大学4年の春。
いつも学校へ向かうバス停。
近くの家の桜が満開だった。
入学してすぐ、地面が見えなくなるくらいに、花が舞って、
感動したのを、今でも覚えている。
「それからは、毎日楽かったな…。」
ふと、言葉を零して思う。
ずっとここにいたい。って。
でも、それは叶わない願いで、
1年後はもう別の場所にいるんだ。
そう、風にさらわれる花びらを見ながら思った。
次第に時が経って、就活が忙しくなってきた。
大学も週に1、2回に行くくらいになってしまった頃。
いつもの様にバス停で、バスを待っていた。
けれど、いつもと違う。
あの桜の絨毯を作る家が、取り壊しの工事に取り掛かっていた。
あの桜も切られて、見る影もない。
「ああ、1年後またあの風景を見れないんだな…」
自分がもうここに来れないことも悲しいけれど、
それ以上に入学時、私の心を晴らしてくれた、
あの風景に二度と会えないことが悲しかった。
1年後、私はまた別の場所で満開の桜を見る。
けれど、あのバス停にもう桜が降ることは叶わない。
でも、あの景色を忘れることはきっとない。
なんてことない日だった。
今日は2人とも休日。
あなたは、リビングのソファでテレビを見ていた。
いつも通りの朝の光景だ。
「ルームシェアをしよう」
高校生の時に2人でふざけあって決めたこと。
あの時は、お互い冗談半分だったけど、
それが今、叶っている。
「おはよう」
私は寝ぼけ眼を擦りながら、言う。
「おはよ、凄い寝癖だよ?」
「嘘!」
あなたの笑い声をよそに、急いで自分の部屋へ。
ドレッサーの鏡で確認する。
こりゃまぁ、凄い。まるでメデューサのようだ。
私の部屋はリビングのすぐ隣。
「あぁもう」
不満を小さく零しながら、ドレッサーの前に座る。
ここは好きだ。
ドレッサーの鏡を少し動かして、
髪の後ろまで見えるようにする。
と、リビングでくつろぐあなたが少し見えるから。
誰も知らないあなたを、ひっそり盗み見ているようで。
ただ、今日は違った。
いつも気づかれていないから大丈夫だと思ってたの。
だけど、あなたが鏡越しこちらを見て、目が合った。
今までだって、何回だって、
目を合わせてたはずなのに、
とっても驚いてしまって、目を逸らした。
その日からずっとあなたは親友とはどこか違っていた。
でも、かけがえない人で、
思うよりも、そっと恋をしたんだって、
その時は気づかなかったけど…。
それが初恋の日だったんだ。
って今更気づいたんだ。
ここは展覧会。
誰もいない。私だけがいる。
絵が飾ってある。
例えば、
荒廃した街で1人、煌びやかに踊るあの子。
誰もいない寂れた商店街で、眠る2人の少女。
モノクロの世界で、唯一鮮やかなキャンバス。
例えば、
路地裏から見上げる、あの狭い狭い青空。
空の病室から満開の桜を眺める彼。飛び立った鳥。
そして、また真っ白なキャンバスを目の前に置く。
「話」の描き方なんて知らない。
伝わらないものばかりかもしれない。
それでも、また筆を執って、
ただ想った好きな景色を、描き出すだけ。
ここが私の楽園。
どうぞご覧くださいませ。
僕は石ころだった。
川辺にある普通の。なんてことない石ころ。
隣に座った誰かに話しかけられていた。
その人はとてもキラキラしていて、綺麗だったと思う。
僕はその人の話を聞き続けた。
いや、聞かされ続けた。
耳がないので、曖昧にしか聞き取れかったけれども。
過去に何があったとか、それで今は1人だとか。
持っている力を、何に使ったらいいかわからないだとか。
口も手もない僕は、答えられない。
その頃はまだ自我などなかったが。
ある日のことだった。
今日もその人は隣に座って、言葉を吐く。
「なぁ、石ころ。お前は何が欲しい?
