轟々と空気が唸る一夜から一転。
荒れ放題だった天候も落ち着き、もう今では穏やかで暖かな風が優しく私の髪先を揺らしてきた。
前もって一度は知らされている。
──とはいえ、まさかこれほどだったとは。
今、私の前に広がる、晴色と桜色のコントラスト。
その慎ましくも圧巻される実物を目の当たりにすると、本当にあの強風すらも耐え抜いたのかと、酷く感激してしまった。
普段から足元を向いて歩くことの多い私には、今日に至るまで気づけていなかったらしい。
つぼみが芽吹いた枝葉のみならず、いっそ木々すらも彩らんと奮闘するそんな存在たちを。
この瞬間を見逃してしまわなかったことを含め、昨日の報せを届けてくれた友人には、改めて感謝しようと心に決める。
そう頭では考えていながらも、まだ私は飽きずに春を見上げていた。
【言葉にできない】
『今日さ、外とか出られた?』
『ウチの車にもね、花びら付いてたよ。ほら』
ポンポンと小刻みに交わすメッセージ。
テンポ良く流れる会話の流れから、ほんの数秒の間を置いて読み込まれたのは一枚の写真。
その中で、いくつかの春色が収められている。
お裾分けされた光景へ感謝のスタンプを返しながら、一人そっと想いを寄せる。
いつ来るのかと待ち焦がれていた季節は、どうやらもう既に身近な存在となっていたようだ。
まだ外では雨風が窓を叩いている状態であるが、どうか朝日を迎えるまで、木々の枝先にその色たちを残してくれていれば嬉しい。
そうしてまた一つ、明日への楽しみが増えていた。
【春爛漫】
あの人の放つ言葉は、良くも悪くも辛口な評価が目立つ。
きちんと相手を敬う姿勢を持ちながらも、年上にだって物怖じしない口振り。
そこから繰り出される発言力とくれば、いっそ清々しいまでの棘が突き刺さるレベルだ。
けれど、それらが口だけで終わる人物ならまだしも、彼と近しい者は皆が「その裏」を知っている。
他の人たちへ向ける指摘以上に、まずなによりも自らへ課すあれこれが多いのだと。
日常は厳しい向上心で埋め尽くされ、頑ななまでに管理されきった上で、彼の全てが成り立っているということを。
目指す対象とするには正直ハードルが高すぎるなと、割と早いうちから思ったことだってある。
しかし例え無理無謀であろうとも、弱く甘えがちな己にとっては、恐れ多くも憧れの先輩なのだ。
【誰よりも、ずっと】
どうあっても、未来のことは分からない。
誰にも手を出せない領域があるのなら、今の私から起こせる行動は、一体どこへ繋がるのだろう?
難しい考え方は苦手だけど、一つだけ言い切れる。
最終的に、自らの意思で選び取るのが決断なら。
そんな風に見えない“もしも”の先で臆さず、いつまでも挑戦できる心のままで居たいなと思えた。
だって、何気なく考えてみた時に気づいたんだ。
私の抱く感情は、いつか最期に命を終える瞬間まで「私」と付き合い続けるのだから。
ウソだけは、吐きたくない。
……あ、でも何だかちょっと疑問も浮かんで来た。
手を組む相手が自分自身であっても、この場合「一蓮托生」って言葉を使えるのかな?
【これからも、ずっと】
ジャリと靴越しで鳴る砂に、髪をあおる潮風。
目の奥すらも焼けそうな、大きく深いオレンジ色。
それらが今、こうして自分を包み込んでいる。
「本日は晴天なり」なんて言葉がピッタリ似合うくらいには、正しく雲もなく澄んでいた。
だったら、もしかすると、そんな風に絵に描いたような光景が観られるのかもしれない。
ふと何気なく考えてしまった時点で、これから起こす行動とその多くが切り替わっていたんだろう。
取りあえず目を閉じて深呼吸をしたその瞬間、よくもまあ本当に「こんなところ」までやって来れたなと、自ら冷静さを取り戻した。
何故か無性に見てみたくなって。
だから来た。
突発的な思考ってのも、案外バカにできないな。
【沈む夕日】