夜空に開く
夏の大輪
キミは瞳に映った火の華を
瞼を閉じて封じ込める
散りゆく華に照らされた
紅色の頬に指を這わせ
少し開いた唇に
自分のそれをおしあてる
吐息さえも漏らさぬように
キミの熱を奪い取り
俯くキミの耳元で
小さく愛の言葉を紡ぐ
ワタシの世界に小さく咲いた
脆く儚い繊細な花
枯らさぬように
手折らぬように
世界が終わるその時まで
護り続けることを誓おう
なぁ、頼みがあるんだ
今すぐ家に帰れ、な?
『 』
あぁ、知ってる。
この商談が成功すれば、昇進できるもんな
そしたら、あいつにプロポーズするんだろう?
『 』
付き合って6年になるもんな
前の会社が倒産して、なかなか次が見つからなくて
そんな状態でも見捨てずに支えてくれた
お前にはもったいないくらい、いい女だよな
『 』
あぁ、だから、頼む
今すぐ帰ってくれ
『 』
今日、あいつ仕事休んだよな?お前の誕生日だからって
お前の好きなビーフシチューを1日がかりで作るんだって言って
きっと今頃、作ってる最中じゃないか?
幸せそうな顔してさ
ちょっと、調子の外れた鼻歌なんか歌ってさ
隠し味に味噌入れて……
見たいだろ?
そんなあいつを
聴きたいだろ?
ズレてるのに微妙に耳障りのいい鼻歌を
なぁ頼むよ、お前にしかできないんだよ
今すぐ帰って、温泉にでも連れて行ってやれよ
あいつをあの部屋から連れ出してくれ
なぁ、頼むよ…
お前、後悔するんだぞ
ずっとずっと、生きている間ずっとだ
1週間後、1ヶ月後、3ヶ月後、1年後、5年後、10年後、20年後
そして46年後の今も、こうして後悔してる
昇進なんかどうでもいい!
昇進しなくたって、死にやしない
プロポーズだって今すぐすればいい
お前はお前なんだから
肩書き1つでお前自身が変わるわけじゃないだろう?
お前はあいつを
肩書きがなければ、結婚してくれないような女だと
思っている訳ではないだろう?
『 』
それなら今すぐ帰って、あいつに言えよ
この先の人生、俺にくださいって
そしたらあいつ絶対に
泣きながら笑って、抱きついてくるよ
なぁ、頼むよ………
俺、あいつにプロポーズしたかったんだ
泣き笑いで抱きついてくるあいつを
腕の中に納めてキスしたかったんだ
そうしたら
俺の人生
すげぇ幸せだったと胸を張って言えるんだ
だから、頼む
あいつを------------------- 。
『19時にいつもの店で』
LINEが届いたのは1時間前。
三徹して書き上げた原稿を担当編集に送った直後のことだった。
急いで熱いシャワーを浴びて眠気を追い出し、ボサボサの髪と無精ヒゲを処理する。
クローゼットの中から、先月妹に薦められて買った服を引っ張り出して袖を通す。
それなりに値が張るだけあって、着心地は良い。
財布とスマホを手に家を出て、5分後店に着いた時、彼女は既に1杯目を飲み干した後だった。
「遅い!」
イヤ、まだ19時になってないし…という言葉は呑み込んで、彼女の向かいの席に座る。
突然呼び出されるのは毎度の事。
今の所、俺は彼女からの呼び出しを断ったことがない。
仕事で人と会う予定があったとしても、39度近い熱があったとしても、3日前に転んで足を捻挫していたとしても、だ。
店員にいくつかの料理と烏龍茶を頼んで彼女と向き合った。
2杯目のビールも既にジョッキ半分の勢いでなくなっている。
これは覚悟せねばなるまい。
「ねぇ、運命って何?」
運命、人間の意志を超えて幸福や不幸、悲しみや…って、そういうことを知りたいわけじゃ無いよな。
「何があったんだ?」
店員が運んできた烏龍茶を受け取って一口飲む。
確か、先々月呼び出された時は、新婚旅行はどこに行くのがいいかって、生まれてこの方日本どころか、本州から出た事もない、ほぼ家に引きこもりの34のおっさんに相談してきたんだよな。
まぁ、散々惚気られて俺の心はズタボロになったわけですが。
「……き………た」
「うん?ごめん、聴こえなかった」
そんな睨まれても全然怖くないし、寧ろ可愛いとか思ってしまう所、俺も重症だよな。
まぁ、実際可愛い…いや、美人だしな。
ちょっと吊り目できつい印象は受けるけど、笑うと可愛いし、色白だし胸も大きいし、腰細いしいい匂いするし。
幼稚園の頃から男子に人気あったし、中学に入ってからすぐに彼氏できてたし、大学ではミスコンで優勝もしてたよな。
就職してからも、会社の先輩とか取引先の奴とか街コンで出会った男とかと付き合ってたし、今の男はマッチングアプリで知り合ったんだろ?
