雪の激しかった冬、僕は人を殺した。死体を触ると徐々に冷たなっていくのがわかる。喉元を切った時のあの血飛沫は美しくて忘れられない。僕が人を殺したのはただ一つ。人の、彼女の絶望した姿が見たいからだ。既に事切れた死体の傷口をぐりぐり抉っていると彼女が帰ってきた。逃げるつもりはないがその方が面白いかなと思って隠れてみた。彼女を観察するとまず出迎えがないのを疑問に思う。リビングに進み大の字になってナイフに滅多刺しにされて死んでいる母を見る。気が動転する。そして壊れた様に泣き出す。その様を見てると凄く幸せになった。頃合いかなと思って出てみると案の定彼女は酷く怯えていた。少しずつ近づいていくと彼女も少しずつ狂気へ近づいていく。一歩進むと顔が凍りついた。二歩進むと突然笑いました。三歩進むと目が虚になって四歩進むと包丁を持ち始めた。五歩進むと突進してきて僕は刺された。
その時に僕が見た彼女の目は憎悪と殺意に塗りつぶされていた。その目は今まで見てきたどんな目よりも美しく気高かった。
お題君の目を見つめると
この物語はフィクションです。
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深い闇の様な夜に煌々と輝く星を見ているとあの日を思い出す。彗星と共に現れて去っていった君との一秒間の思い出を。蝉が煩く鳴いている社会人生一年目の夏、私は夜空の中で名もなき彗星を見た。彗星を見ていると徐々に私の方に近づいていることに気づき焦って逃げようとすると彗星は消えて君だけがいた。
星の夜空から落ちてきた君はまるで本物の星の王子さまに見えた。私が呆けていると君は笑って優しく手を取ってくれた。空をかけて星空を間近で見してくれた。共に笑い合い幸せを分かち合った。ひとしきり話が終わると君はそろそろ立ち去らねばならないと言った。彗星の君が近づいた事で特殊相対性理論の時間のズレが起きて君と私だけが一秒の世界で動いたという。でもそろそろ彗星の君が去ってしまうらしい。
最後に君は言った。
「僕にも昔は名前があったんだ。けれど時が経つにつれ忘れられ誰にも知られない名もなき彗星になったんだ。100年経って僕は付喪神になった僕はそれに気づいて誰かに知って欲しかった。それが君だった。最後に君に会えてよかった。僕はもう数万年はこの地球の軌道にのることはないから」
君は寂しげに笑った。そんな君を見ていると私も寂しくなった。だから私は毎夜、星空で探す。私だけが知っている彗星の王子さまを。
この物語はフィクションです。
お題星空の下で
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全てが闇に包まれている様な暗い夜、私は1人の死神と対峙していた。髑髏の仮面と黒い襤褸そして大きな鎌を持った死神は血に染まっていた。先に誰か1人を殺したらしい。今思えば無気力な人生だった。大した夢もなく未来もなく趣味さえ見つからなかった人生。今死んでもいいかもな。そう思いさえした。でもいつまで経っても死神の刃は私の首にふれることはなかった。
白い手袋に覆われた指先でクイックイッと指を曲げて挑発してきた。抵抗するつもりはなかったが、まあせっかくだし足掻いてみようかと死神に投げ捨てられたナイフを手に取り戦った。死神はわたしの首を最初に狙ってきたので屈んで避け体のバネを使って死神の喉笛を掻き切った。あっさり倒せるもんだなと思った。すると仮面から血が溢れて割れた。
仮面の中にいたのは昔馴染みの少女だった。彼女は仮面が割れたのに驚いた後、フッと笑って何かを呟いた。確かその昔馴染みは後数ヶ月で死んでしまう様な風前の灯火にあった。もしかしたら彼女は余命幾許もない命で私の命を繋ぎ止めてくれたのかも知れない。私はもう少しこの世界で頑張って生きてみようかと思った。そして最後の彼女の言葉はいったいなんだったんだろう。
「それでいい」お題
この物語はフィクションです。
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この世に願いを一つでも叶えてくれる神様がいるならどんなに幸せだろうか。私はそう思った。だが一つしか叶えられないとはどんなに苦痛なことか私はまだ知らなかった。悪夢の始まりは高校生の夏だった。暑い家の中であまり効いてないクーラーと扇風機をフル稼働させて夏休みの課題をこなしている時に電話がかかった。それは妹と母親が死んだ報告だった。車の逆走が原因らしい。あまりにも衝撃すぎて涙も出なかった。その日私は寝ていると夢の中で翼を持った天使の様な人がやってきて今から一つだけ願いを叶えてやろうと言った。私は2人を蘇らせたいのです。と言ったらダメだ。1人だけだと言われた。私は結局妹を選んだ。母だけの葬式が終わると私は罪悪感で吐いてしまった。私が母を殺してしまった。私が選んだのだ。私が見捨てたのだ。こうして私は自分の余生は罪悪感に苛まれる人生になった。けれど妹の安らぐ顔を見ると少しは何かを成し遂げた達成感で救われる様な気がしてならなかった。
この物語はフィクションです。
お題一つだけ
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私がまだ生意気盛りな青年の頃、ある日街を歩いていると小汚いお爺さんが針が折れてこわれている安物の時計を大事そうに持っていた。不思議に思って私が聞くとお爺さんは「これは亡くなった妻との唯一の思い出なのじゃよ」と答えた。でも私は壊れているからいくら大事な者でもそこまで持つのかと聞いた。それからお爺さんはニヤッと不快にも好ましくも感じぬ中間的な笑みをたたえて「おまえさんもいつかわかる」と言った。それから10年が経った。成程。確かに人生にはくだらなくても大事なものがある様だ。そう思えてきた。どんなに安くても壊れていても大事なものは大事なんだと理解した。まだ大事なものは見つかっていない。けど大事な考えが見つかった。
この物語はフィクションです。
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更新が遅れて申し訳ありません。