まだ見ぬ景色
旅行に行き尽くしてしまった。まだ見ぬ景色を求めて世界中を回ったのだけれど、次第にどこかで見た景色だと感じることが多くなった。そもそも人間が思いつく建築物も、地球上に存在しうる自然も、その多様性などたかが知れているのだ。
そんな自分にとって今回のニュースは吉報だった。なんでも、某国に宇宙人が到来して自分の星を案内すると言ってきたのだ。
腰抜けのお偉いさん方は自ら宇宙に飛び立とうとは考えない。いや、当然と言えば当然だろう。何があるかわからないのだから重要な立場にいる人がのこのこと未知の世界へついていくべきではない。
ともかく、そんな経緯で公募が行われ、後日自分は晴れて一人目の偵察隊に選ばれた。
それは素晴らしいものだった。地球の理からは考えられない景色ばかりで、毎日胸が躍った。
それからは宇宙旅行がブームになった。各星の宇宙人が地球にプレゼンに来て、世界中の人がこぞって地球を出ていく。特段危険に巻き込まれたという話もなかったのでブームは長い間続いた。もちろん自分は何十回も旅行した。
そうしていくうちに気づいてしまったことがある。宇宙に存在しうる自然にだって限りがあるのだ。つまり、なんだ。次第にどこかで見た景色だと感じることが多くなった。
未来への鍵
「集められた皆さん。こんにちは。ゲームマスターです」
そんな言葉とともにモニターに映し出されたのは、道化のようなふざけた仮面をつけた白づくめの人物だった。
僕以外にも見知らぬ人間が何百……いや、もしかしたら何千人、広々とした部屋に集められている。こんな場所に覚えはない。一体どこなのだここは。
「皆さんにはこれからゲームをしていただきます」
ゲームマスターを名乗る道化が取り出したのは金色に輝く鍵だった。シンプルな造形ながら思わず目を引いてしまう美しさがある。僕以外の人たちも同じようで、皆黙ってモニターを見つめている。
「この鍵を奪い合ってもらいます」
道化の仮面の向こうでクックックと笑い声が鳴る。部屋全体の空気を震わせるような笑い声に、身の毛がよだつ思いがする。
「これは未来への鍵です。この鍵を手に入れた者は晴れて未来を手にできるでしょう。しかし手に入れられなかった者は……」
クックックと笑い声がする。あぁ、そういうことか。
手に入れられなかった者は、未来への扉を開けない。永遠に「今」に閉じ込められるか、あるいは人生そのものを終えてしまうのか。
ゲームマスターは非常に楽しそうに両の腕を広げていた。仮面越しにも彼が満面の笑みを浮かべているのがわかる。
僕はどこか他人事のようにその様子を眺めていた。少し物申したいことがある。
「さぁ、ゲーム開始だ!」
「あ……、すみません、ちょっといいですか」
「ん、なんですか」
盛り上がっているところ申し訳ないけれど、始まってしまう前に言わせてもらおう。
「僕、ゲーム降りてもいいですか? 別に鍵要らないので」
「え?」
「あ、私も同じこと思ってました。他の方に譲ります」
「え、ちょっと待ってよ」
僕が手を上げたのを皮切りに、わらわらと同志が集まってくる。ゲームマスターは混乱してカメラの方に身を乗り出した。頭の上の方が見切れている。
「ねぇ、本気で言ってるの!? 未来への鍵がなければ一生ここに閉じ込められるんだよ!? 来るはずだった未来がなくなるんだよ!? そりゃ個室とか衣食住くらいは用意するけどさぁ」
「え、個室あり? めっちゃいいじゃん!」
「いや、個室と言っても監視化だから! 自由とかないからね!」
「衣食住が保証されんならマジでありじゃね?」
どうやらゲームマスターの発言は僕の同志を増やしてしまったらしい。これではゲームどころではない。頭を抱えるゲームマスターを見ていると、なんだか申し訳なくなってくる。
そのとき、静かに手を上げる者がいた。騒然とする中で沈黙を貫くその姿はとても印象的で、僕たちは一斉に静かになる。
「あの、私は鍵欲しいです。子供の成長を見届けたいので」
「だ、だよねぇ! そうだよねぇ! ほら、他に欲しい人は? 手ぇ上げて!」
チラホラと手を上げる人がいる。目視で数えられる程度の人数だ。えーっと、1、2、3……。
「10人だけ……? 本当に他にいない……?」
落胆した声がスピーカーから聞こえてくる。手を上げる人数が増えないことを確認して、ゲームマスターは一旦モニターから見切れ金庫らしき物を持ってきた。扉を開くと、そこには金塊……ではない。金色の鍵が何本か入っている。
「えー、ちょうど人数分あるので、今手を上げた方々に分配します」
おぉっとどこからともなく声が漏れる。そして、戸惑いの中パラパラと拍手の音が始まり、段々と大きくなっていく。
「えーっと、それでは、ゲーム終了です」
すっかり覇気がなくなったゲームマスターがそう宣言した。数分で終わったデスゲームは、何千人もの大きな拍手で締め括られる。手を上げた10人は晴れて脱出し
て、僕たちはなんだかんだそれぞれの幸せな未来へと一歩踏み出したのだった。
今年の抱負
今年の抱負とやらを達成できた覚えがない。
下手なことを書いたら嘘つきになってはしまわないだろうか。そんな心配はあるけれど、これが今日のお題なのでいくつか書いてみる。
その1。最近この「書く習慣」アプリを活用できていないので、もっと活用したい。週に数日、少なくとも週に数回は投稿できたら嬉しい。
目標が低い? 年始くらいもっと目標を高くしたほうがいい?