えーと確か…3年、いや、4年付き合ってるのか。
次のふたりの記念日、来年春に結婚するんだって言ってたよな、薬指にはめた指輪見せびらかして。
お陰様でその時の原稿、書き直し喰らいまくったわ。
んで、式場とか見て回って場所探ししてるって……、ん?指輪が無いな、そう言えば。
「浮気してた」
「お前が?」
「違うわよ!あっちが!」
追加で注文したビールが届いた。
それ、3杯目だよな、ペース早すぎじゃないか?
「今日、デートの予定だったの。で、待ち合わせのカフェに行ったら女と一緒にいて…」
そしてそのまま彼女は何も言わず俯いた。
顔を隠すように流れた髪の隙間から、ぽたりぽたりと小さな雫が落ちている。
「知り合いか、誰か…なのかとおもっ…て、そし…た…ら……」
「……うん、そしたら?」
「………妊娠してるって言うのよ!しかももう少しで5ヶ月だって!それにその子22歳なのよ、信じられる?22よ、私達より一回りも下なの。あいつとは15も離れてるのよ?」
「もしかして…」
「そうよ、新入社員よ。教育係として仕事を教えているうちに、とか言ってたけど、入社して2ヶ月で種しこ、もがっ」
咄嗟に彼女の口にサイコロステーキを放りこんだ。
いくら騒がしい居酒屋だからと言っても、お下品な言葉は控えようか。
「あ、このステーキ柔らかくて美味しい」
「それは良かった」
「…可愛い子だったわ。何ていうの、こう、ふわふわしてて、護りたくなるような?」
そういう子に限って腹黒いものだよ。
うん、これはきっと初めから狙ってたんじゃないか。
大手企業の役職付きで、確か親は既に鬼籍に入っているんだったか。
そうなれば、介護の心配もなくて、親が残した家も土地もあるし、超優良物件だよな。
ちょっとこう弱いフリして誘い込んで、1度寝てしまえば後は済し崩し的にってところか。
このサイコロステーキ本当、美味しいな。
このガーリックがきちんと役目を果たして…って、え、もう3杯目飲み終わったの、早すぎる。
次は日本酒って、泊まっていく気だな…はぁ…。
「"僕たちが出会ったのは運命なんだ"とか言って、2人で手を握ってみつめあっちゃったりして、もう、ドン引き。指輪突き返して帰ってきたわ」
「おつかれ。でも良かったんじゃないか、結婚する前で」
「まぁ、そうよね。うん、そういうことにするわ。いい勉強になった!」
「そうだな」
それから1時間もしないうちに彼女は酔いつぶれ、彼女を背負って俺は店を出た。
「おーい、大丈夫か?」
「……ねぇ」
「うん?」
「私って魅力ない?」
「…十分、魅力的だよ」
「でも、22の小娘に負けた……」
「それは…」
「ほら、やっぱり魅力ないんだぁ!」
「ちょっ、暴れるな。落ちるぞ」
足をばたつかせて、あ、ほら、ヒール落ちた。
アスファルトに投げ出されたヒールを拾って、彼女を背負い直す。
ついでにもう片方のヒールも脱がせてしまう。
ヒールに傷がつくと怒られるのは何故か俺で、その度に1足プレゼントさせられる。
「悔しいよぅ…」
「うん」
「辛いよぅ…」
「うん」
「やっと結婚できると思ったのにぃ…」
「……そんなに結婚したいのか?」
「したいぃ、結婚したいよー」
「………なら、俺とするか?」
どうせ、明日になれば忘れてる。
「いいの?」
「あぁ」
「本当に?」
「本当だ」
「じゃぁ、指切り!」
「は?この体勢で?」
「はやく!」
「わっ、暴れるなって、本当に落ちるぞ」
「ゆーびーきーりー!」
「ったく、ちょっと待て……、いいか、絶対動くなよ、ほら」
彼女を背中に乗せたまま少し前屈みになる。
彼女を右手だけで支えて、左の小指を差し出した。
「ゆぅびきーりげんまん♪」
彼女が歌うこの歌を子供の頃はよく聴いた。
何か約束する度に指切りをさせられた。
それは、遊びの約束だったり、勉強を教える約束だったり。
でも、いつの間にかしなくなっていた。
「嘘ついたら、ラムせんぼんのぉます、ゆびきったぁ……」
下戸の俺にラム酒千本飲ませたら死ぬぞ、コラ。
あっという間に規則正しい寝息を立て始めた彼女を背負って、残りの家路を急ぐ。
重くは無いし、体力的にも問題は無い。
あと1時間以上はこのまま背負って歩ける。
けど背中にあたる双丘の柔らかさと、首筋にあたる寝息、そして三徹明けのヤバいテンションの脳ミソのせいで、理性が持たない。
「あー、覚えててくれねぇかなぁ…」
俺の呟きは夜の闇に吸い込まれていった。
