冷瑞葵

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好きじゃないのに

 好きじゃないからお別れをした。
 一緒にいるのが苦しくなった。毎日のように別れたいと願った。別れるほかにお互いが幸せでいられる道が分からなかった。
 別れを切り出したとき彼は自嘲した。その瞬間彼にとって私は敵になったのだろう。彼には私が見えていないのだろう。別に構わなかった。たった今私たちは赤の他人になったのだから。どんなに嫌われようが、今後一切関わらなければ済む話だ。
 それなのに、帰るときになって躊躇ってしまった。どうして。これまでは帰る瞬間が一番幸せだったのに。
 なるべく心を殺して歩いた。彼に背を向けて遠ざかる。心の声を聞いたら踵を返してしまいそうで、無心になって歩を進めた。
 十字路を曲がって彼の視線から開放されたとき、途端に涙が溢れてきた。どうして。好きじゃないのに。好きじゃないはずなのに。
 化粧が涙に流される中、私は歩みを止めなかった。歩みを止めたら動けなくなる。涙に頬を濡らして、人混みの中を一人歩いていく。
 本当にこれでよかったのだろうか。そんな疑問が頭の中から消えてくれなかった。もう、好きじゃないのに。
 ようやく落ち着いてスマホを確認した頃には、連絡先はすでに彼にブロックされていて、これで私たちは晴れて他人になった。なのに私の心は晴れないまま、何も見えなくなった未来を見据えて一つ大きなため息がこぼれる。
 本当に好きじゃなかったのだろうか。でも、きっとこれでよかったのだ。そう思えなければいけない。全く動かない心と涙を抱えて、私はもう一度深くため息をついた。

3/26/2024, 9:42:38 AM