私には少し変わった知り合いがいる。
何処が変わっているかというと見たこと全てを和菓子に例えようとする。例えば森林を見たとしてその色を若みどりみたいだね!とか葉の形をもみじ饅頭みたいだねーとか言っていつも私が「そりゃもみじ饅頭が真似て作った物だからね」と突っ込んでいる。
良くも悪くも退屈しない日々だった。
彼女は将来、和菓子職人になりたいと言った。その時はまだ小学生だったから皆んなが変わっているね。とか渋いね。とか散々言っていた。
パティシエとかケーキ屋さんならともかく和菓子職人を選ぶのか。変わっていると思った。
でもそれよりも面白そうだから仲良くなりたいという好奇心の方が勝っていた。こうして私は彼女と知り合いになった。友人と言ってもいいかもしれない。
そして彼女は私とは別の専門学校で料理を学んでくると言った。なぜ料理かというと和菓子職人とは昔は店などに弟子入りして技術を磨いていくらしい。だからまず基礎知識をと思ったらしい。
その後、私は極々普通の高校を卒業して一応大学も卒業できた。彼女とはここ数年間会っていない。家を訪ねてもいないし電話をかけても音信不通になるだけだった。昔から変わった奴だったしもう会えないのかと思ってベランダから下を見下ろしてビールを飲んでいると彼女が下で大声で手を振っている姿を見つけてビールを吹き出してしまった。すぐに下に降りて首根っこ掴んで家に上げると事のあらましを語り始めた。専門学校を卒業した彼女は菓子屋に弟子入りしたのだけれどそこがここから遠く離れた所だったので住み込みで修行していたらしい。普通は10年かかる道を彼女は、一日中努力していたので7年ぐらいで終えて今に至ると彼女は語った。私は少し呆れた。変わっていると思っていたがここまで変わっているとは思いもしなかった。更に彼女は私を停止させる発言をした。「私、海外に渡ります!」冗談だろと思ったがその一週間後、身支度して本当に行ってしまった。どうやら海外の技術を取り入れた新しい和菓子を作りたいらしい。…それは本当に和菓子なのかはなただ疑問だが。こうして時は流れて5年後、今や会社で新人だった私は中堅くらいの人間になりあの時と全く変わらぬ家であの時のようにベランダでビールを飲んでいた。一つ違うとするならば彼女がいないことだけ。部屋に戻って送られてきた和菓子を食べてみた。その味はもちもちと柔らかくともしっかりとした歯応えを感じられた。
この物語はフィクションです。
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昔から不幸な人間だと自覚していた。
両親は「俺」が3歳の時交通事故で死んだ。その人は近所の配達業者さんで謝罪もされたし賠償金も貰ったしその人も牢獄で罪を償っている。
事故当初その人が交差点の両親を見つけたので止まろうと思ったらブレーキとアクセルが逆になっていたらしい。そしてそのまま加速して両親と衝突したと話している。もちろん警察は気にも留めなかったが一応の確認としてその車に乗ってみた。すると何ということだろう。本当に逆になっていたらしい。つまり配達の車を特定して配達業者の所まで忍び込みアクセルとブレーキを逆にするという酷く複雑な工程を一夜にしてやってのけた第三者がいるということだった。この事件はただの事故でなく第三者による無差別殺人事件と早変わりした。
しかし全く足取りが辿れず結局迷宮入りとなった。その後も「俺」の周りでは死が撒き散らされた。両親の次の被害者は「俺」の祖父母だった。「俺」を引き取ってくれた恩人だった。
でも両親が死んで1年後に同じ日に亡くなった。しかもまた第三者による被害だった。死因は薬物の大量摂取だった。普通なら食後の薬をボケて飲み過ぎてしまったのかもしれない。でも違った。祖父母はちょうど薬を切らしていて飲めなかった。そのことを話したら警察は神妙に頷いて色々調べた。すると祖父母しか飲まなかった当時の俺には苦かったお茶のペットボトルに大量に細かく砕かれて入れていた。ゾッとした。最初の事件といい今回の事件といい全て「俺」たちを家庭レベルまで詳しくチェックしてないと分からないことだ。「俺」の家の中で誰かが誰にも気づかれず侵入して薬を砕いて入れたということだ。今回の事件で断定できた。これは「俺」の周りを狙って殺している犯人がいる。しかも「俺」をよく知っていてその日に特別な思い入れがある。
そんなのは「俺」しかいない。その事件の日は「俺」の誕生日で「俺」は幼いから友達なども考えられないし親戚付き合いだって一切行っていない。それから何年経っただろう。俺の誕生日にその事件は起こり続けた。学校での親友、親しかった教師、初恋の人、そして恋人、果てはバイト先の保育園の子供にまで何人殺された?もう覚えていない。ただ一つ分かったことはこの「死神」は「俺」じゃ無いということ。だって「俺」自身をその日警察に囲まれて厳重な拘束をしていても事件は起こっていたから。警察には言っていないが俺は一度「死神」を見た。暗がりだったから顔は分からなかったがその口元は笑っていた。
それが「最期」だな。ああ付け足しておくがもう一つ。その死神は「俺」の三つ上の兄だ。三つ上って言っても顔は似ているし背丈も同じくらいだ。両親が貧しくて捨てた「俺」の兄弟だった。何で俺が知っているかって?さあ自分で考えな。
お題見つめられると
この物語はフィクションです。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