身動ぎの音で意識が浮上する
ひとつ、大きな欠伸をして
ぐぐぐっっと少し強ばった躰を伸ばす
カーテンの隙間から見える
四角く切り取られた空は青く
雲ひとつない、"いい天気"だ
乾いた喉を水で潤して
顔を洗い、身だしなみを整える
どこかに出かけるわけではないけど
これは大事なこと
ほわほわと鼻をくすぐる香りを放つマグが
コトン、と小さな音を立てて置かれた
『おはよう』
琥珀色の液体を一口飲んで
ほぅ、とひと息ついた彼に挨拶をする
「おはよう」
素っ気ない一言
でも、すごく落ち着く
私の大好きな声
「明日、明後日は休みだ。今日1日、頑張るか」
そう、言うと冷蔵庫の中から
色々なものを取り出す
卵にトマト、ベーコンとブロッコリーにレタス
あれは、作り置きしていた鶏の照り焼き
うん、美味しそう
冷凍庫から凍らせたご飯を取りだして電子レンジに入れる
その間に食パン2枚をポップアップトースターにセット
卵を割ってかき混ぜて、塩、胡椒で味付け
あ、ほらアレ忘れてる、えーと、何だったかな…んーと、えーと、あっ、そうだ!
『煎りゴマ!』
彼は慌てて煎りゴマを追加して
熱したフライパンに卵を流し入れて…
相変わらず、見事な手つき
魔法のように卵がクルクル巻かれて形になっていく
煎りゴマがいいアクセントになって
味も香りも食感も楽しめる
美味しそうな卵焼きが完成
パチパチパチ♪
『きゃぁっ!』
急に飛び出た食パンにびっくりして
大声出して飛び上がっちゃった
うーん、毎日のことだけど
慣れないのよね、これだけは
ポップアップトースター、苦手だわ…
もう、笑いすぎよ…
目尻に涙溜めるほど笑わなくても良いじゃない
ちょっと、頭撫でないで
くしゃくしゃになっちゃう!
もーっ!
電子レンジで温めたご飯を容器に詰めて
他のオカズも次々に綺麗に詰めて
蓋をしたら、専用のバッグに入れる
焼いた食パンにはバターを塗って
透明なコップに野菜ジュースを注ぐ
いつもの皿に缶詰の中身をあけて
テーブルへと運ぶ
水が温くなっているからって
新しいのと取り替えてくれる
『ありがと』
ちょっ、だから頭をくしゃくしゃにしないでってば
……正直に言います
撫でられるのは嫌いじゃないです
寧ろ好きです
大歓迎です
でもくしゃくしゃにされると
後で直すのが大変なの
朝は忙しくてくしゃくしゃになったの
あなた、直してくれないから…
だから嫌なの
『わかった?』
え?
ご飯食べないのかって?
た、食べるよ!お腹ペコペコだもん
あ、これ美味しい
初めて食べる味だ
何だろう、それなりに食感もあるし
コクというか、深みがあるというか…
味はすごく感じるんだけど濃くないし
しつこくなくて、後味スッキリって感じ
「気に入った?」
『もちろん!』
「そっか、良かった。っと、もうこんな時間だ。急がないと」
彼はバタバタと準備をする
この部屋の外へ行く準備
青い空が黒くなる頃まで
この部屋には私独りだけになる
どんなに鳴いても
返事をしてくれる彼はいない
私の声は誰にも届かない
「じゃぁ、行ってくるね。いい子にしてるんだよ」
重いドアが無機質な音を立てて
彼と私の間を隔てる
「にゃーん」
ここからの長い時間を
独りで過ごすのが私の日常
殆ど寝ているだけだけど
寝ながらいつも希う
早く彼があのドアの向こうから
こちら側へ帰って来ますように…って
混雑する駅前広場
帰宅ラッシュの人混みの中
お目当ての人を見つける
周囲から頭一つ分飛び出てる所為で
とても分かりやすい
比較的人の少ない広場の端で
私は待っている
両手で大きな紙袋を抱え
左側にはひと月前に20歳になった娘
右側には半年ぶりに顔を見せた息子
因みにもう1人の息子は遠い海の向こう側
さて息子よ、仕事が忙しいとか言っているけど
母は知っています
彼女ちゃんと色々な所に旅行していることを
何なら、次の旅行先を京都にするか
福岡にするか悩んでいることも
因みに母のおすすめは新潟です
美味しい日本酒が呑めるから
彼女ちゃんも大満足するはずです
ついでに、婚約指輪はシンプルな方がいいです
ゴテゴテしたのはNGです
石が大きすぎるのもダメです
あと、ダイヤモンドじゃなく
ブルーサファイアがおすすめです
色は濃いめがいいです
でもまぁ、彼女ちゃんなら
どんな指輪でも喜んでくれると思います
だから早くプロポーズしなさい
いつまで待たせるつもりなの?
