少しだけ近づいて、そっと離れての繰り返し。
そんな子供みたいな関係のままで傍に居続けたから、まだ僕らは何一つとして始まってすらいなかったのかもしれない。
鼓動の高鳴りも、沈む痛みも、なにもかも。
すべてが消えて失くなる未来を知った夜は、妙に落ち着いた思考を回す頭から「もったいないことをしてしまったなあ」と呟いていた。
けれど“こう”なったら、しっかり伝えておかなくてはならないと心が強く急かされ、やっと駆け出すことができた。
素直に言えるか分からぬまま、今さらと困らせても、遅すぎと怒られてもいいから動けと。
残された猶予も、指で数えられる時間だけ。
また君と、終わりの先を迎えるために。
【明日世界が終わるなら】
“それ”に気づいたのは、ずいぶんと後からで。
「誰でもない誰か」を見つけるタイミングなんて、あいまいで不確かなものであるはずなのに、きっとどの瞬間にもありふれている。
だけど、不意打ちでも一度こころの“なにか”が想う気持ちを認めてしまえば。
もうそれからは、ずっとキラキラと眩しい毎日が始まってしまったんだよ。
だってね、こうやって今も変わらずに、わたしはあなたとドキドキできているのだもの。
【君と出逢って】
くう、と小さくもお腹が鳴る。
味覚ごと鼻をくすぐるその香りは、どんよりと疲労の蓄積するからだの隅々まで染み渡るように、大いなる魅力すらも運んできたのだ。
しかし、自宅でそれを手早く作るにしても、一体なにが足りていないのだろうか。
普段のストックの確認を疎かにしたのは自分だが、どうにも困ってしまった。
いっそのこと、少し奮発をして出来合いのものを買ってしまうのも良いかもしれない。
こういう時ほど、輝かしき企業努力の賜物たちとレパートリーの多さに感謝をしたくなる。
帰路を進んでいた靴の先が、くるりと向きを変える。
ぼんやりと迷っていた本日の夕飯。
その中心へ添えるに値するものを得る、決定打であった。
【風に乗って】
目の前で描かれる世界のなか。
流れる“生”を演じる人物に目を惹かれた瞬間、するりと視線が合った。
舞台の上から客席の相手を見ようとするとき、一体どう見えるのだろう。
その頭上に光輝く熱量が眩しすぎて、いつかの私の体験からすると、あまりよく分からなかったと記憶している。
私は、その「物語」を観ている名も無き一人だ。
それでもただ、またたきにも満たない時間だろうとも、この今のひとときを忘れられないなと思えて。
誰かが、異なる誰かの姿をなぞらえて生きる。
きらめくような命のチカラを、目撃したのだから。
【刹那】
そんなものをイチイチ考えながら生きてはいない。
大層な野望を抱いているわけでも、誰かを見返したいと奮闘しているわけでもないのだから、自然とそうなるのだろう。
至って普通の、どこにでもある平凡な日常を過ごしてきたとすら思う。
だって自分という人間は、ああいう華やかなフィクションの中の住人ではないのだから。
どうあっても、全て「なるように」しかならない。
──たとえ、今この瞬間に“救いの手”が割り込んでくれる幻想を願っていようとも。
人が死に近づく間際、最期に観るかもしれないのが走馬灯だという。
それがこんなに無音で、一方的に流れて駆けていくものだと、今しがた知ってしまったし。
これから一秒後、ここは自分の知らない世界。
なにが残るのかなんて想像も考えもつかないな。
【生きる意味】