が部屋の中に流れ込んできた。
代わりにあなたの存在が私の部屋から去っていく。
静かに閉まったドアは、小さくカチリと音を鳴らしまた元のように外とこの部屋を隔てた。

「⋯⋯ふふっ」

涙と共に笑いが込み上げる。
あの人は最期まで私の名前を呼ぶことはなかった。


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 少女、頑張れよ。


7/20/2024, 1:41:17 AM


不思議とわかる

例えば走行中の電車の中
出入口のガラスの向こう側
友達と笑い会いながら
通り過ぎていく貴方

例えば授業中
校庭を周回している中
遅れ始めた友達の隣で
ペースを合わせて
フォローしながら
並走する貴方

例えば廊下
ずっと向こう
校舎の端と端
友達と肩を組んで
はにかんだ笑みをみせる貴方

例えば雨の昇降口
ごった返す生徒たちの中
土砂降りの空を見上げ
大きなため息をひとつ
走り出そうとした貴方の隣に
傘を持つ友達が一人
顔を見合せて
二人で傘をさして駆けていく

例えば街中
いつもと違う服装
友達と三人で歩く後ろ姿
店先で鞄を手に取り
持ち上げてみたり
肩にかけてみたりしている友達に
別の鞄をオススメする貴方

どうしてだろう
何故だろう
遠くにいても
人混みの中にいても
貴方だけはすぐわかる
私の目は
いつもあなたを映し出す

例えば真夏の夜
夜空に大輪の花が咲く
お祭りの日の神社の境内
私の親友と手を繋ぎ
友達には見せない優しい笑顔で
楽しそうに屋台を廻る貴方

どうしてだろう
何故だろう
貴方と会えて嬉しいはずなのに
親友と会えて楽しいはずなのに
私の心は複雑で
何だか上手く呼吸ができない

私の視線の先にはいつも
友達と笑う貴方がいて
貴方の視線の先には
私の隣で笑う親友がいて

大丈夫
邪魔なんて絶対にしない
ただチョット、苦しいだけ
大丈夫
ずっと前から知っていたよ
ただほんの少しだけ
自分に都合のいい
夢を見てしまっていた

でも、もう暫くは⋯
私の視線の先に
貴方がいることを許して欲しい


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) お話にするには、時間が足りぬ⋯。

7/18/2024, 8:24:19 PM


その日は委員会の仕事が長引いて、教室に戻る頃には夕日も沈みかけていた。
オレンジ色に染まる廊下を、今から帰ると家に着く頃は真っ暗だな、とか考えながら歩いていた。


図書委員が不人気なのは、当番の日の下校が遅くなるからだ。
それでもいつもはもう少し早い時間に帰ることが出来るのだが、今日は違った。
放課後の図書室開放時間も残り5分となった時、3人の生徒が慌ただしく駆け込んできた。
彼らはバタバタと図書室の奥の方へ入って行くと、数冊の本を持って貸し出しカウンターに来た。

「良かった、間に合った」
「ギリギリの時間でゴメンね。どうしても今日、必要だったんだ」
「図書委員の仕事も大変だよね」

と、生徒会の面々が貸し出し処理を行っている私に声をかける。
私は作り笑顔を浮かべながら適当に相槌を入れつつ、手元は慣れた処理を行っていた。
秋に行われる学祭の計画準備に必要とか何とかで、過去の学祭資料が必要だったと話している彼らを他所に、ペアの当番の子が私に挨拶をして図書室を後にした。

「あれ?あの子先に帰っちゃうの?」
「はい。バスの時間があるので。この時間のを逃すと1時間待ちか、バスを降りて30分以上歩く羽目になるそうなので」
「あぁ、それは大変だね。君は大丈夫なのか?」
「自転車なので平気です」

片道9分、それが私の通学時間だ。
実際には登校5分、下校13分で、学校よりも高い場所に建っている我が家への帰り道は緩やかな登り坂が続く。
入学した当初は下校に20分近くかかっていたので、これでも短縮されている。
おかげで太腿が若干発達したように思う、今日この頃。

「そうなんだね、良かった。じゃぁ、気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございます」

彼らを見送って一息つく。
後は残っている人がいないか、忘れ物がないか、窓の戸締り、棚に返し忘れている本はないか等の最終確認を行って、放課後図書の仕事は終了となる、はずだった。
おそらく、あまり借りる人が無い棚でギュウギュウに詰められていた場所の本が、ごっそりと抜き取られた結果、残された本がバランスを崩し流れ落ちたという所だろう。

