真岡 入雲

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混雑する駅前広場
帰宅ラッシュの人混みの中
お目当ての人を見つける
周囲から頭一つ分飛び出てる所為で
とても分かりやすい

比較的人の少ない広場の端で
私は待っている
両手で大きな紙袋を抱え
左側にはひと月前に20歳になった娘
右側には半年ぶりに顔を見せた息子
因みにもう1人の息子は遠い海の向こう側

さて息子よ、仕事が忙しいとか言っているけど
母は知っています
彼女ちゃんと色々な所に旅行していることを
何なら、次の旅行先を京都にするか
福岡にするか悩んでいることも
因みに母のおすすめは新潟です
美味しい日本酒が呑めるから
彼女ちゃんも大満足するはずです

ついでに、婚約指輪はシンプルな方がいいです
ゴテゴテしたのはNGです
石が大きすぎるのもダメです
あと、ダイヤモンドじゃなく
ブルーサファイアがおすすめです
色は濃いめがいいです
でもまぁ、彼女ちゃんなら
どんな指輪でも喜んでくれると思います
だから早くプロポーズしなさい
いつまで待たせるつもりなの?
いい加減覚悟を決めなさい

ん?あら、ごめんなさい
考え込んでて気が付かなかった…
ちょっと、そんなにしょんぼりしないでよ
はいはい、好きですよ、愛してますよ
世界で1番ですよ
軽いって、気持ちが篭っていないって…

「めんどく…あ…」

あー、やっちゃった、失敗した
あー、もうわかってるって
私が悪かった、うん、悪いのは私
だから子供達よ、そんな目で見ないでちょうだい
大体いい大人がちょっと無視されただけで不貞腐れるなんて…
ハイ、ソウデスネー
やります!やりますよ!やれば良いんでしょ!

「ふぅ…」

え、何してるのかって?
気合い入れてるのよ
だって恥ずかしいんだからね
来年には50歳になるのよ、私
それなのにこんなに人の多い所で…

息子、ちょっとコレ、持ってて

思いっきり背伸びして
彼の顔に両手を伸ばす
彼は私に合わせて腰を曲げる
そっと頬に手を添えて
じっ…とその目を覗き込む


あぁ、好きだなぁ…


額にひとつ
右の瞼にひとつ、左の瞼にひとつ
右の頬にひとつ、左の頬にひとつ
鼻の天辺にひとつ
顎にひとつ
ゆっくり丁寧にキスをする
そして最後に唇を重ねる

お返しに今度は彼が私の頬に手を添える
ゆっくりと私に降り注ぐ
少しカサついた彼の唇

……もう良い?機嫌直った?
良かったぁ

「なぁ親父、何でいつも花束なんだ?理由知ってる?」

紙袋の中身を覗き込みながら息子が問う

「結婚の条件だよ。毎年誕生日に花束をくれるなら結婚するっていう。花の色はコバルトブルーに限定されて」
「え、じゃぁじいちゃん、50年ずっと花束贈ってんの?」
「そう。昔は年齢と同じ本数をあげてたけど、30年前くらいに"女の年齢は忘れたフリをするのがいい男よ"って言われて、どうしたら良いか相談された」
「じゃぁ今は適当な本数?」
「いや、結婚してる年数分だよ。今年は丁度50本」
「金婚式だもんな」

お義母さんが好きな薔薇の花束を
50年の節目に贈りたいと
相談されたのが2ヶ月前
品種改良で作られた青い薔薇は薄紫っぽいものばかりで
コバルトブルーの薔薇は人工的なもの
お義父さんは人工的に色付けした薔薇に
難色を示したけど、生花ならとOKを出した

サプライズのために花束は
毎年我が家に送られる手筈になっている
で、それが届いたのが3時間前

『どうしてこの色が好きなんだろうなぁ』

タブレットを見ながら、ぽつりと呟いた背中と
前を歩く男二人の背中が重なる

「そう言えば、母さんもこの色好きだよな」

えぇ、好きですよ
それが何か?
因みに、彼女ちゃんの好きな色も同じですよ

「何で好きなの?」

………嫌よ、絶対教えない
だって恥ずかしいもの
ちょっと娘、笑ってないで助けなさい
あなたも教えて欲しいとか言ってないで
前向いて歩きなさい
あ、ほら人とぶつかるわよ

「あ、おじいちゃん!」

パタパタと走り出した娘が
旦那と同じく周りより背の高い
老紳士にガバッっと抱きつく
互いにギュッと抱き合って
頬を寄せてリップ音を鳴らしている
続いて息子とも抱き合って
旦那とも抱き合って
私…とは旦那の妨害を受け、握手だけ

旦那さま、ちょっと心が狭くはないですか?
私もお義父さんのコバルトブルーを
もっと近くで見たいのですが?

じっーと抗議の目を向けるが
目線を合わせず、知らないふりをしている

コレはあれだ
好きな理由を教えないから
少し拗ねている……
本当に、もう…

「あなたのコバルトブルーが1番好きよ」

小さく耳元で囁いた刹那
顔中にキスの雨が降り注いだ

6/21/2024, 6:00:46 PM