冷瑞葵

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3/16/2025, 12:48:36 PM

花の香りと共に

 花の香りと共に、それは突然僕の心に現れた。多分大衆的には愛とか感動とかと表現されるものだ。淡い青色の下、小さい黄色のそれは群を成して街を照らし、見る者に安らぎを与えた。力強くも危うい、例えるならば小動物のようなそれは、見る者の庇護欲を掻き立てた。しかし僕にはそんな言葉では物足りなかった。何かこれをもっと適切に言い表す表現があるはずだという強い衝動に駆られた。
 僕はそれから毎日花を咲かせた木々の隣に立った。日常の一部となった花の香りは、いつしか僕自身の香りとなった。美しい花の香りを纏って、自分の香りを嗅ぐたびに僕はまたあの感覚を思い出した。
 そうして僕は黄色い群れを日々眺めていたのだが、先日嫌な噂を耳にした。なんでも、最近子供に付き纏う不審者が頻繁に目撃されるのだとか。
 僕が守らなければならない。僕はそう思った。この感情をどう表現したらいいだろう。やはり、愛とか庇護欲といった言葉に落ち着いてしまうのだろうか。答えはまだ出ていない。
 あの木の隣に立つ理由が2つになった。僕は今日も花の香りと共に、黄色い群れを眺め、見守る。小学校近くの木の下で。空は今日も淡く青色に広がっている。

3/15/2025, 1:23:40 PM

心のざわめき

 心のざわめきは無視しないほうがいい。些細な違和感というのは案外的を得ているものだ。そう言うのは簡単だが、実践はそう簡単ではない。殊に私の場合はどういうわけか「心のざわめき」を「心のときめき」として認知するバグを抱えているようで、しばしば悪い方向に惹かれてしまう悪癖がある。これまで何度自ら傷つきに行ったことか。その一方で、このバグのお陰で出会えたものも存在する。だから私のこの欠陥を一口に否定してしまいたくはない。ただ願わくば、いつか心のざわめきを純粋なざわめきとして認知できる日が来たらいいなと、心の片隅で思う。

3/15/2025, 3:17:32 AM

君を探して

 君を探して早10年。しかし、10年こっきりなんか僕に与えられた任務においてはほんの瞬き程度の時間でしかない。君を見つけるまでにこれから一体どれだけの時間がかかるのだろうか。
 非人道的な実験の被検体。僕が自己紹介をするならそう言わざるをえない。安全性の確認も不十分な薬を打たれて、僕は理論上無敵の肉体を手に入れた。そしてわけもわからぬままに宇宙に放り出された。なんでも僕らの星を存続させる鍵となる、とある星を探してほしいのだそうだ。
 僕らの星は近年危機にさらされている。近所に隕石が落ちることも珍しくないし、食糧を巡っての争いも耐えない。気温は数万年前と比べて五十度ほど上がっているそうだが、僕からすれば生まれたときからコレなので実感はない。まぁともかく、一分一秒を争う状況ではある。
 そんな中、先日――と言っても20年以上前だけど――、宇宙開発局に通信が入った。過去のデータにない音声で、解析の結果別の星からの通信である可能性が指摘された。宇宙人がいるという議論は昔からあったけれど、実際に証拠を掴んだのはこれが初めてである。その後研究が急ピッチで進められ、なんと5年後には双方向のコミュニケーションが出来るツールが開発された。あれは久しぶりの嬉しいニュースだった。あの日ばかりは少しみんなの表情も明るくなったものだ。
 それで急に呼び出されたかと思えば、これだ。他にも何人か若者が呼ばれていたけれど、身体の強化に成功したのは僕だけだったらしい。そうして先に話したように僕は無機質な宇宙船に乗せられたのだった。
 僕の故郷の星はもうないかもしれない。しばらく前から通信が途絶えているのだ。考えても仕方がない。僕はただ、彼らに言われた通り通信先の宇宙人の星を見つけて、移住可能か否か身を以て検証するしかない。
 僕に伝えられた目的地の特徴は、青。青く水に覆われた惑星で、猛毒である酸素をエネルギーに変換する特殊な生命が星の全域に蔓延っているらしい。
 そんな星が果たして本当にあるのか。僕はお偉いさんたちの妄言に振り回されているだけではないか? そんな不安を抱えながら、僕は今日も青い水の惑星を探す。僕はまだ、君のことを見つけられそうにない。

3/12/2025, 4:40:31 AM



 妙な壁画が発見された。見解は専門家の中でも分かれている。
「この特徴的な5放射は『星』のシンボルではないか? 当時の者たちは星を5放射で表すことがままあったようだ」
「いや、5放射と言うには少し歪すぎると思う。むしろ、強いて言うなら6放射じゃないか?」
「流れ星と捉えれば、あるいは……」
 こんな調子で、いくら議論をしようとも平行線を辿り、確かな答えは出なかった。
 無理もない。彼らは胴体から4つ伸びる手足も、5つに先が分岐する手も持ち合わせていなかった。
 異星から訪れた彼らは人間の痕跡がほとんど失われた青い惑星で、なけなしの情報をかき集めてこの星の秘密を探っていたのだ。それが在りし日の生物の体を象ったものとも知らず。
 彼らが答えに辿り着く日はまだ遠い。

遥か未来のクエバ・デ・ラス・マノスにて

3/5/2025, 9:49:18 AM

約束

 思えば私は約束というものをろくにしたことがない。その言葉の持つ効力が怖かった。何らかの約束をする流れができていたとしても、いつも笑って誤魔化した。
 とは言え一方的に約束を結ばれることもある。そうして結ばれた約束を、結局守ったことは一度もないように思う。例えば「恋人ができたら一番に教えてね!」というような好奇心の正当化と友情の確認作業は煩わしく感じていたし、「〇〇さんにもよろしくね」みたいな依頼は(これを「約束」と呼んでいいかは疑わしくも思うが)社交辞令と思って一度も実際に伝令したことはなかった。というか、その数時間後にはこれらの口約束など忘れていた。
 唯一意識して守ろうとしていた約束があるとするならば、「他の人には話さないでね」という言葉だけだ。だったら私にも話すなよとは思いつつ、一応意識して秘密を守るようにはしていた。でもこの約束でさえ、何年も前のものはすっかり忘れている。何を話して良くて、何は話しては駄目なんだっけ? 逐一記録を取らなくては記憶できる自信がない。みんな本当に真面目に約束なんて守っているのだろうか。
 先日のことだ。そんな私が、新たに約束を結んだ。数回会っただけの人と「また会いましょう」と約束をした。無論、これも相手から結んできた約束だ。あの人は真っ直ぐに私の目を見て真剣な声色で話していた。私は苦笑いをして曖昧に首を傾けるだけだった。首肯はしていない。
 それでも、あれは私が守る人生で2つ目の約束になるのだろうという気がしている。何となくだ。確証はない。ただ、あの瞬間に私は約束というものの重みと暖かさを思い知ったのだ。

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