真岡 入雲

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その日は委員会の仕事が長引いて、教室に戻る頃には夕日も沈みかけていた。
オレンジ色に染まる廊下を、今から帰ると家に着く頃は真っ暗だな、とか考えながら歩いていた。


図書委員が不人気なのは、当番の日の下校が遅くなるからだ。
それでもいつもはもう少し早い時間に帰ることが出来るのだが、今日は違った。
放課後の図書室開放時間も残り5分となった時、3人の生徒が慌ただしく駆け込んできた。
彼らはバタバタと図書室の奥の方へ入って行くと、数冊の本を持って貸し出しカウンターに来た。

「良かった、間に合った」
「ギリギリの時間でゴメンね。どうしても今日、必要だったんだ」
「図書委員の仕事も大変だよね」

と、生徒会の面々が貸し出し処理を行っている私に声をかける。
私は作り笑顔を浮かべながら適当に相槌を入れつつ、手元は慣れた処理を行っていた。
秋に行われる学祭の計画準備に必要とか何とかで、過去の学祭資料が必要だったと話している彼らを他所に、ペアの当番の子が私に挨拶をして図書室を後にした。

「あれ?あの子先に帰っちゃうの?」
「はい。バスの時間があるので。この時間のを逃すと1時間待ちか、バスを降りて30分以上歩く羽目になるそうなので」
「あぁ、それは大変だね。君は大丈夫なのか?」
「自転車なので平気です」

片道9分、それが私の通学時間だ。
実際には登校5分、下校13分で、学校よりも高い場所に建っている我が家への帰り道は緩やかな登り坂が続く。
入学した当初は下校に20分近くかかっていたので、これでも短縮されている。
おかげで太腿が若干発達したように思う、今日この頃。

「そうなんだね、良かった。じゃぁ、気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございます」

彼らを見送って一息つく。
後は残っている人がいないか、忘れ物がないか、窓の戸締り、棚に返し忘れている本はないか等の最終確認を行って、放課後図書の仕事は終了となる、はずだった。
おそらく、あまり借りる人が無い棚でギュウギュウに詰められていた場所の本が、ごっそりと抜き取られた結果、残された本がバランスを崩し流れ落ちたという所だろう。

グラウンドが見える面の窓の鍵が閉まっているのを確認し、遮光カーテンを閉めた瞬間、バサバサバサと音がした。
少しドキドキしながら音のした方に向かうと、埃っぽいような、黴臭いような感じがし、狭い通路に本が重なり合うように落ちていた。
左右の棚合わせて5段分、直すのに1時間弱の時間を要した。


「⋯⋯⋯」

どうしよう。

それが最初に思ったこと。
夕焼け色に染まった教室の窓際の後ろから2番目、私の席に人影があった。
そっと近付くと、すーすーと規則正しい寝息が聞こえてくる。
腕を枕にして、机に突っ伏して寝るその様子は、日中の彼からは想像できない。
色素の薄い髪は天然だと、入学式の翌日、校門で生活指導の先生に捕まった彼が言っているのを見たのが最初。
その後、同じクラスだけど会話らしい会話を交わすことなく今日まで過ごしている。
見た目がそうさせるのかどうか、彼の周りには活発な生徒が集まってくる。
中心にいるのはいつも彼で、彼の周辺はいつも楽しそうだ。
そんな彼が何故私の机で寝ているのかわからない。

あ、睫毛長いなぁ。

彼の切長の目を縁取るまつ毛も髪の毛同様色素が薄い。
クラスの女の子達が話しているのを聞いた限りでは、北欧の方の血が混じっているとか何とか。
だから、という訳ではないが肌も白く彫りも深くバランスの取れた顔立ちをしている。
そして体型も、手足が長く顔も小さいのでモデルでもやっているんじゃないかと噂されている。

あ、ホクロだ。

耳の後ろ、生え際との境目あたりに、小さいホクロがある。
それも等間隔に3つ並んで。
何だろう、ちょっと楽しいかも。
人の顔をこれほど間近で観察できることはまずないから、と、好奇心が勝ってしまったのがいけなかった。


すごいなぁ、肌綺麗。
ニキビとか全然見当たらない。
へぇ、眉毛も色、薄いんだ。
ほぅ、やっぱり瞳の色も薄いなぁ。
あれ?少しブルーグレー入ってるのかな?
あれ?肌の色がほんのり赤くなってる?
夕焼けのせい?

「⋯⋯⋯⋯あんまり近くで見られると、流石に恥ずかしいんだけど」
「⋯⋯⋯へっ?」

むくりと起き上がった彼に対して、私は一歩後ずさった。

「これ、君のだよね?」

そう言った彼の手に乗せられていたのは、私の自転車の鍵。
父がくれたとある市のマスコットキャラクターのキーホルダーが着いている。
世間的には気持ち悪いと言われてはいるが、私個人としてはこの気持ち悪さがたまらない。
ただ一般的に、賛同を得るのが難しいことも知っている。

「そ、デス」

突然の出来事に動揺しまくりの私は、そう口にするのが精一杯で、そんな私を見て、彼は肩で笑っている。

「駐輪場で拾ったんだ。こいつが着いてたから君のだと思ったんだけど、間違いじゃなくて良かった」

私が無言で首を縦に振ると、彼は自転車の鍵を差し出した。
私が鍵を受け取ると。立ち上がって大きく伸びをする。

「アリガト、ございます」

首をコキコキと鳴らして、彼は廊下側の1番後ろの自分の席へと歩き出す。

「委員会の仕事だって聞いてさ、少ししたら戻って来るかなって思って待ってたら、いつの間にか寝てた」
「あ、ハイ」
「まぁ、さすがに目が覚めた時に、顔をジッと見られてたのには驚いたけど」
「え、あ、ご、ゴメンなさい。つい⋯」

綺麗だったから

の、言葉は呑み込んだ。

「いいよ、俺も君の席で寝ちゃってたしね。じゃぁ、お先に」
「あ、はい、気を付けて」

彼が挙げた右手に返すように、私も手を挙げてヒラヒラと振る。
そして手の中の自転車の鍵をじっと見る。
この皆に気持ち悪いと言われるキャラクターが着いている鍵のおかげで、彼と話すことが出来た。
これはやはり、私にとって幸運のマスコットなのではないだろうか?

「あ、そうだ」
「ひゃいっ」

教室の出入口から身体半分だけ覗かせた彼が、家の鍵らしきものに着いているキーホルダーを振ってみせる。
そこには私のキーホルダーと同じものが着いていた。

「俺もこいつ好きだよ。でも、皆には内緒な?」

そう言って、彼は去っていった。
パタパタと廊下を走る靴音を残して。
再度手の中の鍵を見つめる。

「内緒⋯⋯」

同士がいた嬉しさと、彼がこのマスコットを好きな事を私だけが知っているという優越感で、その日私は下校タイム10分と言う記録を打ち立てた。
まぁ、次の日筋肉痛で苦しむ事にはなったんだけどね。



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(´-ι_-`) 甘酸っぱいのも、スキです。

7/18/2024, 8:24:19 PM