グラウンドが見える面の窓の鍵が閉まっているのを確認し、遮光カーテンを閉めた瞬間、バサバサバサと音がした。
少しドキドキしながら音のした方に向かうと、埃っぽいような、黴臭いような感じがし、狭い通路に本が重なり合うように落ちていた。
左右の棚合わせて5段分、直すのに1時間弱の時間を要した。


「⋯⋯⋯」

どうしよう。

それが最初に思ったこと。
夕焼け色に染まった教室の窓際の後ろから2番目、私の席に人影があった。
そっと近付くと、すーすーと規則正しい寝息が聞こえてくる。
腕を枕にして、机に突っ伏して寝るその様子は、日中の彼からは想像できない。
色素の薄い髪は天然だと、入学式の翌日、校門で生活指導の先生に捕まった彼が言っているのを見たのが最初。
その後、同じクラスだけど会話らしい会話を交わすことなく今日まで過ごしている。
見た目がそうさせるのかどうか、彼の周りには活発な生徒が集まってくる。
中心にいるのはいつも彼で、彼の周辺はいつも楽しそうだ。
そんな彼が何故私の机で寝ているのかわからない。

あ、睫毛長いなぁ。

彼の切長の目を縁取るまつ毛も髪の毛同様色素が薄い。
クラスの女の子達が話しているのを聞いた限りでは、北欧の方の血が混じっているとか何とか。
だから、という訳ではないが肌も白く彫りも深くバランスの取れた顔立ちをしている。
そして体型も、手足が長く顔も小さいのでモデルでもやっているんじゃないかと噂されている。

あ、ホクロだ。

耳の後ろ、生え際との境目あたりに、小さいホクロがある。
それも等間隔に3つ並んで。
何だろう、ちょっと楽しいかも。
人の顔をこれほど間近で観察できることはまずないから、と、好奇心が勝ってしまったのがいけなかった。


すごいなぁ、肌綺麗。
ニキビとか全然見当たらない。
へぇ、眉毛も色、薄いんだ。
ほぅ、やっぱり瞳の色も薄いなぁ。
あれ?少しブルーグレー入ってるのかな?
あれ?肌の色がほんのり赤くなってる?
夕焼けのせい?

「⋯⋯⋯⋯あんまり近くで見られると、流石に恥ずかしいんだけど」
「⋯⋯⋯へっ?」

むくりと起き上がった彼に対して、私は一歩後ずさった。

「これ、君のだよね?」

そう言った彼の手に乗せられていたのは、私の自転車の鍵。
父がくれたとある市のマスコットキャラクターのキーホルダーが着いている。
世間的には気持ち悪いと言われてはいるが、私個人としてはこの気持ち悪さがたまらない。
ただ一般的に、賛同を得るのが難しいことも知っている。

「そ、デス」

突然の出来事に動揺しまくりの私は、そう口にするのが精一杯で、そんな私を見て、彼は肩で笑っている。

「駐輪場で拾ったんだ。こいつが着いてたから君のだと思ったんだけど、間違いじゃなくて良かった」

私が無言で首を縦に振ると、彼は自転車の鍵を差し出した。
私が鍵を受け取ると。立ち上がって大きく伸びをする。

「アリガト、ございます」

首をコキコキと鳴らして、彼は廊下側の1番後ろの自分の席へと歩き出す。

「委員会の仕事だって聞いてさ、少ししたら戻って来るかなって思って待ってたら、いつの間にか寝てた」
「あ、ハイ」
「まぁ、さすがに目が覚めた時に、顔をジッと見られてたのには驚いたけど」
「え、あ、ご、ゴメンなさい。つい⋯」

綺麗だったから

の、言葉は呑み込んだ。

「いいよ、俺も君の席で寝ちゃってたしね。じゃぁ、お先に」
「あ、はい、気を付けて」

彼が挙げた右手に返すように、私も手を挙げてヒラヒラと振る。
そして手の中の自転車の鍵をじっと見る。
この皆に気持ち悪いと言われるキャラクターが着いている鍵のおかげで、彼と話すことが出来た。
これはやはり、私にとって幸運のマスコットなのではないだろうか?

「あ、そうだ」
「ひゃいっ」

教室の出入口から身体半分だけ覗かせた彼が、家の鍵らしきものに着いているキーホルダーを振ってみせる。
そこには私のキーホルダーと同じものが着いていた。

「俺もこいつ好きだよ。でも、皆には内緒な?」

そう言って、彼は去っていった。
パタパタと廊下を走る靴音を残して。
再度手の中の鍵を見つめる。

「内緒⋯⋯」

同士がいた嬉しさと、彼がこのマスコットを好きな事を私だけが知っているという優越感で、その日私は下校タイム10分と言う記録を打ち立てた。
まぁ、次の日筋肉痛で苦しむ事にはなったんだけどね。



━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 甘酸っぱいのも、スキです。

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