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鏡の中の自分

じんわりと涙が浮かんでくる、絶望だ。
ステンレスの鏡の中に自分が見える。

日帰りでの軽い登山予定だった。
都内からアクセスできる初心者にもよく勧められる低山、初めて登る場所でも無かった。
初心者というには少し自信もついてきていて、山でのマナーや危険性は分かっているつもりだった。
幸い登山届は出している、救助を待てば高確率で助かるだろう。
つまりある程度の確率で私は山になる。

昨日の集中的な豪雨で登山道の状態はなかなか悪かった。雨が降った後の森の雰囲気が好きだ。そこかしこにどこか厳かな静けさを感じる、湿った気配、ぬかるんだ土、自然を体感する。
今はただ寒い。
滑落は運良く数メートルだった、命に別状はなく、それでいて足を完全に挫いていてここから元の道に帰るのは難しい。

がさがさと装備を広げてとりあえず体温と体力の保持に努める。そして万一の時のための遭難グッズを取り出した。
もう少し、使い方を学習しておけばよかった。
サバイバルミラーを薄曇りの空に向けてたまにちらちらと動かす、これで合ってるのかも分からない。

鈍い輝きを放つ鏡の裏側に不安に揺れる自分の顔だけが映っていた。

11/3/2024, 2:22:38 PM