いい加減覚悟を決めなさい
ん?あら、ごめんなさい
考え込んでて気が付かなかった…
ちょっと、そんなにしょんぼりしないでよ
はいはい、好きですよ、愛してますよ
世界で1番ですよ
軽いって、気持ちが篭っていないって…
「めんどく…あ…」
あー、やっちゃった、失敗した
あー、もうわかってるって
私が悪かった、うん、悪いのは私
だから子供達よ、そんな目で見ないでちょうだい
大体いい大人がちょっと無視されただけで不貞腐れるなんて…
ハイ、ソウデスネー
やります!やりますよ!やれば良いんでしょ!
「ふぅ…」
え、何してるのかって?
気合い入れてるのよ
だって恥ずかしいんだからね
来年には50歳になるのよ、私
それなのにこんなに人の多い所で…
息子、ちょっとコレ、持ってて
思いっきり背伸びして
彼の顔に両手を伸ばす
彼は私に合わせて腰を曲げる
そっと頬に手を添えて
じっ…とその目を覗き込む
あぁ、好きだなぁ…
額にひとつ
右の瞼にひとつ、左の瞼にひとつ
右の頬にひとつ、左の頬にひとつ
鼻の天辺にひとつ
顎にひとつ
ゆっくり丁寧にキスをする
そして最後に唇を重ねる
お返しに今度は彼が私の頬に手を添える
ゆっくりと私に降り注ぐ
少しカサついた彼の唇
……もう良い?機嫌直った?
良かったぁ
「なぁ親父、何でいつも花束なんだ?理由知ってる?」
紙袋の中身を覗き込みながら息子が問う
「結婚の条件だよ。毎年誕生日に花束をくれるなら結婚するっていう。花の色はコバルトブルーに限定されて」
「え、じゃぁじいちゃん、50年ずっと花束贈ってんの?」
「そう。昔は年齢と同じ本数をあげてたけど、30年前くらいに"女の年齢は忘れたフリをするのがいい男よ"って言われて、どうしたら良いか相談された」
「じゃぁ今は適当な本数?」
「いや、結婚してる年数分だよ。今年は丁度50本」
「金婚式だもんな」
お義母さんが好きな薔薇の花束を
50年の節目に贈りたいと
相談されたのが2ヶ月前
品種改良で作られた青い薔薇は薄紫っぽいものばかりで
コバルトブルーの薔薇は人工的なもの
お義父さんは人工的に色付けした薔薇に
難色を示したけど、生花ならとOKを出した
サプライズのために花束は
毎年我が家に送られる手筈になっている
で、それが届いたのが3時間前
『どうしてこの色が好きなんだろうなぁ』
タブレットを見ながら、ぽつりと呟いた背中と
前を歩く男二人の背中が重なる
「そう言えば、母さんもこの色好きだよな」
えぇ、好きですよ
それが何か?
因みに、彼女ちゃんの好きな色も同じですよ
「何で好きなの?」
………嫌よ、絶対教えない
だって恥ずかしいもの
ちょっと娘、笑ってないで助けなさい
あなたも教えて欲しいとか言ってないで
前向いて歩きなさい
あ、ほら人とぶつかるわよ
「あ、おじいちゃん!」
パタパタと走り出した娘が
旦那と同じく周りより背の高い
老紳士にガバッっと抱きつく
互いにギュッと抱き合って
頬を寄せてリップ音を鳴らしている
続いて息子とも抱き合って
旦那とも抱き合って
私…とは旦那の妨害を受け、握手だけ
旦那さま、ちょっと心が狭くはないですか?
私もお義父さんのコバルトブルーを
もっと近くで見たいのですが?
じっーと抗議の目を向けるが
目線を合わせず、知らないふりをしている
コレはあれだ
好きな理由を教えないから
少し拗ねている……
本当に、もう…
「あなたのコバルトブルーが1番好きよ」
小さく耳元で囁いた刹那
顔中にキスの雨が降り注いだ