地下迷宮四階層『光源洞窟』
「どーすんの、これ」
「どうしようね、これ」
パラパラと舞い落ちる埃に、不自然に形を取り戻していく天井を二人で呆然と見つめる。
強制的に一階層下に落とされる超古典的な罠、落とし穴に引っかかったのである。二人して。
そろそろ昼食を、と焚き火の用意をしていた仲間には当然申し訳が立たないが、今はまず合流することを考える方が先決だろう。
そこで問題となるのが、階層の行き来を阻む外敵種である。しかも三階層と四階層を塞ぐ敵は、相性の悪い事に能力低下耐性を持ち合わせている。
過去の戦闘でも、特に足でまといだったのを覚えている。
「取り敢えず、階層付近まで行こう。戦うかはそこで決める」
地図を広げて、その場へ向かう。それほど遠くもない距離が、今は異常に遠く感じた。
「距離」
日の出も見飽きた時間帯。地下迷宮入り口の目と鼻の先で待ちぼうける。
先日冬を知らせた初雪は、整備された石畳に溶け見る影もなくなっていた。
すぐ近くに立っている銅像は、この迷宮を踏破したパーティのもので皆見慣れた顔だ。1つ、2つ、3つ。
4人を基本とするパーティとしては不自然な数に少し遠い目をする。
逃げたのは私だ。私には彼らほどの才能も無ければ、彼女程の努力も出来なかった。
耐えられなくなったのだ。彼らとの実力差に。
しかし、彼らが特別私を咎めることはなかった。そうして、卒業後自然と疎遠になっていった。
ーー泣かないで、ほら一緒に行こう?
幼い頃迷宮内で迷子になった私に、そう言って優しく手を差し伸べてくれたのは彼だった。結局、その恩すら返せた気がしない。私に実力があれば。
「おはようございまーす」
何度目かのため息を吐ききった頃。少し遠くから声がした。
藍色のブレザーを着た二人組。今日の待ち人、アルト君とマルク君だ。
干渉に浸るのはここまでにしよう。地下迷宮は遊びじゃない。
「泣かないで」
カウンターで適当な討伐依頼を見繕ってもらい、簡易用紙一枚を手にそのまま酒場をあとにする。
幸いそう難易度の高いものでもなく、会ったばかりの後輩二人に恥を晒すことは無さそうだ。
外に出れば空は暗くなりはじめており、加えてちらほらと雪が見えはじめていた。
「ねぇ、明日にしない?この依頼」
ひらひら、と渡された用紙を手に気だるげに振って見せれば、確かに〜と同じく気だるげな声が返ってきた。
意外にもそれを咎める事なく、慣れたように話は明日の集合場所と時間の相談へと移った。アルト君曰く、こちらの方が寧ろ話が早いらしい。
しれっと私も彼の連れであるマルク君と同じ扱いを受けている事に疑問を抱きながらも、一人帰路についた。
「もう冬かぁ」
少しずつ存在感を増してきた雪を遠目にぼそりと呟く。
冬のはじまりは初雪から、なんてことわざのあるこの地域では正に今日がそうなのだろう。
雪に降られまいと足早に寮へと向かう私の足は、気づかぬ間に軽いステップを踏んでいた。
なんとなく、寒くて閉ざされた季節のはじまりに、雪解けの未来が見えた気がしたから。
「冬のはじまり」
酒場にて初対面の少年二人と依頼の作戦会議を始めることにした。
一見この場に制服は似合わないように見えるが、案外ここではザラであったりする。
流石、裏で酒場より何でも屋と呼ばれるだけのことはある。ちなむと、表で呼んでいた奴は揃いも揃って行方不明になった。もはや怪事件の域である。
「そういえば、自己紹介してなかった!レミンです!よろしく!」
会議に入る前に改めて自己紹介を交わす。彼らの名前はそれぞれアルトとマルクというらしい。話しかけてきた方が前者で、背の低い方が後者である。
長きに渡った話し合いの結果、両者依頼の評価を重視し、かつ危険を伴い過ぎないものを選別することとなった。具体的な内容がない為半刻も経ってはいないが。
「最低でも三階層以下の魔物の討伐か、大丈夫かな...アーメン......」
「逃げ足だけは任せてください」
「まぁ、最悪俺が倒すんで援護だけでもしてくれたら」
早々に戦闘離脱宣言が出た所でカウンターで呼び鈴がなった。
二人と顔を見合わせ三人同時にに立ち上がると、そのままカウンターへと向かうこととした。
その途中横から、勝手に人の冒険終わらせるなよ、等というつぶやきが聞えたが、初手で逃亡宣言した君よりはマシじゃない???という純然たる公平で清純な疑問は返さないであげた。偉い。
「終わらせないで」
会話の途中で突如訪れる静寂。そんななかでふと、この気持ちが「愛情」なんて綺麗で透明で揺らぎない感情ならどれ程よかったのだろうか、と考えてしまった。
普段行き交う生徒を見ることは有れど、こんなに真近で見たのは久々だ。話をしたのはもっと前だろう。卒業して数年でこんなにも輝きを失ってしまったのか、と彼らと話していると驚きに尽きない。
私も彼らのように輝いていた時は綺麗な「愛情」を抱けていたのだろうか。
そんな、人に話す事でもないようなことが溢れそうになった時、タイミングよく少年が手洗いから戻って来た。
「すいません、今戻りました」
「お、お帰り」
この子といると、なんとなく独白したくなる。一人で布団に包まれた時に自分同士で交わす会話みたいだ、なんて言ったらまた怪訝な表情をするのだろうか。
そんな疑問は喉の奥にしまい、作戦会議に移ることとした。
「愛情」