少しミステリー?に挑戦してみました。でも私には少し早かったようです。
昔から続く伝統的なお家柄だった。だからなのか日本の行事の時はいつも着物だったしハイカラな物なんて一切触れさせてもらえなかった。ギターやピアノを弾きたいといったら三味線やお琴の講師がやってくる。テレビを見たいと言ったら歌舞伎や能を見に行く。そんな家庭だった。小学校から中学校にかけては反抗期も相まって親にかなり反発したが、高校に入ると反発することは殆ど無くなった。まるで親の操り人形の様に生きていたある日突然好きな人ができた。初恋だった。今までは異性のことなど気にしたことなどなかったのに。次第に親に内緒でアプローチをかけていくうちに両想いになった。親にも報告した。祝福されると思っていた。流石に伴侶までも口を出してこないだろう。そう親のことを誤解していた。元々彼らにとって僕の存在など歯牙にもかけていなかった。ただ機械的に次期当主として僕を育ててだけなのだ。結果から言うと僕の望みは却下された。それでも足掻いた。反発した。けど無意味だった。結局のところ実の親に勝てるわけがないのだ。その恋人は自殺した。自分も自殺しようと思った。でもできなかった。僕には彼女と自殺する権利は無い。彼女を僕は幸せにするどころか地獄に落としてしまった。親はそのことを軽く受け止めただただ僕が伴侶が欲しいと勘違いして見合いの相談をしきりに話す様になった。それを僕は拒否し続けてある冬の雪が降る頃両親ともども死んだ。どんな確率か同じ日に老衰で死んだ。親が死んで当主となった僕は近くの湖を眺めながら自らの半生を振り返っていた。今思えば虚無だった。好きな物も特技も何もかも無かった。ただの出来の悪い機械の様だった。誰か教えて欲しい。僕という我は何処なんだ?
この物語はフィクションです。
お題My Heart
ここまで読んでくださってありがとうございました!
ハート数50を超えました。本当に読んでくださる方々に感謝いたします!
嗚呼今日も土砂降りか。この世とは誠につまらぬものである。どこまで行ったって全て生まれ持ったもので人生がおおよそ決まってしまう。私などが具体例だ。私は生まれた頃から足が両方なかった。両親はそんな私をみるたびに胸が締め付けられているような表情をしていた。でも当時の私は幼く外を見ていなかったので自分が悪い方で特別な人間だと夢にも思っていなかった。そして不便だとは感じるが別に腕で引きずって動けば家の中を徘徊できる。だから私は歩くや走るといった行動にあまり羨ましがっていなかった。けれど年月が経ち初めて外へ出なければならない時に痛感した。なるほど確かに外へ出るには私の体だと無理だった。這いずろうとすれば服は破けどろんこになるし変質者のような目を向けられることだろう。だから親に抱かれて幼稚園に登校する時も周りから哀れみの目線や奇異の視線を感じてまるで自分がサーカスのピエロになったかのようであった。小学校に上がると祖父が入学祝いとして一台の車椅子を買ってもらった。その車椅子はとても使いやすく持ち手はよく手に馴染んだ。小学校では予想した通り変わった物を見る視線を向けられた。さらにいじめまで受けた。教師も無視する始末。結局教育委員会まで事件として届くまでの大ごととなってしまった。いじめグループ全員が粛清されると他の人は私を恐れたのか誰も近寄ってこなくなった。そんな状況が中高大と続きもう嫌だ。と思った。成人式を終えて私は小学校から使っている車椅子に乗ってそのまま成人式の帰りの電車に轢かれようとした。でもダメだった。黄色いブロックのタイルの凸凹のせいで死に直面した時の特有の脱力感のせいで進むことはできなかった。結局家に帰ってきてしまった。少しの喪失感に襲われながら食べた飯の味は今でも忘れられない。性懲りも無くまた自殺しよう。そう思いながらテレビをつけるとそこには義手や義足についての特集があった。我ながらハッとした。そうだ。ないなら自分で創ればいいじゃないかと思った。私は人より頭一つ飛び抜けて勉強ができたのでその脳を使ってもう一度大学を入り直し開発者になった。こうして私の戦いは続いている。あの時のないものねだりを可能にする。そう思うと胸が熱くなった。
この物語はフィクションです。
お題ないものねだり
ここまで読んでくださってありがとうございます!!
昔から絵が上手だった。小中高大と私よりも絵が上手い人はいなかった。だからなのか私をみんまでおだて始めた。体育祭も文化祭も全部私が絵を描くことになっていた。
才能がある人は一握りだが強制的に描かされる中で楽しめる人はほんの一握りだ。私は絵の才能はあるけれど楽しめることはできなかった。だから絵を次第に描くことが苦痛になってきた。でも周りは私のことは微塵も気にしないで絵の才能だけを見ている。
私を真に理解している人など一体何人いるだろう。両親すら分かってないかもしれない。ずっと昔から友達だった親友ですら分かってないかもしれない。或いは私だって分からないかもしれない。そんな思いがぐるぐると心を駆け巡る中で大学の大会用の絵を描いた。
絵を描くことなんてもう嫌だ。自由になりたい。別の新天地へ行きたい。希望を持ちたい。そう願った。
皮肉にも自分が一番嫌悪している絵に込めた。その絵の燕は青空へ向かっていた。
この物語はフィクションです。
お題好きじゃないのに
ここまで読んでくださってありがとうございます!!