冷端葵

Open App
4/20/2024, 12:04:45 AM

もしも未来を見れるなら

 私は未来を見たいと思ったことがない。自分の未来なんて不確定だからこそ生きていこうと思えるし、成し遂げたい夢も成功願望もないので未来の自分が大成していようがいまいが興味がない。そもそも未来の自分は今の自分にとっては他人だ。他人の人生を覗いて自分と同一視することを危懼する気持ちのほうが強い。
 それでももし、目の前に天使か悪魔が現れて、未来を見せてやると言われたらどうだろう。もしも本当に未来を見れるなら、やはり見たくなるものなのだろうか。
 仮に天使が現れたら、私は自分の死に様を見せてもらうかもしれない。若くして逝くのか、天寿を全うするのか。穏やかな死か、藻掻くような死か。ゴールの見えないマラソンのような苦しみは、死に様を知れば軽減されるだろうか。
 しかし仮に悪魔が現れたら、私は死に様を見たいとは言わないと思う。悪い未来を見せられそうで怖いから。代わりに明日の天気とか、あるいは何百億年後の宇宙とか、そういう自分に無害な未来を覗き見て、とっとと悪魔が立ち去ってくれるのを待つだろう。
 こうして考えてみても、ゴールを見たい気持ちはあれど、自分の歩む道には興味がないらしい。もしも未来を見れるなら生きる価値が失われてしまう。それが私の人生観なのだ。

4/19/2024, 8:46:56 AM

無色の世界

 完全なる無色の世界である場合、それは光がない世界ということになるのではないだろうか。ならば光すらも抜け出せない極端な重力を持つブラックホールが、究極の無色の世界ということになるのだろうか。
 しかし、はたと思う。光が抜け出せず、真っ暗に見えるのはブラックホールの外から観測した場合だ。ブラックホールの中心はどうなっているのだろう。
 無数の光の粒子がごく小さな一点に集まって、究極の有色の世界となっているのだろうか。あるいは、それら光の粒子もすべて重力に押しつぶされて、文字通り「何も無い」、何色も存在し得ない世界があるのだろうか。
 実際の「無色の世界」を私達は見ることは出来ない。真の答えは知り得ない。観測できないものを追い求めるその心持ちは如何様だろうか。それでも答えを追い求めることは美学か野暮か、果たしてどちらだろう。
 ……などといったことを、素人が考えてみる。先日新しいブラックホールが発見されたらしい。研究が進んでベールを剥がされた無色の世界が、美しい世界であればいいなと思う。

4/11/2024, 7:54:20 AM

春爛漫

 色とりどりの花が咲き乱れ、風が吹けば花びらを散らす。黄金の光に照らされて、地面は地平線の先まで眩しくカラフルに彩られている。
(春だな)
 花の絨毯の上にそっと大の字に寝そべる。数多の生命が目を覚まし、生の活動を開始する季節。力強く希望に満ちた美しい季節。
(……いや、冬か)
 寝そべった背中がひんやりと冷えているのが分かる。大きく投げ出した指の先を温めるものはない。ゆっくりと目を閉じ、鼓動の音さえない無音の中で、肌を撫でる花びらの感触を味わう。
(永遠の冬だ)
 次第に周囲が暗くなるのが分かった。光も風もなくなって色とりどりの花だけが残る。体を包むような花畑に彩られて、穏やかに微笑むように眠りについた。

3/26/2024, 9:42:38 AM

好きじゃないのに

 好きじゃないからお別れをした。
 一緒にいるのが苦しくなった。毎日のように別れたいと願った。別れるほかにお互いが幸せでいられる道が分からなかった。
 別れを切り出したとき彼は自嘲した。その瞬間彼にとって私は敵になったのだろう。彼には私が見えていないのだろう。別に構わなかった。たった今私たちは赤の他人になったのだから。どんなに嫌われようが、今後一切関わらなければ済む話だ。
 それなのに、帰るときになって躊躇ってしまった。どうして。これまでは帰る瞬間が一番幸せだったのに。
 なるべく心を殺して歩いた。彼に背を向けて遠ざかる。心の声を聞いたら踵を返してしまいそうで、無心になって歩を進めた。
 十字路を曲がって彼の視線から開放されたとき、途端に涙が溢れてきた。どうして。好きじゃないのに。好きじゃないはずなのに。
 化粧が涙に流される中、私は歩みを止めなかった。歩みを止めたら動けなくなる。涙に頬を濡らして、人混みの中を一人歩いていく。
 本当にこれでよかったのだろうか。そんな疑問が頭の中から消えてくれなかった。もう、好きじゃないのに。
 ようやく落ち着いてスマホを確認した頃には、連絡先はすでに彼にブロックされていて、これで私たちは晴れて他人になった。なのに私の心は晴れないまま、何も見えなくなった未来を見据えて一つ大きなため息がこぼれる。
 本当に好きじゃなかったのだろうか。でも、きっとこれでよかったのだ。そう思えなければいけない。全く動かない心と涙を抱えて、私はもう一度深くため息をついた。