いやでも、結局毎日投稿なんて凡人にはできたもんじゃないのだ。現に私は何度も失敗してきた。
私は低い目標をたくさん達成する方向でいかせてもらう。これが2つ目の抱負でもいいかもしれない。低い目標をたくさん作ってチマチマ達成する。
そして、その「チマチマ」を積み重ねて去年の自分より一歩前に進む。それが今年の一番の抱負。今年の私は去年の私を超えるのだ。
……「今年の抱負とやらを達成できた覚えがない」、か。
大丈夫かな。もしかして「今年の抱負」というワードに魔物が住んでいたりしませんか?
残り362日。魔物を呼び起こさないように慎重かつ確実に前進する1年にしたいです。
1年間を振り返る
この1年は、人生の方向性が急に変わった1年だった。
2年在籍していた研究室をやめ、休学して、これまでやってきたことを一旦全部捨てた。良くも悪くも「何もしない」という選択をした。
その一方で、2年前に一度やめてしまっていた創作活動を再開した。創作はあくまで趣味であって仕事に繋げるものではない……とは言え、これまで積み重ねたものを捨てている今の私には、創作の比重は非常に大きく感じられる。
背負っていたものを捨てて多少気は楽になったけれど、決して物事が解決したわけではない。仕事を探さなくちゃいけない。メンタルを安定させなきゃいけない。それらの課題はこの1年間ずっと付き纏っていたが、どうやら来年も抱えていくことになりそうだ。
来年はどうなるんだろう。今年1年間の存在を後悔しているわけではないが、今年の過ごし方を今後も続けてしまってはいけないと思う。
普通のレールに戻りつつ自分の道を探していけたらいいな。今年はきっとその準備期間だったと思おう。そんな1年間でした。
ゆずの香り
昨晩は数日早く枕元に靴下を準備した。夜が一年で最も長くなるこの日。
最も短い朝が始まる頃には、靴下の中に2つのプレゼントが入っている。最新のゲーム機とゲームソフトだ。
「冬司、起きなさい!」
冬司と呼ばれた少年は今日一番のやる気を振り絞って布団から這い出た。フローリングの床が冷たくて、バレエのようにつま先立ちでリビングに向かう。
「誕生日おめでとう!」
少年は赤と緑でデコレーションが施されたリビングで出迎えられる。冬至と全く同じ音の名前をした彼は、名前の通り冬至の日に生まれた。クリスマスとまとめて祝われてしまうけれど、彼はこの日が嫌いではなかった。
早速貰いたてのゲームで遊ぶ。時間はあっという間に溶けていき、すぐにご飯の時間だ。昼は大好きなハンバーグで、おやつにはいちごの乗ったショートケーキ、夜にはチキンとローストビーフと白ブドウの炭酸ジュース。楽しい事尽くしの一日だ。
そしてこの一日の締めとなるのがゆずの香りである。
この香りがしてくると一日が終わってしまうと感じて物悲しくなる。冬司はしぶしぶゲームを切り上げてお風呂に向かう。山吹色の真ん丸いゆずが3つ浮かんだ今日限定の湯船が迎えてくれる。
お風呂から出ると、盛り沢山の一日はすぐに終わる。
冬司は少しでも長く「今日」を楽しもうと、ゲームを布団の中に持ち込んで、ゆずの残り香の中で母親に怒られるまで長い夜を謳歌するのだった。