雨が降る。
私のなき声は、誰にも届いていない。
この瞬間にも同胞たちは、誰にも知られずいなくなっていく。
降りしきる雫が、地面に落ちる様に。
私は今日も空を見上げている。暗い狭い路地裏で。
今にも街に呑まれてしまいそうなほど小さい翼。
次第に灰色の雲が立ちこめる。
雫が1つ、また1つと落ちてくる。
それでも、上を見上げる。狭い空に、同胞の姿。
黒い翼を広げて、雨など諸共せずに駆けていった。
いつかの日を思い出す。
…あれほど、引き留めたのにあの人は行ってしまった。
悔いなきその微笑みが、こびりついている。
大空をかけていくその背中は、
とても勇敢で、憂うものなどないようだった。
彼らの最後は知っている。
誰にも知られずに朽ちていくと。
私もその1部になる、それが許せない。
でも、でも。もっと許せないのは、
この狭い路地で独り、あの人に置いていかれたまま、
朽ちていくこと。
次第に空が晴れる。
私は少し大きくなった翼を広げて、飛び出した。
空がオレンジ色に染まって、太陽が眩しく輝いていた。
ここにいるよ。ってあの人に届くように鳴く。
私の鳴き声は、届いているだろうか。
朝露が一粒落ちて、私は起きる。
朝一番に群れを飛び出していく。
あの頃の私とは、見違えるほど大きな翼を羽ばたかせた。
最後にあの人がいたのは、この山だと聞いた。
あの背中を追ってここまで来た。ただそれだけの理由。
突然の雨。
これまで何度も同胞の死に際を見てきた。
今回も看取ってやるだけの話だったのに。
横たわった「その人」
私の泣き声は、誰にも届かない。
こんなに呆気ないものだったなんて。
涙が雨に消えていく。命も、消えていく。
それでも私は、飛んでいく。
最後に朽ち果てるその日まで。
目を閉じた。
真っ暗な世界に私は色を創造する。
快晴の青、雲の白、唇の赤、瞼裏の黒。
どれだって素敵で、どれだって容易だった。
じゃあ色が無かったらどうだろう。
空も、雲も、人も、夜も。
ありはしない世界、存在を許されない世界。
もちろん私の居場所もないだろう。
立つべき地面も、そこに立つ足だって無い。
だからこそ、自由にわくわくできる。
無色の世界を描くこと。そこに色をつけること。
それはこの世にない唯一の「色」を描けることだと。
私は目を開かない。
開けば、たくさんの色が輝いて見えるから。
これは見ないふりじゃない。
私が立つ地面を、私だけの色を、描くために。
今日も無色の世界を塗り替えていく。
「わたしを連れ出して!」
声が聞こえた気がした。
真夜中、無音の泣き声の中で。
私が閉じ込めていただけだった。
探していた心はすぐそばにあった。
筆を走らせる、無我夢中で。
無邪気なわたしを掬い出す為に。
そうだ、神様へ手紙を書こう!
そう小さな僕が思いたったのは、泣き虫な性格を直すためだ。
どっかで聞いた話。
神様は僕たちのこと守ってくれてるんだって。
だからお手紙を送って、それで仲良くなって…
神様と僕だけの秘密の関係を作るんだ。
秘密を守るかわりに、僕のことを守ってくれるって
信じていた。
また良くないことが起こった。
他人とどうやって話をしたらいいか分からない。
自分がやりたいことを言えず、流され続けた。
なにを考えているか分からないと言われた。
誰かを傷つけた、自分も傷ついた。
もう他人と話すのをやめよう。
怒ってないよ。誰にも、怒ってない。
神様は守ってくれなかったけど、
まだあの秘密は誰にも言ってないし、言えない。
だから、まだ守ってくれる、よね?
はっ、と目が覚めたら、したいことが何も無かった。
相談…って誰にするの?
誰とも話せないというのに。
「…かみ、さま……?」
返事などない。あるわけが無い。
これは僕が作り出した幻想。空想上の友達なのだから。
己の弱さを痛感した。
初めは泣くのがもう嫌で、それにただ耐えたかっただけなのにな。
捨てられない紙くずの前で涙を流す。
誰も知らない、見ることもない涙。
泣き疲れて、途方にくれて、
諦めようにも、こんな臆病な僕じゃ無理な話だった。
これからどうしたらいい?
神様に頼れなくて、誰にも頼れなくて、残るは僕一人。
じゃあ、もうこうするしかないね。
ねぇ?そこから僕の頑張りを見てて欲しいな。神様。
幼い頃、自分の機嫌で天気が変わると、本気で思っていた。
雨が降っていれば、泣いていて、
笑っていれば、快晴になった。
無邪気な考えは時と共に忘れ去られていく。
空模様が人の機嫌など関係無く、自然に移り変わっていく様に。
それでもたまに、ふと思うことがある。
もし空模様が、君のご機嫌で変わるなら、
離れていてもすぐに知ることができるのに。
もちろんそんなことは起こらないけども。
どうか君の遠くの空が、晴れやかでありますように。