冷瑞葵

Open App

行かないでと、願ったのに

 神様なんて信じない。行かないでと、願ったのに。彼を向こうの世界に連れて行ってしまった。
 容態が急変したのは明け方で、柔らかな朝日に照らされながら段々と脈が弱まっていった。そのまま為す術なく息を引き取った。穏やかな最期だったと思う。
 それで私が昼夜問わず泣いていたから、神様が情けをかけてくれた。顔を上げるとそこに愛しい彼の姿があった。私は彼に泣きついた。彼は驚きながらも優しく私の頭に手を添えてくれた。
 いつまでも一緒にいたいと願った。行かないでほしいと願った。たったそれだけの願いが叶わないらしい。
 別れは無情に訪れる。翌日に漕手が突然やってきて、有無を言わさず彼の手を引いた。彼はどこか安心したような表情をしていた。
 そうしてその数分後には彼は三途の川に揺られていった。もちろん私は引き留めようとしたけれど、死者はもう乗り込むことができないらしい。舟は私の手をすり抜けてどんどん遠くに離れていく。
 行かないで。私をこの知らない地に、一人にしないで。
 私はあの世にひとりぼっち。行かないでと、願ったのに。彼は一人で現世に戻ってしまった。

11/3/2025, 11:43:33 PM