一筋の光
今日も起きられなかった。
重く冷たくじっとりとした布団から逃げ出せずぼんやりと天井を見上げる。
休職届を出してから約数週間、唯一できたことといえば眠ることだけだった。
病院も初回カウンセリング予約がなかなか取れずトライをここ一週間諦めモードに入っている。
深夜、全てが寝静まった頃、ようやく起きてコンビニに出かけることができた。
誰も私のことを知らない静かな夜道、心地よい。
深夜の独り歩きは危険かもしれない。
でも出会い頭に誰かと何かがあったとしても、何もかもどうでもいい。ここでゲームオーバー、素敵なことですね。
足取り軽く入店する、スカスカ気味の棚からそっと口に入りそうなものを選んでいく。冷たく硬いおにぎり、汁気が無さそうなヨーグルト、カロリー、コーラ、グミ、ポテトチップの小さい袋。
野球カードのついてるやつがいい、そんなに量入ってないから。
ここのコンビニは深夜バックヤードに店員さんが引っ込んでいて楽。
無人レジでもたもたと会計を済ませてしまう、レジ袋に適当に詰める。
光溢れる誰もいない店内から離脱、今日もまた誰とも合わなかった。ミッションオールクリア。異常なし。
そしてゆっくりと来た道を帰っていく。私の巣へ。
これを食べて、少し頑張って調べ物をして、明日こそは起きて活動をする。日が昇っている時間内に。
でも無理だろうな、となんとなく思っていた。
その時視界にそれが映り込んでしまった。
聴覚が拾ってしまった。
子猫。
いつから居たんだろうか。
アスファルトのど真ん中でガリガリで、かろうじて目が開いてはいるものの、小さな手足で立ち、可能な限りの大声で鳴いている小さな命。
狼狽えてしまった。
周りを見渡しても親猫らしき影は見当たらない。
この子に近づいたら逃げてしまうだろうか、いっそ逃げてくれ。そう、逃げ去ってくれ。
祈るような気持ちで近づくも、この哀れな子猫は私の足に縋り付いてきてしまった。
そんなことをするものだから、そっと抱き上げてしまった。
心臓がバクバクと鳴る。いけない。道路を避けた所に戻してあげないと。でも、しかし、だって。
そう、私が今ここで手を差し伸べなければこの子はどうなってしまうのだろう。果たしてこの子に明日は来るのだろうか。
バタバタっと自室に駆け込む。
暖房を入れ部屋の温度を上げる。
適当な段ボールに私にくっついて離れない子猫と柔らかいタオルを入れる。静かに、お願いだから、静かにして、いい子だから。
冷蔵庫に牛乳があったはずだ。
それから、それから。
カーテンの隙間から一筋の光が、暗いままの部屋に差し込んでいた。
私もこの子も、どうか、朝日を拝めますように。
哀愁を誘う
ジョンが外のカーポートが良く見える出窓に陣取ってから1時間はゆうに経っていた。
時折聞こえてくる通行人の声に耳を傾けて、じっと、ただひたすらに去ってしまった人を待ち侘びている。
小さな子供の声が聞こえるたび、小鳥の囀りが聞こえるたび、クラクションがなるたび、はっと起き上がって尻尾を振る姿は哀愁を誘う。でも。
「ジョン、小学校が終わるまであと半日以上あるよ。」
我が家の愛犬は哀しくひと吠えした。
鏡の中の自分
じんわりと涙が浮かんでくる、絶望だ。
ステンレスの鏡の中に自分が見える。
日帰りでの軽い登山予定だった。
都内からアクセスできる初心者にもよく勧められる低山、初めて登る場所でも無かった。
初心者というには少し自信もついてきていて、山でのマナーや危険性は分かっているつもりだった。
幸い登山届は出している、救助を待てば高確率で助かるだろう。
つまりある程度の確率で私は山になる。
昨日の集中的な豪雨で登山道の状態はなかなか悪かった。雨が降った後の森の雰囲気が好きだ。そこかしこにどこか厳かな静けさを感じる、湿った気配、ぬかるんだ土、自然を体感する。
今はただ寒い。
滑落は運良く数メートルだった、命に別状はなく、それでいて足を完全に挫いていてここから元の道に帰るのは難しい。
がさがさと装備を広げてとりあえず体温と体力の保持に努める。そして万一の時のための遭難グッズを取り出した。
もう少し、使い方を学習しておけばよかった。
サバイバルミラーを薄曇りの空に向けてたまにちらちらと動かす、これで合ってるのかも分からない。
鈍い輝きを放つ鏡の裏側に不安に揺れる自分の顔だけが映っていた。
眠りにつく前に
終電の時間をもう覚えてしまった。
まだ引越して一か月も経っていないのに。
ぴかぴかで薄汚れた他に映る影もない通勤電車の床をじっと見る。
今日のシートは座った瞬間ふかふかだった。嬉しい。
小さな喜びをかき集めてなんとか息をしている。
さもなくば破裂していたかもしれん。
ぼんやりと今日一日のことを考える。
昼何食べたっけ。昼出てこないのはヤバいな、ヤバいぞ。頭の中に何かドロっとした重たくて生暖かくて心地よい何かが充填されていく。そのまま身を任せたくなる。
ハッと覚醒した、ここで寝てはいけない、次で降りなければ。
眠りに落ちるのをあと数時間スキップするために必死で頭を再回転させる。
ホームに降りる、駅横のコンビニに行く。あんまんを買う。あんこの熱さで意識を保つ。自宅は駅から徒歩15分。大通りの道をなるべく通っていく。道は大分覚えてるけどまだ怪しい。迷ったら詰みだ。
アパートは安い代わりに結構な築年数だ。廊下の音はかなり響く。変な時間の帰宅だと同フロアの人にも気を遣う、何のお仕事されてるんだろうとか思われるといたたまれない。
部屋に着いたらまず風呂を張って、これは無理かも、シャワーを浴びて、せめて日付が変わる前までには眠りにつきたい。
哀しいかな、まだ今日を終えられない。
永遠に
アマガミSSテレビをご存知だろうか。
アマガミSSとSS+が24時間流れ続けるシステムのことだ。接続するモニタが付いていようがいなかろうが、観測する人がいようがいまいか、世界が滅びようが滅びまいがお構いなくその箱の中では永遠にアマガミSSが再生され続ける。
SF的思想実験ではなく。
僕は多分このシステムについてのブログを2020年ごろに初めて拝読したと思う。
今日もまた読みに行った。これを書くついでに。
ついでにアマガミSSも再生してきた。
可愛いんだよな絢辻さん。
現物の装置自体の実在はもうさして問題ではなく、今この瞬間もどこかでアマガミは再生され続け橘くんはまたデートをすっぽかされ、落ち込み、立ち直り、歩み出していく。そういう世界に我々は生きている。誰かがアマガミSSテレビのことをふと思い出すたびに続いていくのでしょう。
永遠に。