3/1/2024, 2:56:41 AM

列車に乗って

 27世紀が終わった。
 年明けは真っ暗な部屋の中で一人迎えた。簡単に身支度を整えて、まだ外が暗いうちに無機質なホテルをあとにした。そうして向かったのは最寄りの駅である。凍える寒さの中駅の周りを歩く人たちは、自分と同じ目的でここにいたのだろう。つまり、今日で営業運転を終了するこの列車に乗るためだ。
 心地よい揺れに身を任せ、静かな雑音を聞きながら、真っ白に染まった外の世界を見る。真っ白なのに真っ暗で、果てしない闇を感じる。そっと窓に頬をつけてみると火傷しそうなほど冷たかった。
「――本日で営業運転を終了します」
 いつも冷静なアナウンスに感情がこもっている。この列車は今日で営業運転が終了し、そして今日をもって、この世界を走る列車はすべて廃車となる。
 ここ千年で地球の気候は極めて異常な状態になった。三百年ほど前まではみんな外に出て生活していたそうだが、今はほとんど外に出られなくなった。夏は50℃を超える日も珍しくなく、冬は今日のようにマイナス50℃近くまで寒くなることもある。下手に外に出たら死んでしまう。そのような生活の変化に伴って列車の需要は著しく落ち、どんどん数を減らしていった。
「――皆様とこのような――28世紀に――」
 涙ながらに話す彼からは悔しさが滲み出ていた。残念ながらスピーカーが少し離れているのと、涙声なのとであまり内容が聞き取れない。正直彼の言葉には関心がないのでまた窓の外を見たが、丁度トンネルに入ってしまって黒しか見えなくなった。
「――遠くの街――の手段とし――今日も――」
 今日の行き先はおよそ400キロメートル先の元観光地である。400キロメートル先の街を「遠く」などと言うのは昔の考えだ。今自分たちがいるのはもはや10年後に地球全体の統一化が図られている時代で、おそらくいずれは国という概念さえなくなる。距離の概念は地球規模になる。400キロメートル先など目と鼻の先だ。
 ……いや、距離という概念も消えていくのだろうか。
 近年、人生データ化が話題になっている。なんでも、人間のデータをすべてコンピュータに落とし込んで、そこで生活させるというのだ。異常気象の歯止めが効かないのでなるべく家から出ないようにと検討した結果だ。仕事も学校も人付き合いもすべてコンピュータ内で完結する。そういう時代なのだ。
 嫌気が差す。だからここに来た。今後の人間が生きるべき「データ」という現実から逃げて、この非現実的な現実体験を選んだ。全身で受け止める揺れも、頬の冷たさも、乾燥した暖房の風も、ちゃんとここにある。苦しい現実から離れた感じがして、気持ちが楽になる。
(過去に戻れればいいのにな)
 この場所が現実として機能している時代に。なんて、それこそ非現実的な話だ。
 1時間ほど揺られているとようやく目的地に着いた。
 外は真っ暗で、真っ白で、列車の光を頼りに何とか前の人に着いていく。午前6時。今日の目的地となっているこの場所はかつて景観がきれいなことで有名だったらしいが、この天気ではどこまで見えるものか。
 思いつく限りの防寒はしてきたがそれでも寒い。なぜか前の人がなかなか止まらないから、迷子にならないようにと歩き続けるほかない。列車の光もぼんやりとしてきて、いよいよ何も見えなくなってきた。
 寒さと眠さで体が思うように動かない。辺りが一気に暗くなり、闇で包まれるように体が急に軽くなる――。
「おい、大丈夫か!」
 ハッと目を開けると、光り輝く世界の中で見知らぬ顔が目の前にあった。抱きかかえられた自分の体は寒さで凍えて力が入らなくなっていた。
「よかった! 急に倒れるもんだから」
 何が起こったか分からず目をパチクリさせていると、目の前の人はどこか遠くを指さした。それは黄金の光を放つ大きな美しい丸だった。
「ほら、初日の出だ」
 何も返答できず、空気の寒さも忘れて息を呑む。真っ白に染まった木々が美しく立ち並び、凍った湖と滝が自然の強かさを見せつける。それらを従えるように堂々と構えるのは大きく美しい山だ。太陽の光は氷の粒に反射して自然を七色に輝かせていた。
 噂に違わぬ美しさだ。心なしか体が暖かくなっていく。同時に想いと涙が胸の底から溢れてきた。この場所で泣いてはいけない。すぐに凍って肌に張り付いてしまうから。分かってはいるが、止められなかった。
(なにが「『データ』という現実」だよ)
 見知らぬ人たちに心配されながら、それでも涙は止まらなかった。奇跡的に顔を見せていた太陽と自然は程なくして霧に包まれ、また真っ白な暗闇に戻ってしまった。
(この「現実」を捨てたくないよ)
 列車はいつまでも泣きじゃくる人間を見守り、人間とともに過ごした長い生命を終えた。



あとがき
 ここ数日投稿しそこねたテーマ、「列車に乗って」「遠くの街へ」「現実逃避」、うまいこと合わせられそうだと思って書きました。あと「タイムマシーン」がお題のときの投稿と同じ世界線です。ここまで読んでいただきありがとうございました。

Next