私は、話せる友人が欲しいよ」
これが、はっきり聞こえた最初の言葉だった。
僕はこの時、二度目の誕生を迎えたんだ。
まだ石ころのままだけど、自我を持って話せるようになった。
その人は驚いていた。でも、どこか悲しそうだった。
僕たちはそれから色々な話をした。
難しいことは僕にはわかなかったから、
ただ素直に思ったことを伝え続けた。
あの時もそう。
「なぁ、石ころ。私は、私だけがここに残っていて、
意味があると思うかい?」
「うーん、僕はあなたのおかげで、ここにいることに退屈しませんが、それではダメですか」
その人は、ふっと笑って
「そうか、じゃあ私がここで生きる意味もあると?」
「あると思いますよ。あなたが毎日、楽しければそれでいいと思います。僕は楽しいですし。」
抑えきれない笑いを隠すためか、
その人は膝に顔を被せたまま、震えていた。
「そっかぁ…ありがとう石ころ」
冬、私が訪れた山の中にぽつんと小さな村があった。
吹雪の中、足を怪我をしてしまった私を、
そこの住人はみな優しく、とても良くしてくれた。
その村は数えられるほどの人しか住んでおらず、
食料も少なかった。がみな、幸せそうに生きていた。
ある時、私は少し歩けるようになったので村の散策をしてみた。
ふと、離れたところに小屋があった。
物置小屋か何かだろうと思った。
「あそこには近づかんほうがええ、おめぇさん呪われっぞ」
そう、看病してくれた人が言っていた。だから、近づかないでおいた。
季節は春になり、この村を去ろうとした時、
子供が貧相な格好であるいていた。
体はやせ細り、靴もなく、見るに耐えなかった。
村人たちは睨みつけ、村の子はその子に石を投げつけて、
遊んでいた。
その子はなんの反応も示さず、抵抗なく、
私が近づかなかった小屋へと帰っていった。
「人が…あの子が住んでいるのか…?」
私は驚いた。同時に、村人に怒りを覚えた。
なぜあの子はあんなところに住んでいるのか。
なぜあの小屋に近づけば呪われるのか。
…誰も教えてくれなかった。
「あんな小さな子供が、呪うわけないだろうっ…!」
「あのままでは死んでしまう…っ!」
急いであの小屋へと向かった。
「…………だれ?」
足音に気がついたのか、女の子の声が聞こえた。
「旅の者だ。」
「…何用…?…ここにいては…だめ。来ては…だめなのに.......」
彼女の声を余所に、私は疑問をぶつける。
「なぜ君はこんなところにいるんだ?」
「なぜ君に近づくと呪われる?」
「なぜ村人たちは君を嫌うんだ?」
「………………」
「答えてくれ。」
「…。」
「頼む…。」
長い沈黙。
私はドアの向こうで声が発せられるのをひたすら待つ。
「……てない。」
「え?」
「わたしは……呪われてない。」
「…っどういうことだ…?」
彼女は一気に、これまで喋れなかった分を全て吐き出すように、詰まりながらも喋り出す。
「嫌われるために…こ、ここにいるの。
だから、わたしは、呪われてなどいない、
村が…平和になるように、……必要。」
「母さまにそう教わったの。
人は誰かの上に立っていないと、不安…だから」
「それで、村は平和になるように…
そのために、ここに……居るの。」
「私は、ここにいれて、幸せ」
あまりにも酷すぎる。そう思った。
「だから…大丈夫だよ、旅人さん」
私は何も言えなかった。
何が良い事か、悪い事か分からなかった。
大勢の平和のために、彼女を犠牲にするか彼女を助けて、
大勢の平和を壊すか流れ者の私には、決められないことだった。
その後、私は何も出来ないまま村を去った。
ただ、もし彼女のような境遇の子が助けを求めていたら救いたいと、思った。
最後、彼女は笑っているように思えた。
だから、私は彼女に手を差し伸べられなかった。
今、あの子は幸せだろうか。